第10話 リリエールとあったかスープ

 家の奥に向かうと、そこには四人がけのテーブルがある部屋についた。

 おそらくここは食堂なのだろう。

 そこかしこに修繕したような跡はあるが、部屋の中は綺麗に掃除されていて汚さは感じない。


「とりあえずそこに座って待ってな。おいリリ、飯を温めてくるからその間そいつと話でもしてやんな」

「はーい」


 元気に返事をするリリエールを残し、ルリジオンはそのまま隣のキッチンらしき場所へ向かう。

 俺はそれを見送りながら、背負っていたリュックを脇に下ろしながら言われたとおり椅子に座る。


「ふぅ」


 部屋の中には小さな明りが二つ。

 炎のように揺れていないところを見ると魔法灯なのだろう。

 ただ王城で見たものに比べて光量はかなり少なく、少し黄土色がかった明りが心を落ち着かせる。


「お兄ちゃん、どこから来たの?」


 いつの間にか俺の横にちょこんと座っていたリリエールが声を掛けてきた。

 俺はなるべく優しそうな表情を心がけつつ、どう答えたらいいのか僅かに悩む。


「えっとね。とても、とーっても遠いところからかな」


 こんな少女に『異世界から来た』と言っても通じないだろう。

 だから俺は当たり障りの無い返事で誤魔化すことにした。


「ふーん。リリ、お兄ちゃんみたいな顔の人、初めて見たよ」

「顔?」

「うん。だってお兄ちゃんの髪、真っ黒なんだもん」


 やはりこの世界……というか俺が今いる場所では黒髪黒目は珍しいのだろうか。

 確かに王城で見た人たちもリリエールも、どちらかと言えば明るい髪色をしている。


「この辺りだとこの髪は珍しいの?」

「うん。初めて見たよ。お目々も真っ黒だし不思議ね」


 じっと俺の目を見つめるリリエールの青い瞳は好奇心で輝いていた。


「リリエールの目は綺麗な青だよね」

「えへへ、ママとおそろいなんだ。この髪もママにそっくりだってルリジオンが言ってた」


 無邪気に笑うリリエール。

 だけど彼女に俺は次の言葉をすぐに返せなかった。

 なぜなら、彼女は自分が母に似ているとルリジオンが・・・・・・言っていたと言ったのだ。


「そっか。所で自己紹介がまだだったね」


 俺は話題を変えるためにそう口にする。


「俺の名前はリュウジ・ナガセ。リュウジって呼んでくれればいいよ」

「リュウジ……名前も珍しいのね」


 リリエールは口の中で何度か「リュウジ……リュウジ」と呟くと椅子からぴょこんと飛び降りた。

 そしてスカートを両手でツマミながら、予想外に綺麗な所作で頭を下げると。


「わたくしはリリエール・クラレです。よろしくおねがいしますね」


 そう今までの口調とは打って変わったような言葉遣いで自己紹介をしながら顔を上げた。

 予想外のことに一瞬俺は言葉を詰まらせたが、その後にリリエールが見せたいたずらっぽい笑みに気がついて、慌てて言葉を返す。


「よろしくリリエール」

「リリのことは『リリ』って呼んでね。その代わりリリもリュウジのことはリュウって呼ぶから」


 先ほどの華麗な所作と言葉遣いはどこへやら。

 すっかり元の調子でそう笑うリリに俺も笑い帰しつつ。


「ああ、それでかまわないよリリ。よろしく」


 そう言ってリリエールと同じように椅子から立ち上がり、彼女と視線を合わせるようにしゃがむ。


「握手はわかるかな?」


 俺が差し出した右手をリリエールは嬉しそうに微笑んで両手で握り返してくれた。

 どうやらこの世界でも握手は通じるようだ。


「よろしくねリュウ」


 その楽しそうな顔にはいっぺんの曇りも見えない。

 だが先ほどの会話から想像するに彼女は自分の母親の顔を知らない。

 そして名字があるということはルリジオンの言葉も併せて考えれば貴族の娘なのは間違いないだろう。


 なのにこんな森の中の廃村のような場所にルリジオンという神官と二人暮らし。

 はっきり言って異常だ。


 この世界のことを俺はまだほとんど知らない。

 もちろん日本で読んだ本やアニメの知識と照らし合わせれば、色々想像は出来る。

 しかしそんな話をリリエールとする訳にもいかないだろう。

 部外者の俺が首を突っ込んでいい話でもない。

 なので今はこれ以上は彼女の事情には深入りしない方が良さそうだと俺は結論づけた。


「それでリュウはどうしてここに来たの?」

「どうしてって……」


 俺が答えあぐねていると。


「飯を温め直してきてやったぞ。リリは皿とスプーン出してくれ」


 キッチンから両手持ちの鍋を持ちながらひげ面の男がやってきた。


「はーい」


 ルリジオンは湯気を立てる鍋を木製のテーブルの上に直に置くと俺の正面に座る。

 そしてリリエールがボロボロの食器棚から持って来た木皿に鍋の中のものを注ぐと俺の前に差し出した。


「この辺りで取れたモンだけで作ったスープだけどよ、美味いと思うぜ」

「ルリのご飯は美味しいのよ!」


 二人のそんな声が耳に入る間もなく、俺は「いただきます」と両手を合わせる。

 そして木製の少し不格好なスプーンを手に取ると、美味しそうな匂いを漂わせるスープにそれを突っ込んだのだった。

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