第8話 旅神官ルリジオン
ドンドンドン。
既に疲れ切って力の入らない体にむち打って扉を叩く。
「お願いします! 助けてください!」
出せるだけの大声も既に掠れかけ、限界が近いのは自分でもわかる。
しかしそれでも目の前の扉が開く気配は無い。
「……だめ……か」
既に日も暮れたこんな時間、こんな場所にやって来た見知らぬ人間を中に入れる。
それは平和だった日本ですら相当リスキーなことだ。
ましてやそこら中に危険が転がっているこんな異世界では――
ガタン。
諦め座り込んでいた俺の耳に、扉の向こうで何かが動く音が聞こえた。
と、同時にゆっくりと扉が開いていく。
「あっ……」
そして扉はちょうど人一人が滑り込めそうな幅だけ開いて止まると、中からけだるそうな男の声がした。
「おい兄ちゃん。さっさと入りな」
俺はヨロヨロと立ち上がると扉にもたれかかる様にしながら開いた隙間にゆっくりと体を滑り込ませようとした。
とたん腕が思いっきり引っ張られる。
「うわっ」
そのまま壁の中に勢いよく転がると、背後から扉を閉める音が響く。
結構な勢いで倒れたせいで地面に顔を盛大にぶつけてしまった。
おかげで鼻血が一粒、二粒と地面に落ちる。
「いてて」
「わりいな兄ちゃん。でもよ、さっさと入れっつったのにノロノロしてるお前さんが悪いんだぜ」
俺は鼻を手で押さえながら仰向けになって声の主を見上げる。
うっすらとした星明かりの下で腰に手を当て俺を見下ろしているのは無精髭を生やした中年の男であった。
「貴方は?」
「はぁ? 人のことを聞く前にまずは自分のことを話すのが筋ってもんじゃねぇの?」
呆れた様に頬を指先で掻きながら男は言う。
確かにその通りだ。
「俺は長瀬、長瀬隆士っていいます」
「ナガセ。珍しい名前だな」
「あ、ナガセが名字でリュウジが名前です」
「ふうん。名字があるってことは、兄ちゃんは貴族ってことか」
暗闇の中ではっきりとはわからない。
だけど俺が名を告げたとき、男の目が細められ、俺を見下ろす顔つきが僅かに険しくなった様に思えた。
「い、いえ。貴族なんかじゃないです。しがない平民ですよ」
なので慌てて俺はそれを否定する。
たぶん目の前の男は貴族に何かしら恨みがあるのだろうと察したからだ。
「ふぅ……だろうな。そんなボロボロで今にも死にそうな格好をしてるヤツが貴族なわけねぇか。それに……」
男は雰囲気を和らげると俺を見下ろしながら言葉を続ける。
「こんな流刑地まがいの所に飛ばされてる時点で、すでに貴族であろうがなかろうが関係ねぇわな」
男は自嘲気味に笑いながら俺に向かって手を差し伸べてくれた。
俺はその手を握り返すと、男は俺を立ち上がらせながら口を開く。
「俺様はルリジオン。ただのルリジオンだ」
「ルリジオン……さんですか」
「敬称は要らねぇよ。職業は見てわかんだろ?」
立ち上がり、埃を軽くはたいてから俺はルリジオンの服装に目を向ける。
星明かりだけではわかりにくいが膝辺りまでを包む前あわせの白っぽい衣。
腰の所を青っぽい色の帯のようなものを巻いている。
下半身にはこちらも白いズボンと靴。
その全てがどれだけ長い間同じものを着ているのかと心配になるほどボロボロで。
「全くわかりません」
俺は正直にそう答えるしか無かった。
もしかするとこの世界では彼の様な服装をした者は決まった職業があるのかもしれない。
だけど異世界に召喚されて、ほとんど何の知識も与えられずに追放された俺が知るわけも無く。
「はぁ? どこからどう見ても旅神官の服装だろうがよ!」
「旅神官……ってなんですか?」
「うっそだろ。お前、旅神官を知らないのかよ」
「俺の国には旅神官って職業の人はいなかったんで」
「旅神官がいない……って。いったいどこのド田舎から来たんだよ!」
その時俺は考えた。
この男に俺が勇者として召喚されたばかりの異邦人だということを伝えるべきかどうかを。
「どこも何も」
俺は目の前の男をもう一度見やる。
口はかなり悪いし見かけも浮浪者まがいではある。
神官とか言っているが、俺が想像する神官像とはかけ離れすぎていて信用していいかはわからない。
だけど――
「俺は昨日、この世界に召喚されたばかりの異世界人なんで、この世界のことは何も知らないんですよ」
不思議と俺はこの男を――ルリジオンを信じられる人物だと感じていた。
だから俺は全てをこの男に話そうと、そう決めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます