第23話 新たな住人たちとの日常
畑は村の南端に作ってある。
村の周囲を囲む壁は今後拡張していく予定になっているが、現状ではそれほど広い畑を作る余裕は無い。
なので本格的に作物を作るというよりは、俺が『鑑定』して栽培が可能だろうと判断したものの試験栽培をしている程度ではあった。
「ジータさん」
「おう、リュウジ君じゃないか。見回りご苦労さん」
「これ、ブレドさんからです」
「ブレドから? ああ、弁当か。忘れてた」
ジータは俺の手から麻袋を受け取り中をのぞき込むと「面倒掛けてすまなかったね」と謝罪を口にする。
俺は両手を振って「気にしないでください」と笑い返すと畑の奥に目を向ける。
そこには彼の息子であるロールともう一人見知った顔があった。
「リュウ兄ちゃんも手伝いに来てくれたの?」
「リュウ。見て見て! こんなにおっきいお芋が出来たんだよ!」
両手を土まみれにして立派なサツマイモを掲げて自慢げに見せつけてくるのはリリエールだ。
彼女は自分より年下のロールがこの村にやってきたことに一番喜んでいて、まるで弟のように思っているらしく一緒に遊んでいるのをよく見かける。
「凄いな」
「でしょう?」
俺はリリエールからサツマイモを受け取ると土を払う。
もちろんこの世界には薩摩もないしサツマイモなんてものはないのだが、どうやら俺自身が唯一授かったスキルである言語翻訳スキルが自動的に前の世界の似たものに翻訳してくれるらしい。
「植えてまだ一月位なのに」
異世界サツマイモを偶然見つけたのは狩りの最中だった。
土を一心不乱に掘っているイノシシのような獣を狩ったあと、ヤツが掘っていた穴を覗き込んだときに半分囓られていたそれを見つけたのである。
「ここら辺は土も気候もいいからね」
「そういう問題ですかね」
「それでも普通はこんなに早くは育たないというのには同意だね」
この開拓村がある地域は季節の変化はかなり少ない。
辿り着いて半年経つが気温の変化は上下五度程度しか変わってないように感じる。
基本的に常春の気候で、時々肌寒い日はあるものの厚着は必要としないと先住民であるルリジオンは言っていた。
「たぶんこの辺りに魔物が多いのと何かしら関係があるのかも知れないねぇ」
基本的に過ごしやすい土地ではある。
だがその代わりに周囲の森には多数の魔物が住み着いているため、常に警戒を怠れないという最大の問題は残っていた。
「魔素が濃いとかなんとかルリジオンさんは言ってましたけど」
「魔素ってのは栄養素の一つだからね。それが濃いと作物や動物の成長速度が上がるってのは間違いないがね」
「濃すぎると魔物になってしまう可能性も上がるんでしたっけ」
森の中に蠢く魔物は基本的に自然繁殖したものだ。
俺がこの村に来て最初に倒したオーク一家のように魔物も交配し子供を産み育てる。
しかしその魔物自体が最初に生まれる原因は魔素によって動物や植物が突然変異するせいだと言われている。
「そんなことよりリュウ! サツマイモでまたお菓子作って!」
「あまーいお菓子をリュウ兄ちゃんが付く手くれるってリリ姉ちゃんから聞いたよ!」
「そういえば前に作ってやったな」
サツマイモを見つけて持ち帰ったあと、俺はせっかくだからとリリエールのために甘いおやつを作ろうと考えた。
といってもその頃はまだ砂糖になりそうなものは見つけていなかったので純粋にサツマイモの甘みだけで作れるものを作ることにした。
そして思いついたのがサツマイモチップスであった。
ちょうどオークの脂身で作った油もかなり余っていたし、甘みを増すための塩が少しあれば簡単に作ることが出来るからである。
「パリパリってして美味しいんだよ」
「ボクも食べてみたい!」
「わかったわかった。でもアレを作るには準備もいるから明日でいいか?」
二人は俺のその返答にあからさまに不満そうな表情を浮かべる。
「油を用意しなきゃいけないし、せっかく油を作るなら他の料理も同時に作らないともったいないからさ」
俺はそう言いながら明日のレシピを考える。
昨日狩ったイノシシの肉を使ったとんかつなんてどうだろう。
本物のとんかつのようには行かないだろうけど一応パン粉も用意出来るようになったし試してみるのもいいかもしれない。
「ソースも欲しいけど、流石に無い物ねだり過ぎるな」
醤油の作り方は大体想像出来るがソースの作り方は大体の人は知らないだろう。
もちろん俺も知らない。
たしかいろんな野菜を使ってるのだけは知っているけどそれだけだ。
「わかった。それじゃあ明日ね。約束だよリュウ」
「ああ、約束だ」
「ボク、いっぱいサツマイモ採っておくね!」
「きちんと育ったヤツだけにしてくれよな。そうしないとジータさんに怒られちゃうぞ」
俺はそう言って二人と別れるとジータさんに二人のことをよろしくとだけ告げて教会へ向かう。
教会は開拓村の中心にある広場の横に立てられていた家を改造して作ったもので、もしもの時には緊急避難場所となるように頑丈な造りになっていた。
おかげで外から見ると教会と言うより要塞のようになってしまったが仕方が無い。
「おせぇぞリュウジ」
教会の扉を開いて中に入るなり、柄の悪いチンピラに声を掛けられた。
無精髭を生やした顎を片手で撫でながら不敵な笑みを浮かべた神官服の男はもちろんルリジオンである。
「村を見回ってたんですよ」
俺はそんな彼に向かってリリエールから受け取ったサツマイモを放り投げる。
「うおっ。なんだこれ」
「サツマイモですよ。リリエールが掘り出して俺にくれたんです」
「リリが? あいつまた泥だらけになって帰ってくるんじゃねぇだろうな?」
「お察しの通りになるでしょうね」
「風呂わかすのも大変なんだぞ……ったく」
口では文句を言いつつも楽しそうなルリジオンを見ながら俺は切れに並んだ長椅子の一つに腰掛ける。
教会の内部には彼の崇める神の像は無い。
代わりに正面に飾られているのは彼の手によって描かれたファロス教の紋章だ。
「それはそれとして……だ」
ルリジオンは俺を見ながら正面にある講義台と呼べば良いのか名称がよくわからないキリスト教で牧師が立つ台に移動する。
そして台の端を両手で掴みながら。
「話ってなんだ? 悩み事なら懺悔室で聞いてやるぞ」
そう尋ねた。
「そんなものこの教会には作ってないでしょ」
「しゃーねぇな。だったらここで聞いてやるよ」
お互い苦笑を浮かべながら軽い言葉を交わす。
「そろそろ聞いてもいいかなと思って」
「ほう」
そして壇上のルリジオンの目を見返しながらずっと聞きたかったことを口にした。
「リリエールとあなたがこんな所に隠れ住んでいた理由。教えてくれますか?」
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