第43話 卒業パーティー


遠くから足音が聞こえてくると思ったら、休憩室の扉が勢い良く開けられる。

どうやら走ってきたらしいゼル様が、息を切らしながら部屋に入ってきた。



「…戻りました…はぁ…はぁ。」


「…ジョーゼル。そんな全力で走って戻ってこなくても。

 俺とケインで守ってるって言っただろう?」


「いや、兄上とケイン様がいれば…

 はぁ、大丈夫なのはわかってるんです…けど、はぁ。」


「気持ちはわかるけど…ほら、アイスティー用意しといた。

 まずは落ち着け?」


「助かる…ありがと…。」


ゼル様はケイン兄様から受け取ったお茶をぐいっと飲み干すと、

すぐに私のところへと来た。

ソファの隣に座ったゼル様は、私の手をにぎって顔をのぞきこんでくる。


「…あんなことがあったから、アンジェが不安になってるんじゃないかと思って。

 大丈夫?少しは落ち着いた?」


「はい。ここでのんびりお茶していたおかげで、かなり落ち着きました。」


「うん、顔色も大丈夫そうだ。良かった…。」


そう言って私の髪をなでるゼル様に、されるがままに肩に頭を寄せた。



「…純情なんだか、手が早いんだかわからないな。」


「あれはいちゃついてる意識がないんだと思いますよ。」


…まだその話しますか?

恥ずかしいからもう忘れて欲しいのに。

もう!と思ってにらんだら、二人ともニヤニヤしたまま視線をそらした。


「兄上、ケイン様、何の話ですか?」


「いや、こっちの話。

 もうパーティー始まるんだろう?

 ここは片付けさせてから帰るから、二人は早く行ったら?」


「ありがとうございます。」


「うん、今日のことはまた後日に報告があると思うけど、

 パーティーは気持ち切り替えて、思いっきり楽しんでおいで。」


「はい。じゃあ、行こうか、アンジェ。」


「ええ。」


ゼル様に手を借りて立ち上がり、そのまま腕につかまるようにして歩き出す。

部屋から出る時、ハインツ兄様から軽く手を振られ笑顔で見送られた。


「ふふふ。」


「ん?どうした?」


「ハインツ兄様がうれしそうでした。」


「…兄上を兄様って呼ぶことにしたんだね。」


「はい。そうしてほしいって言われました。」


「そっか。…まだ本当に兄弟だっていう実感はないけれど、

 そういう風に思ってくれているんだって…。

 少しずつ、本当の兄弟になっていけるといいな。」


「すぐになれると思いますよ?」


「うん、俺もそんな気がする。」




パーティー会場のホールに着くと、もうダンスの音楽が聞こえてきていた。

入り口から中に入ると、思った以上に人が多くて中央へ行けなさそうだった。


ゼル様以外の男性にぶつかってしまうと弾いてしまうため、

人ごみの中を私が歩くのは迷惑でしかない。

そのことに気がついて、足を踏み入れるのを躊躇する。


「あぁ、そうか。

 あまり人が多いと動きにくいのか。

 じゃあ、こっちだ。」


「え?」


ゼル様に手を引かれ、壁際の螺旋階段をのぼっていく。

中二階の窓から外に出ると広いテラスになっている。

普段は解放されていないが、この日は自由に出入りできるようになっていた。


「あまり知られていないけど、ここも会場になっているんだ。

 まぁ、疲れた時に休む場所だけどね。

 ここでも音楽は聞こえる…。

 アンジェ、俺と踊っていただけますか?」


「はい、もちろん。」


誰もいないテラスの中央でゼル様と踊り始める。

ゼル様と踊るのは初めてではないけれど、何度踊っても胸が苦しくなる。

背中に回された大きな手や、見上げるとすぐ近くにある首筋、

ターンするとふれてしまう髪。

毎日のように抱きしめられているのに、正面からまっすぐ見つめられると、

恥ずかしくて顔が熱くなってしまう。


曲が途切れ、次の曲を待つ少しの間、そのまま抱きしめられた。

次の曲が始まっても抱きしめられたままで、ゼル様は離そうとしなかった。


「ゼル様…?」


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