第24話 神童と忌み子の物語
三十年ほど昔。
神聖国家ファロスの上級神官であるクラーレ家に一人の神童が生まれた。
彼は幼い頃から女神の申し子と呼ばれるほど神聖魔法を使いこなし、何れは神聖国家ファロスを治める教皇になる器だと誰もが考えるほどだったという。
彼の元には将来の教皇に取り入ろうと沢山の人たちが日々訪れ、賄賂をクラーレ家に送る者も少なくなかった。
しかし彼はその心も女神の申し子であった。
神聖国家ファロスが建国され数百年。
国の内部は腐敗にまみれ、賄賂を送ることも当たり前のように誰もが思っていた。
だが彼はその全てを断った。
それどころか齢十二歳にして国内の腐敗を正そうと動き出したのである。
しかし彼はやはり子供であった。
せめてあと十年、彼自身が足下を固め、味方を増やしていたならば彼の正義は成し遂げられたかも知れない。
だが早すぎた。
潔癖すぎた。
彼に味方する者は少なく、表立って共に行動する者は一人もいなかった。
なぜなら今彼に味方をしても結果は火を見るように明らかだったからだ。
そして彼は――次代の教皇と言われたルリジオン・クラーレはクラーレの名を抹消され、神官の中でもひときわ地位の低い旅神官へと身をやつすことになる。
「んで、まぁ、いろんな所を巡り巡ってバスラール王国に辿り着いたんだがよ。知っての通りあそこも酷ぇ国でな」
そこでルリジオンは一人の少女と出会う。
彼女の名はリリエール・クラレ。
バスラール王国の中流貴族の娘だとルリジオンは聞かされていた。
「でも違ったんだよ。アイツはな――」
クラレ家でのリリエールの扱いは酷いものだったという。
貴族令嬢として最低限の教育は受けさせられていたが、クラレ家の他の子供たちとはあからさまに扱いが違っていた。
服装や装飾品、髪の手入れ。
全てに置いて彼女の兄弟姉妹は貴族らしい華美なものであったのに対し、彼女だけが庶民と変わらない身なりをさせられ、従者の一人も無い状況だった。
「俺が世話になってた教会には貴族が時々礼拝に来るんだがよ。他の奴らはみんな無駄に金の掛かった格好してんのに、リリだけが普通の格好なんだぜ」
そのことが気になったルリジオンはリリエールのことを調べ始めた。
旅神官という弱い立場ではあったが、教会にはその国の様々な裏の情報も蓄積されている。
神童と呼ばれていた彼にとってその情報を探し出すことは容易だった。
「リリの本名は『リリエール・バスラール』……つまりアイツは国王の隠し子だったのさ」
国王が戯れに手を出した給仕の娘との間に出来た子。
それがリリエールだ。
母親はリリエールを産んですぐ亡くなり、しばらくは王城で乳母によって育てられたが、物心着く前にクラレ家の娘として養子として預けられた。
「別に国王が自分の娘を案じてやったわけじゃねぇ。本当だったらリリはお前さんを召喚する生け贄にされるはずだったのさ」
「なっ……」
「この国に伝わっていた『勇者召喚の儀式』には王族の血を引く純血の乙女が必要だって書かれてたらしいぜ。だからあの糞国王はリリを生け贄にするために生かして置いたってだけのことだったんだよ」
しかし状況は一変する。
魔王を倒した勇者クェンジが北方の大国によって召喚されたのだ。
そしてその『勇者召喚』には生け贄を必要としないどころか生け贄は逆に勇者召喚を阻害する要素でしかないことが判明した。
必要でなくなった忌み子はどうなるか。
答えは簡単だ。
「彼奴らはリリを秘密裏に『処分』しようとしたんだよ」
クラレ家から王城へリリエールが秘密裏に連れ去られたことを知ったルリジオンは、彼女を助けるために王城へ忍び込んだ。
そして城の一室に彼女が軟禁されているのを見つけ出し、城の外へ連れ出そうとした。
しかし自分一人であれば王城の警備を突破することは容易かったが、少女を連れて出ることは難しく、そうこうしているうちにリリエールを連れ出したことがバレ、警備が強化され更に状況が悪化した。
「でもまぁ女神様が導いてくれたんだろうな。城内を逃げ回ってるうちに、お前さんも知っている例の魔方陣がある部屋に辿り着いたんだよ」
神童と呼ばれた彼は一目見てそれが転送魔方陣だとわかった。
転送先はどこかわからないが、後ろから迫り来る兵士の声から迷っている暇はないと決心し、魔方陣を起動させた。
「それで森の中に辿り着いたってわけですか」
「そういうことだ。あとはお前さんと同じように道を歩いてここを見つけて住み着いたってわけだ」
ルリジオンの長い話は終わった。
俺は大きく一つ息を吐くと「なるほど。すっきりしました」と笑顔でルリジオンの顔を見る。
「で、話を聞いてお前さんはどうするんだ?」
「どうもこうもしませんよ」
ただ俺は半年以上も一緒に暮らしてた彼らとの間に秘密を持ちたくなかった。
それだけのことだ。
リリエールがお姫様だろうと、ルリジオンが教皇候補だろうと関係ない。
そもそも現代の日本で生まれ育った俺には姫や教皇なんて縁遠すぎてよくわからないし。
「それじゃあ聞きたいことは聞けたんで昼の準備してきますね」
俺はそう言って立ち上がると教会の出口へ向かう。
「そういう所、本当にお前が異世界人なんだって思うよ」
後ろから呆れたような、それでいて安心したような声が聞こえ、俺はもう一つ大事なことを伝え忘れていることを思い出し振り返った。
「あ、そうそう。明日そのサツマイモ使ってサツマイモチップス作るんで油の浄化しておいてくださいね」
「お前、神聖魔法をなんだとおもってんだ」
「お腹を壊したりしなくなる便利な魔法ですよね?」
こんな辺境の開拓村では使えるものは何でも使わないと生きていけない。
立ってるものは親でも使えは名言である。
「あーっもう、しゃーねぇなっ。女神様に謝ってから俺様もすぐ行くから油の準備しとけ!」
「おねがいします。あ、他にもとんかつっていうめちゃくちゃ美味しい料理も作るから期待しててくださいね」
俺はそれだけ言い残すと女神様に懺悔の祈りを始めたルリジオンを残して教会を出た。
薄暗い教会の中に長時間いたせいで一瞬目が光で見えなくなる。
「今日もいい天気だな」
俺は段々と慣れてきた目に映る青い空を見上げながら誰に言うでもなく呟くと家路につく。
それから半年後。
俺たちの元に件の勇者クェンジーが現れるとはこの時はだれも考えてもいなかった。
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