第16話 新たなスキルと急転直下
「やった……出来た……」
古い木の板で作った長方形の箱を目の前に俺は感無量でそう呟いた。
この世界に来る前は学生時代に少しだけ工作のまねごとをした以外は経験すら無かった俺にとって、自分が眠るベッドを作り上げたという達成感は半端ない。
「しっかしやっぱ男手があると違うな。俺様一人で色々作ってた時は一日じゃ何も作れなかったからな」
「一人じゃ無いよ! リリも手伝ったでしょ」
「そういやそうだな。それにしてもそのミストルティンってやつは便利過ぎるだろ」
ルリジオンはふくれっ面のリリエールの頭を優しく片手で撫でつつ俺の手にした金鎚――ミストルティンを指さす。
たしかにまだ夕方にも成らないうちに大工でも職人でも無い俺たちが簡易的な物とはいえベッドを作れたのはこいつのおかげだ。
「新しいスキルのおかげで作業効率が更に上がりましたからね」
俺は答えながら改めてステータス画面を開く。
『
ミストルティン
レベル:4
EXP:261 NEXT 350
形 態:デフォルト
モード:アドソープションモード
《アイテムスロット》
1:ノコギリ 2:金鎚(ランクA) 3:かんな
《スキル》
アドソープション・使用法理解・経験取得・性能回復・鑑定
』
板の切断が終わった後、新たに
特に今回活躍したのはそこに書いてある『性能回復』というスキルだ。
このスキルの効果を簡単に説明すると、アドソープションしたアイテムがどれだけ傷んでいても本来の性能が発揮できる状態まで回復するというとんでもないものだったのだ。
といっても元のアイテムまで直るわけではない。
あくまでミストルティンが変化した時の状態がそうなるだけである。
「あの
なにせルリジオンは神官であって職人では無い。
なので置いてあったアイテムを修理する技術は持ち合わせていなかった。
一応ナイフや剣の簡単な手入れや刃先の修正は旅神官として必要な護身術と共に覚えたらしいが、それと工具の修理は別だ。
刃先を研石で研いだり、狩った獣などの脂を使ってさび止めくらいはしていた程度である。
「元のノコギリは歯が欠けてましたからね。あれだと時々引っかかって大変だったでしょ」
「なるべく欠けてねぇ所だけで切ろうとしてたからな。そりゃ時間も掛かるってもんだ」
そして今回もう一つミストルティンについて新しい発見があった。
というかそれは昨夜実はもうわかっていたことだったのだが、改めて今日認識したことなのだが。
「あんな使いやすい道具を触っちまったら、もう元のボロボロな道具は使えねぇな」
ミストルティン自体の変形やアドソープション、鑑定などのスキルについては俺以外には使えない。
だけど変形させたミストルティンを使うことは誰でも出来てしまうのだ。
試しに今日は
「あれで時間制限さえ無きゃもっと便利なんだが」
「いきなりばーん!って飛んでっちゃったから、リリびっくりしちゃった」
そう。
ミストルティンの貸し出しには時間制限があるのだ。
多分体感で二十分くらいすると自動的にミストルティンは変形を解いて俺の胸ポケットに飛んで戻ってきてしまうのである。
「まぁおかげで盗まれても無くしても戻ってくるとわかって安心はしましたが」
「でもよ、時と場合によっちゃ結構危ないかもしれねぇから時間には注意して使わねぇとな」
ルリジオンはそう言うと座り込んでいた床から立ち上がり「それじゃあリリ、そろそろ夕飯の準備するぞ」とキッチンへ向かいかけ。
「兄ちゃんも今日からは客人じゃねぇから手伝って貰うぜ」
そう髭を撫でながら俺をキッチンに手招きする。
「あ、はい。もちろん手伝いますよ」
客人じゃ無いということは俺はこの開拓村の一員としてここにいてもいいということなのだろうか。
彼らにしてみれば突然やって来て異世界人だの勇者だのと世迷い言を口にする怪しい人間だというのに。
俺は心がほっこりと温まる様な思いでルリジオン達が消えていったキッチンに小走りで向かおうと一歩踏み出し――
「えっ……」
その時になって初めて気がついた。
部屋の隅にこの家に来てからずっと置いていたリュックがうっすらと明滅している。
いや、リュック自体が光っているわけでは無い。
中に入っている何かが光っているのだ。
「ルリジオンさん! ちょっと来てください」
俺はリュックに近づきながらキッチンに向けてルリジオンを呼ぶ。
この世界について全然知らない以上、この現象が何かわからない。
もしかするとリュックを空けた途端に光を発している何かが爆発したりするかも知れない。
「なんだ、いきなり切羽詰まった様な声出しやがって」
「これ見てください」
似合わないエプロン姿でひょっこりと顔を出したルリジオンに、俺はリュックを指しながら言う。
心なしかさっきより光が強くなっている気がする。
「――って、その中に何が入ってやがるんだ!」
「たしか路銀の入った袋とオークの素材だけだと思います」
「お前、オークから素材まで回収してたのか」
そういえばオークを倒した話はしたけど、その後素材を手に入れた話はしていなかったと気がつく。
「ええ、まぁ。剥ぎ取り方は短剣の経験でわかったんで」
「ということは……まさか魔石も持って来たんじゃねぇだろうな?」
「もしかして魔石は取っちゃだめだったんですか?」
「いや、大体の場合はダメじゃねぇけどよ……退け、中を見てみる」
ルリジオンは俺を横に押しのけるとリュックの蓋を開け中を覗き込んだ。
次の瞬間、彼の表情が苦虫をかみつぶした様なものに変った。
「こいつぁやべぇかもしれねぇな。紋が刻まれてやがる」
「紋?」
「ああ、見て見ろ」
ルリジオンはリュックに手を突っ込むと、ゆっくりと明滅を繰り返すオークの魔石を取り出した。
そしてその魔石をゆっくり回すと一点を指す。
「これが紋……」
「ああ、そうだ。こいつが刻み込まれてる魔石は取っちゃいけねぇ」
魔石の表面にうっすらと浮んでいるそれは、一見するといくつかの傷が走っているだけにしか見えない。
異世界人である俺にはわからないが、どうやらそれが紋というものらしい。
取り出したときには気がつかなかったが、光っているおかげでくっきりとそれが見えるようになっている。
「どうして取ってはいけないんですか?」
「紋の入った魔石ってのはな――」
ルリジオンが口に仕掛けた時。
突然外で何かがぶつかる様な激しい音が響く。
ルリジオンは「チッ。もう来やがったか」と舌打ちをすると魔石を持ったまま立ち上がって――
「こうやって同族を呼んじまうんだよ!」
焦燥感を溢れさせ、そう叫んだのだった。
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