第22話 半年後

 オーク家族の襲来から半年が経った。

 俺もすっかり開拓村での生活にも慣れ、ルリジオンからこの世界のことを色々学ばせて貰った。


 昼間は周辺の森での狩りや最終、そして開拓村の建物の修繕。

 夕食後にルリジオン先生による授業が行われる。


 昼間の作業は俺――というよりミストルティンのおかげでルリジオンとリリエールだけの頃よりかなり効率が上がったおかげで食卓に並ぶ食材も豊富になった。


 ミストルティンの『鑑定』があるおかげで、今まで食べられるかどうかわからなかった山の幸の正体がわかるのも大きい。


 料理についても一人暮らしでそれなりに料理経験のある俺が加わったのもあって、初日に食べたような簡単なポトフもどきだけでなく、焼き物や炒め物などレパートリーが増え続けている。

 何よりありがたかったのは森の奥で岩塩を含んだ岩山が見つかったことと、元の世界で言う麦のような植物の群生地が見つかったことだ。


 この半年の間に開拓村には五人ほどの移住者がやってきていた。

 そのほとんどは俺と同じように王国によって追放されてきた王国民である。


 彼ら彼女らは国王や貴族、ストルトスをはじめとした役人の無茶で横暴な指示に耐えきれず苦情を申し立てたり、指示通りのものを期間内に作れなかったなど聞くだけであきれかえるような理由で追放されたという。


 しかし、そのおかげでこの開拓村に様々な職人が集まることになり、結果生活がかなり改善されることになったのは皮肉ではある。

 

「ブレドさん、麦刈ってきたよ」

「おうリュウジくん、ちょうど今パンが焼けた所だから喰ってくかい?」

「焼きたてですか。いただきます」


 パンを作ってくれているのは王都でパン工房を営んでいたというブレドというおばちゃんだ。

 彼女とその家族がこの開拓村へ俺と同じように転送魔方陣で飛ばされてきたのは半月ほど前になる。


「いただきます」

「店から酵母が持ってこられたら最高のパンを食べさせてあげられるんだけどねぇ」


 麦と水、そして塩だけを使った原始的なパンの味は、最初中々慣れなかったものだ。


「いい匂いがすると思ったら」

「あらティールの爺さんじゃないか。例のものは出来たのかい?」

「ここにある材料だけでは大変だったがのう。ほれ」


 ティールと呼ばれた老人は、片手に持っていたものをブレドに手渡す。

 それは金属製のボウルだった。


「引退したってのに相変わらず腕は衰えてないようだね」

「ふんっ。馬鹿息子どもに無理矢理引退させられただけじゃ」


 彼が開拓村にやってきて一週間。

 もと鍛冶師だった彼のおかげでこの村に残されていた道具たちもかなり修繕され、作業効率が上がった一因となっている。


「宰相どもの口車に乗せられおってからに。あんな馬鹿どもの作った粗悪な装備で勝てるわけが無いというのに」

「本当に戦争が始まっちまうんだねぇ。ただ働き同然で大量の日持ちするパンを作れって言われても無理だって言ったんだけどねぇ」

「どっちにしろもうワシらには関係の無いことじゃて」

「でも家族全員でここにきたあたしらと違って、あんたは息子たちが王都にいるんだろう? 心配じゃないかい?」

「ふんっ。ワシの忠告も聞かずに勝手に彼奴らが選んだ道じゃ。知るもんかい」


 二人の会話はまだまだ続きそうだ。

 俺は「そろそろ畑の方を見に行かなきゃならないんで」と言い残してその場を立ち去ろうとする。


「ちょいとまちな」


 しかしその俺をブレドが呼び止めた。

 そして振り返った俺に向かって麻袋を放り投げると「畑にいくんなら、それをあの人とロールに持って行っておくれ」と言った。


「これは?」

「あの人とロールの昼飯だよ」


 あの人というのはブレドの旦那さんで、この村の一部を使って畑を作ってくれているジータのことだ。

 そしてロールというのが二人の子供で今年7歳になったばかりの男の子である。


「朝間に合わなくてね。一段落したら持って行こうかとおもってたんだが、アンタが行くならちょうどいいと思ってね。わるいけどお願い出来るかい?」

「美味しいパンも食べさせて貰いましたし、これくらいかまいませんよ」


 俺は受け取った袋を掲げて返事をすると畑へ向けて歩き出す。

 村の中は俺が来た頃に比べるとずいぶんと変わって来ている。


 初めて来たときはボロボロな家や小屋しか見当たらなかったのが、今では半分くらいは新築と見まがうほど綺麗に建て替えられていた。

 そして今も近くの家の屋根からトンテンカンと大工仕事の音が聞こえ。


「おうリュウジ、暇か?」

「暇じゃないですよ」


 その屋根の上からひょいと顔を出したのは大工のペンターである。

 彼は首から提げたタオルで汗を拭きながら「明日でもいいんだが、手が空いたらまた加工してもらいたいもんがあってよ」と日焼けした肌に白い歯をきらめかせて笑う。


「昼からだったら時間開きますから、そのときでいいですか?」

「助かる。それじゃあそれまでに図面引いとくから頼んだぜ」


 ペンターはそれだけ言い残すとまた屋根の上に消えていく。

 そしてまたトンテンカンと釘を打つ音が村に響きだした。


「そうと決まったら急いで午前中の仕事を終わらそう」


 俺は僅かばかり足を速めながら村を横切り畑に向かった。

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