第25話 噂

ミリア様が学園を休学になってから、穏やかな一か月が過ぎていた。

ここのところ、周囲では収穫祭の夜会を前にまた騒がしくなっている。

ドレスのデザインやエスコートの相手など気になることを聞き出そうと、

お茶会を開催する家が増えていた。


授業が終わって教室へと迎えに来てくれたゼル様とも、

馬車まで歩く間に自然とその話題が出ていた。

ゼル様はお茶会の誘いが多すぎて、すべて断ることにしたらしい。

第三王子を家に招きたい家は多いだろうが、すべてに参加することはできない。

どこを選んでも不満は出るからと、全部断ることになったという。


「アンジェはお茶会には出席しないのか?」


「ええ。昔からお付き合いのある家以外には行かないことにしています。

 私というよりも、お父様につなぎをつけたい場合が多いので。」


「ああ、宰相にお願いしたい家は多いだろうからな。」


「それに人が多いところは苦手なので、

 お茶会ならダイアナとユミールだけでいいです。」


「それもそうか。」



もうすぐ校舎から出ると言うところで、数名の令息が立っているのが見えた。

待ち構えていたような感じだが、何かゼル様に用があるのだろうか。

ゼル様もそれに気が付いたようで、ちらっとそちらを見て眉をひそめた。


「…何か用か?」


「…あの、すみません…アンジェ様のほうに用事というか…。」


先頭に立っていた令息がもじもじしながら私へと視線を向けてくる。

私に用がある?顔を見たが、誰一人知らない令息だった。

ゼル様に知っているかと聞かれ、首を横に振る。


「アンジェは知らないようだが、何の用だ?」


「あの…求婚してもいいでしょうか?」


「は?」「え?」


その言葉に堰を切ったように後ろにいた令息たちも口々に騒ぎ出した。


「俺たちは一学年なんです!」


「夜会に出るようになったら、アンジェ様に求婚しに行こうと思ってて!」


「だけど、その前にジョーゼル様が相手だって言われて…

 一度はあきらめたんですけど!」


「運命の乙女の相手は一人とは限らないって聞いて!」


「…はぁ?」


運命の相手が一人とは限らない?初耳ですけど…?

それってどういうことなのか聞き返したかった。

だけど、令息たちの熱気に怯んで…おもわずゼル様の後ろに隠れた。


「まず、落ち着け。」


ゼル様のいつも以上に低い声で止められ、令息たちがハッとする。

自分たちが誰に話しているのか、ようやく思い出せたのか静かになる。


「運命の乙女の相手が一人とは限らないというのはどこの話だ?」


「…そういう噂です…。」


「俺も噂で聞いて…。」


噂?そんな噂があったとは知らないけれど、最近のお茶会で出たのだろうか。


「まず、史実にはそんな話はない。

 それに、一人じゃないにしても、だ。

 お前たちは婚約者がいる相手に求婚すると言うのが、

 どういうことだかわかっているのか?」

 


「「「「え?」」」」


「その婚約者よりも自分のほうが上だから求婚する、という意味になるんだぞ。

 この場合、お前たちは俺や王家を侮辱していることになる。」


全員が真っ青になっていくのがわかった。もう声すら出ないようだ。

つついたら倒れていくかもしれないと思うほど顔色が真っ白になって、

どこから出てきたのかわからない護衛騎士たちに無言で連れていかれる。

さすがにこんな人前で言い出したら…なかったことにはできない。


「あれって…どうなるのですか?」


「わかっていなかったようだし、実際に求婚したわけじゃない。

 求婚していいかと許可を求めただけだから…。

 護衛が身分を確認し、各家に対して厳重注意ってところだろうな。」


「そうですか。」


思ったほど重い処罰にはならないようでほっとする。

だが、さすがに婚約者がいる身で求婚されるのは不愉快でしかない。

一人でいる時じゃなくて本当に良かったと思う。


「…俺がいない時もあった?」


「いいえ。さすがに婚約してからは無かったです。

 でも、去年は本当に大変でした。

 大半は事前にお父様へ許可を求めていましたけど、

 学園という場がそうさせてしまうのか…失礼な方も多くて。

 廊下でばったり会ったからついでにと求婚してきた人もいました。」


今思い出してもあれはひどかった。

去年の卒業生だからもう学園にはいないのだけど、

あの時はケイン兄様が激怒して大変だった。


「そいつは馬鹿なのか?

 婚約者がいなかったとしても、家の許可なく求婚してくるとは。」


「ええ、本当にそう思います。

 しかも、その方には婚約者がいたそうです。

 婚約者にその場を見られていたみたいで、婚約は解消されたって聞きました。

 家からの謝罪も、お父様が追い返していましたわ。」


「婚約者がいた上でそんな馬鹿な真似したのか。

 それは…宰相も許さないだろうな。

 それにしても…運命の相手が一人とは限らない、か。」


「私はそんな話を聞いたことがありません。

 運命の乙女だということがわかって、お父様はいろんな文献を調べていました。

 もしそうだとしたら、私にも話してくれているはずです。」


「あぁ、俺も運命の相手に選ばれた後、宰相から話を聞いた。

 そんな話は無かったし、ありえないと思う。

 だが、問題はそこじゃない。

 本当かどうか、じゃなく、そういう噂が流れているのがまずい。

 …護衛は増えたが、決して一人にならないように気を付けてくれ。」


「わかりました。」

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