第26話 夜会準備

「お嬢様、髪はどうしましょうか?」


「そうね…ゆるく巻いてくれる?

 ダンスを踊ることになると思うから…乱れないようにしたいの。」


「ふふふ。初めてのダンスですものね。

 わかりました。

 動いても大丈夫なようにハーフアップにしてから巻きましょう。」


「ええ。お願いね。」



侍女たちにミラが指示を出していくのを、そわそわとしながら見ていた。

夜会は初めてではないけれど、ゼル様と婚約して初めての夜会だ。

エスコートされるのもダンスをするのも初めてになる。


ゼル様が迎えに来るまで時間はかなりあるのに、そわそわして落ち着かない。

見かねたミラが早めに準備を始めましょうか?と言ってくれたのだった。


今日のドレスはこの夜会のためにお父様が用意してくれたものだ。

収穫祭の夜会は一年の中で最も重要な夜会で、どの家もこの夜会に力を入れている。


そのため、このドレスも二か月かけて作られていた。

淡い黄色の薄絹を重ねたドレスは胸の下で切り替えられ、

スカート部分はあまり膨らみを持たせないようにすっきり落とされた形だ。

本来はダンスを踊らない予定で作ったドレスではあるが、

ダンスを踊ったとしても裾がめくれたり、乱れたりするようなことは無い。

広がりすぎないドレスの裾には布で作られた黄色の小花が無数につけられている。

広間の中央で踊ったとしたら、とてもよく映えるに違いない。


「お綺麗です。髪の飾りも今つけて構いませんか?」


「ええ。お願い。」


耳の上から編み上げられた髪に、ドレスと同じ形の小花がつけられていく。

まるで花の妖精のような仕上がりに、ミラは満足そうにしている。

予定の時間の一時間前には完璧に仕上がり、何もすることが無くなってしまった。

手持ち無沙汰にしていた私に、ミラが新しいお茶を淹れてくれる。

そのお茶に口を付けたらコンコンとノックされ、返事をすると執事のシュルンが部屋に入ってきた。


「お嬢様、ジョーゼル様がお見えになりました。」


「え?もう?」


「はい。…どうやらジョーゼル様もお嬢様と同じのようですよ?」


「同じ?」


「ええ。応接室でお待ちです。」


笑いをこらえているシュルンに首を傾げそうになりながら応接室へと向かう。

扉を開けると、ソファに座っていたゼル様がすぐに立ち上がって迎えてくれた。


「アンジェ!

 待ちきれなくて…落ち着かなくて、早いのはわかってたんだが来てしまった。

 あぁ、とても綺麗だ。

 こんなに素敵なアンジェをエスコートできるなんて光栄だよ。」


「ふふふ。私も同じです。

 落ち着かなくて早めに準備してたんです。

 ゼル様も素敵です…。」


今日のゼル様は王族として出席するために、王族衣装を身にまとっている。

この国の王族衣装は騎士服をもとに作られている。

騎士服よりも上着の丈が長めで、白を基調としているのは、

初代国王が騎士であり、運命の相手、つまりは神に選ばれたもの。

だから子孫である王族の衣装は騎士だけではなく神官の性質も取り入れているのだろう。


各王族に決められている色があるが、ゼル様は緑のようだ。

衣装に緑線が入っていて、マントも緑色になっている。

そこに銀色の髪が少しかかるように束ねられていて、

ゼル様の男らしい色気が増しているように感じる。


思わずうっとりと見惚れてしまっていたら、ゼル様にすっと手を取られる。


「いつもは遠くから見ているだけだったんだ。

 アンジェは夜会の最中は広間の歓談席に座って、三人で楽しそうに話していた。

 それを…遠くから見ているくらいなら許されると思ってた。

 こんな風にエスコートできる日が来るなんて思わなかったよ。

 …このドレス、天使の羽でふわっと包み込まれているような感じが似合っていて、

 さすが宰相だと思うけれど…悔しいな。」


「え?」


「今回は間に合わないと思ってあきらめたけど、

 次の夜会に出席するときには俺にドレスを贈らせて?」


「…!ありがとうございます。

 ふふ。お父様以外の方にドレスを贈られるのは初めてです。

 楽しみにしていますね。」


「ああ。

 俺の衣装に合わせて作りたいんだ。」


「ゼル様の王族衣装姿、初めて見ましたが似合ってます。

 お色は緑色になったのですね。」


「陛下は紫だし、兄上は水色。フランツ様は青だって聞いて。

 瞳の色にすると陛下と同じになってしまうから、好きに選んでいいって言われたんだ。

 どうせ臣下になるまでの短い期間だからって俺の希望を聞いてくれた。

 …だから、アンジェの色にしたんだ。」


「私のですか!?」


言われてみたら、銀髪紫目のゼル様に緑色を選ばれる理由はなかった。

だが、まさかそれが私の瞳の色だからとは思いつくはずがない。

うれしさのあまり言葉を失くす。


「…ダメだったか?」


「…いいえ!うれしくて…うれしすぎて何も言えなくなってしまって!」


「そうか。うれしいと思ってくれるなら良かった。」


一見、冷たそうにも見える眼鏡越しのゼル様の目がうれしそうに笑ったのが見えた。

顔立ちが整っているからか、黙っていたら冷たい感じを受けるけれど、

話せば話すほどゼル様が穏やかで優しい人だというのがわかる。


「次の夜会は、同じ色をまとって出たいです。」


にっこり笑ってそうお願いしたら、ゼル様も笑顔でうなずいてくれた。


「次からはそうしよう。

 それにしても、早く来すぎたのはどうするかな。

 王族は最後の入場になるって…どのくらい待つかわかるか?」


「そうですね…王宮内の控室に入ってから三時間は待つと思います。

 公爵家の入場がその少し前ですから。

 いつも王宮に着いた後はお父様は仕事でいなくなってしまうので、

 控室で一人で待つのは退屈でした…。

 今日はゼル様と一緒ですから、三時間待っても平気です。」


「三時間か。

 まぁ、アンジェと一緒なら三時間もあっという間だろうな。

 準備もできているなら、馬車が混む前に移動しようか?」


「ええ。」


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