第15話 ファロスの神と回復魔法
「兄ちゃん、次はこっちの板を切ってくれ」
「わかりました」
ぎこぎこぎこ。
ルリジオンが引いた線にそって、俺はミストルティンを変形させたノコギリを使って丁寧に板を切っていく。
アドソープションで得た知識のおかげで今まで真面に扱ったことが無いというのに線からズレることも無い。
ぎこぎこぎこ。
「リリはいつもの様に釘打ちを頼んだぜ」
「はーい。リリ、釘を打つの得意なんだから。見ててねリュウ」
外部からの供給もなく、今までルリジオンとリリエールしかいなかったこの村では材料も全て過去の開拓民が残したものを再利用している。
板や釘も古い民家を一件バラして再利用しているらしい。
「風が気持ちいいな」
開拓村の中程にある広場。
そこにはルリジオンが作った簡易的な作業場が作られていた。
といっても野ざらしの木で出来た作業台らしきものと、人が二人入るのが精一杯程度の物置があるだけだが。
「ここのところ晴れが続いてて良かったぜ」
木の板を持って来たルリジオンが空を見上げて呟く。
彼の言うとおり今日は雲一つ無い晴天だ。
「そうですね。雨だったら外でこんなこと出来ないし、足下もドロドロだっただろうし」
「それもそうなんだけどよ。材料が濡れちまってたら乾くまで何も出来なかったからなぁ」
コンコンと乾いた音が鳴る。
ルリジオンが木の板を軽く叩いた音だ。
「確かに。そう考えると良いタイミングで来れたって言って良いのかな」
先ほども言ったようにこの開拓村跡地で何か家具を作ろうとするなら、元の住民達が残していったものを使うしか無かったらしい。
なぜならルリジオンには木こりや大工委の経験がなかったからである。
ルリジオンの言葉が真実なら彼は神官なのだから当たり前といえば当たり前だけども。
それにもし経験があったとしても、魔物が彷徨く村の外で木を切り倒して村に運び込むというのは男手一人では難しい。
「俺様もそれなりに修羅場は潜ってきてるから小さな魔物程度なら狩れるんだけどよ」
昨夜、ルリジオンにオークを倒した話をしたときにそんな話を聞いたので魔物との戦闘経験はあるらしい。
というか俺が食べさせて貰った食料の内、肉やキノコなどの山菜類は彼が周りの森で収穫してきたものだそうだ。
だけどそれと森の木を切り倒す作業は別物である。
なんせ斧で木を切る音はかなり遠くまで響くわけで。
それを聞いて魔物が襲ってくる可能性は高い。
なのでルリジオンはこの村にたどり着いてからは村の廃材を利用して生活に必要なものを作り続けていたという。
「よし。最後にこの板を線通りに切ったら後は組み立てるだけだ」
「早いですね」
「別に立派なベッドを作るつもりはねぇからよ。切った板の表面をコレで仕上げて組み立てて完成だ」
ルリジオンは工具箱から
そういった道具は、世界が変ろうとも基本的な形は変らないということなのだろう。
ルリジオンは手慣れた様にしゅるしゅると綺麗に板の表面を削っていく。
それが余りに気持ちよさそうに見えて、俺もやってみたくなってしまった。
「俺にも後でそれやらしてくださいよ――痛っ」
ルリジオンの声に気取られたせいだろう。
ノコギリを掴む手がゆるんで滑り、尻の方の刃をざっくりと指に刺してしまったのである。
「おいおい大丈夫か兄ちゃん。よそ見なんかしてるからだぞ」
自分から俺に喋り掛けて来たのにまるで他人事の様だ。
だけど確かにルリジオンの言うことも正しい。
一旦手を止めてから話に加われば良かったんだし。
「痛ててて。けっこう深くやっちゃいました」
「仕方ねぇな」
俺が流れ出る血を止めようと親指の根元を押さえていると、ルリジオンが頭を掻きながら寄ってくる。
そして俺の指に自分の手のひらを向けると――
「神よ。我らが愛するファロスの神よ。私たちの愛に応えこの者の傷を癒やしたまえ――ヒーリング」
いつもの荒っぽさが微塵も感じられないほど優しい声で祈りの言葉を口にする。
するとみるみるうちに深くえぐられた様になっていた指先の傷が塞がっていくではないか。
「これは回復魔法ですか?」
すっかり塞がった傷口を見ながら俺はルリジオンに問い掛ける。
確かに彼は自分を神官だと言っていた。
だけど回復魔法が使えるなんて一言も聞いていなかった。
「あ? 当たり前だろ。俺はファロスの神官だぞ」
「ファロス?」
「そこから説明しなきゃいけねぇのか。めんどくせぇな。とりあえずファロスってのは癒やしの神なんだよ」
運の良いことにルリジオンは回復魔法が使える神官だったらしい。
この世界の神については全く知らないが、彼が『癒やしの神』と言うくらいだから他にも『戦の神』とか『商売の神』とかいるかもしれない。
それにしても回復魔法が使えるような人材がどうしてこんな所に少女と住んでいるのか。
ますます俺はルリジオンという人物がわからなくなってきた。
「ボーッとしてねぇで、せっかく治してやったんだからさっさとその板を切っちまえよ」
そんな俺の疑問を問い掛ける間もなく、ルリジオンはそれだけ言い残して板の仕上げに戻っていってしまう。
もしかしたら余り触れられたくない話題なのかもしれない。
「それじゃあ気をつけて切りますね」
俺はいつか彼が話してくれるまで彼の過去を詮索する様なことはしないと心に決め、今度こそ慎重に板の切断を再開したのだった。
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