二十六 抜刀
九時、警察署を出た警察車両群は、本通上をゆっくり走り出した。
連邦警察と市警のパトカーだけでなく、警備車や遊撃車といった特殊車両まで列に加わっている。
総指揮は捜査本部長ということでシェリルが務め、以下連邦警察及び市警の刑事や警察官、機動隊や特殊部隊がずらりと動員されていた。殊に機動隊や特殊部隊は地元のみならず、連邦警察が複数の方面隊を派遣して増員を図るなど、かつてない大部隊となっている。
これで一新興国産業本社へ乗り込み、松村と配下ら十人の逮捕とサツキの救出を行うのだ。
普通なら逮捕状執行と拉致被害者救出にこれほどの人員と車両を出動させるということはないが、そもそも敵城自体が分厚く私兵によって鎧われているということを忘れてはならぬ。
さらに言えば大門町のアジトが陥落したことにより、松村は警察が自分の逮捕に乗り出さんとして来ることを察知しているはずだ。ここぞとばかりに道中で襲撃を行わせることは目に見えている。
普通の者なら警察が逮捕に動くと思った時点で直ちに計画を中止し逐電を図るはずだが、松村は「悪の組織」を手本にして動いている男なのだ。首領を気取って「正義の味方」に相当する警察と大いに戦い、しりぞけてやろうなぞと平然と考えることだろう。
そのような思考の者が相手である以上、大規模な戦闘が起こるのはおよそ避けられないため、これだけの人員を出動させないと対応出来ぬのだ。
シェリルたち刑事がパトカーで行く後ろにつく形で、啓一と清香と百枝、エリナとシャロンと分乗した二台の車が走って行く。
「……どうなるのか、正直想像もつかないな」
前の車に乗っていた啓一が、そうぽつりと漏らした。
そもそも五千人の武装集団が動くかも知れないと言われても、そこからして実感が全く湧かない。
我々の世界の日本の人々もこの世界のこの国の人々も、軍隊やそれに類似した組織による武力行使なぞ、何十年もしくは何百年も経験していないのだから無理もない話だ。
「ある程度まとまった人数で攻めて来るのかしらね?それともゲリラ戦かしら……」
「正直どっちも有り得るんですよね、特に今回元軍人もいるそうですし。どのみち『悪の組織』が手本の男ですから、権力の排除と統治秩序の破壊、領土の占領が出来れば何でもいいでしょう」
「勘弁してくれよ、そこまで来たら完全に内戦じゃねえか。どうかしてやがるぜ」
不安に満ちた会話が、後部座席で交わされる。
軍隊に類似した組織構造をしていると考えると、予備部隊や後方支援部隊などがしっかりあると考えられるため、五千人全員が襲撃に参加するのは有り得ない話だ。
また最終目的を考えると、この本隊襲撃にかかりきりにならず、他の場所でも武力行使を行うはずである。そこに割かれる人数を考えると、こちらに来るのは半分くらいになりそうだ。
だがもしそうだとしても確実に二千数百人はいることになるので、さすがに不安がぬぐい去れるものではない。最悪の時には密かに出動準備を整えている自衛隊を頼るしかなくなるが、これは本当に最後の最後まで使いたくない手段というのが本音だ。
いずれにせよ、警察だけで何とかするに越したことはない。警察、いや天ノ川連邦という国家の威信がかかっているという意味でも、まさに「連邦の興廃此の一戦に在り」なのだ。
話を元に戻そう。
車両群は市庁前で左折し、赤駒地区へ渡る大門橋へ向かった。
一番南の南原地区にある一新興国産業本社へ向かうには明らかな遠回りなのだが、先にも述べた通り中心部との間には歩行者用の細い橋しか架かっていないため、こうするしかないのである。
「まさかここで、でかい橋が架けられなかったのが災いするとはな……」
舌打ちをしながら百枝が言う。
本来両者の間には架橋の予定があったのだが、財政難によって工事が凍結されてしまい、あのような細い橋でお茶を濁す羽目になった。
今回それがたたり、敵城を対岸に遠く見ながら大迂回を迫られることになったのである。
そうしているうちに、一同は市庁の北側に架かる大門橋の西詰にたどり着いた。
『爆発物反応と生物反応検知を行い、安全を確認の上大門橋に入ります。これで反応がなければ、東詰で部隊展開を行います。一定の地域を制圧するまで出ないでくださいね』
一同向けに、シェリルが無線を飛ばして来る。
早速先手の遊撃車がレーダーをかけ、爆発物や生物の有無を確認するが、一切認められない。
「私もかけてみていいでしょうか、この距離なら座った状態でも充分有効ですので」
『許可します』
エリナがそう申し出てレーダーをかけた。
「爆発物反応なし、生物反応なし。問題ありません」
『じゃあ進みますね。……大庭から大門全局へ、渡ってしまってください』
シェリルが言うのに合わせ、慎重に車両は大門橋へ進入する。
「あの……エリナさんって、一体何者なんですか?」
「大した者じゃありませんよ。ちょっと機能高めなだけのアンドロイドです」
「……外の世界はレヴェル高いですね」
彼女が特別だと運転していた警察官は突っ込みたかったが、そんな暇はなかった。
東詰に至ったところで、さっそく機動隊と特殊部隊が出動となる。
そしてその先に飛び込んだのが、例によってシェリルであった。
「どこから出ますかね……雑木林とはいえこう疎密があると」
その時である。はるか前方に、拳銃を持った男たちが現われた。
「おい、来ちまったよ!小銃本当にないのか!?」
「見つからなかったって言ってるだろ!」
「くそッ、やっぱりぱくられたか!」
「だから別の派と組むなんて嫌だったんだよ!」
相手は、敵前にして口げんかを始めている。
敵対している派閥を無理矢理一つにまとめたことの軋みが、こんなところに出ているようだ。
「あーあ、気が抜けますね……それ!」
とりあえず走って銃撃して来たところを、まずは準備運動と弾をはたき落として対応する。
果たして発砲した相手は凍りつき、口をぱくつかせていた。
「今のところ、確認されるのは二十五人ですか。一気に潰しますよ!」
硬直している男たちを狩りながら、シェリルは呼びかける。
だがその斜め下の用水路端から、隠れていたと思われる男が上がって来た。
その次の瞬間。
男はエリナの蹴りに顔面をやられ、どおっと倒れていた。
「エリナさん!」
「車を狙っているようでしたので、『自衛』しました」
したり顔で言いつつ、次々と用水路沿いの道で敵を倒して行く。
警備車で囲まれているため車が狙われるというのは本来まずないのだが、
「ま、『自衛』なら仕方ないですねえ」
シェリルは例によってこの反応だ。
こんなことを言いつつ、銃弾をはたき落とし手で受け止め、敵をなぎ倒している。
「化けもんだ、化けもんが出たあ!」
「嘘だろ、あんな強いなんて有り得ねえ!」
十人ほど狩ったところで、男たちが悲鳴を上げた。
一部の者はどうやらシェリルの強さだけは聞いていたらしいが、話半分に受け止めていたらしく、パニックを起こしている。
「せっかく教えてもらった重要情報の扱いがそれですか……っと!」
さっき叫んだ男が、胃液を散らして倒れた。
それを後ろに流すシェリルに導かれるようにして、どんどんと機動隊が進んで行く。
一方用水路沿いでは、すさまじい地獄が展開されていた。
「この……ぐはッ!」
草むらにエリナの飛び蹴りが入り、銃も撃てないままに二人倒れる。
敵はこの用水路沿いに人員を潜伏させ、いざという時下から上がって増援させるなどの作戦を練っていたらしいが、彼女に見つかった以上もはや通用しなかった。
「上より多くないですか!?もう何人目か数えるのも嫌になりましたよ!」
警官隊とともに狩ること、もう二十分ほどが経過している。
多くの者は逃走を開始したが、一人だけ肝のすわった男が残っていた。
どうやら元軍人らしく、かなり動きが早い。また走り方も右左ジグザグをとるなど、軍事訓練を受けた者ならば基本中の基本の動きをしっかりと押さえていた。
これで振り返って迎え撃とうとしたのだろうが、一つだけ極めて不幸なことがある。
今自分が戦おうとしている少女は、単に戦闘力が高いだけではなく、修羅道のような世界で軍事訓練を毎日受けているも同然の暮らしをしていたということであった。
当然下手な軍人の動きなぞお見通しで、振り返った時点であごを蹴り飛ばされ沈んだ。
「……元は落ちこぼれだったんですかね?」
「エレミィさんが強すぎるだけだと思いますよ……これはリスナーもびっくりだ」
「ですね……みなさんには絶対言わないでくださいよ、秘密です」
純粋に不思議そうな顔でぽつりと言うエリナに、いつの間にか後ろまで来ていた機動隊員がUniTuberとしての名で呼びながら突っ込む。
どうやら、大門周防通騒乱で周防通にいたファンの隊員らしかった。
それはおいておいて、再度敵のいないことを確認した後、
「横山用水沿い、赤駒地区鎮圧完了しました!」
無線を飛ばして全員に伝える。
「よし!下終わりましたか!……それッ!」
上にいたシェリルは無線を受けながら、器用に二人狩った。
「ああもう、地味に人が途切れないんですよね。もう最初の二十五人はとっくに潰したのに」
「部長!どこかにアジトでもあるのでは?」
すぐそばで男を逮捕した刑事が、そう進言する。
「これだけしつこいと有り得ますね、探しますか……!」
だが眼の前の雑木林はさして深くもないため、大人数がそのまま隠れるには不適切だ。
ならば建物だということで、レーダーをかけるといくつか前方に小屋のようなものが認められるが、いずれも生物反応が一切認められない。
一方で、反応にくもったように不明瞭な部分がぽつぽつと見られた。これは相手が、何らかの手段でレーダーを攪乱しながら潜伏している可能性が高いのを示している。
「この反応はあれでしょうね、多分……!」
ここでシェリルは、急いで清香に通信を送った。
「
『いいわよ!何を調べればいいの!?』
「アジトもしくは一時的な潜伏場所として使えそうな建造物です!」
『一発、一発。座ったままで出来るわ。「ディケ」使うから、レーダーちょっと貸してね』
清香は空中ディスプレイに足許の「ディケ」を接続すると、何やらソフトを立ち上げ認証を行う。
こうして警察のレーダーに接続し、光線欺瞞が行われている場所を突き止めるのだ。
警察側の反重力発生装置でも出来なくはないのだが、かねてから出力に不安があると言われていたため、レーダーを貸してもらうのを条件に手伝いをすることになっていたのである。
「
「分かりました。……これ、重力の分布図です。ある程度の光線欺瞞あると波打ちます」
「そ、そうか。ちょっと見てみる」
啓一に説明され、百枝が一緒になってつぶさに地図を確認し出す。
「あれ?ここおかしくね?この雑木林の中」
「確かにこりゃおかしいです。英田さん、ちょっと見てください」
「あー、露骨に小屋の形出てるわね……へったくそな欺瞞してるわ」
そう言って鼻で嗤うと、シェリルにさっと通信で伝えデータを送った。
「諒解しました。大きめの小屋なので、二方向から包囲して突入させましょうか」
そのまま今度は機動隊の方に無線を飛ばし、突入隊の準備をする。
なおこの間にも、三人ほど潰していた。もはや菓子をつまむ感覚である。
シェリルはアジトと目された小屋がある雑木林の前にたどり着くと、
「警察です!そこにいるのは既に分かっています、光線欺瞞を解きおとなしく投降しなさい!」
一見何もない空間に、思い切り呼ばわった。
しかし、少し光が揺らぐような気配がしたものの、人が現れる気配がない。
「再度警告します。投降の意思を見せない場合、こちらより光線欺瞞を解き突入します!」
そう叫んだ瞬間だ。
「わあッ……」
いきなり空間から、ゲバ棒を持った男が飛び出して来た。
当然、そんなものなぞ通じるシェリルではない。
「
逆にゲバ棒を引っつかむや、棒だけ残して見事に巴投げをしてのけた。
「自分で場所教えてどうするんですか……」
心底あきれたと言わんばかりの口調で言う中、
「反重力発生装置起動!光線欺瞞を破れ!」
後ろで指示が飛び、あっという間に雑木林の中に小屋が現われる。
小屋の周りでは、十人以上の男たちが壁に張りついていた。
突然欺瞞をはがされてあわてて襲いかかって来るが、シェリルは、
「なるほど、やはり供給源はここでしたか」
涼しい顔で言って、小屋に近づきながら狩って行く。
そして最後の一人を狩り終わったところで、小走りで扉へ追いすがった。
「武器を捨て、速やかに投降しなさい!」
しかし応じる気配がないどころか、二人の男が口論する声が聞こえて来る。
「見つからないと言ってたのはお前だろうが!」
「そりゃそうだが、私は本来アンドロイド畑だぞ!」
「これくらい触ったことあるだろ!?うちじゃいろいろやらされんだから!」
「私は違うんだ!……ああもう、捕まったら死刑だぞ!?」
「それはこっちも同じだ!人一人サイボーグにしてんだから!」
どうやら、会話内容からするに葵の人体改造実験に参加した技術者がいるらしい。
「へえ……これはこれは」
ここでシェリルはどす黒い笑みを浮かべ、さっと通信を飛ばした後、いきなり扉を開け放った。
「警察です。先ほどから何度も声をおかけしましたが、お出になりませんのでこちらから来ました」
「ひいッ……!!こ、この!!」
そばにおいてあったゲバ棒で何とか殴りかかるが、あっさり
「一新興国産業本社工場において、高校生の女の子を改造したのはあなたたちですか?」
どすのきいたシェリルの声に、男たちは震えながらうなずいた。
「……だそうですよ?」
「ふうん、そっかそっか。うちの葵をやったの、お前らか」
そう言って現われたのは、何と百枝である。
「ひいッ、くそ!!」
シェリルがどいたため何とかなるとでも思ったか、一人が転がっていた鉄パイプで襲いかかった。
しかし殴る寸前で蹴り飛ばされ、あっさり小屋の中に戻される。
それを見届けた百枝は、一切笑っていない眼でにっこりと笑うや、
「まあ、死ねや」
一言だけ言い、男たちにすさまじい勢いで拳と蹴りを繰り出した。
「どうぞごゆっくり。あ、足腰立って口きけるくらいにしてくださいね、取り調べがありますので」
輝くような笑顔で扉を閉めるシェリルに、機動隊員が凍りついている。
「あ、あの……」
「今のはあちらが襲いかかったことに対する『自衛』です。いいですね?」
「そ、それは……」
「それにどうせ後で
「あっはい……」
余りの恐ろしさに、機動隊員たちが一斉にうなずいた。
地の底から響くような苦悶の声がしばらく続いた後、百枝がぱんぱんと手を払いながら出て来る。
「言われた通り、そこそこにしといたぜ。ま、その前にぶっ倒れたんだが」
「それはそれは。逮捕前のお祓いをありがとうございます」
「じゃ、頼むわ」
百枝が去った後、被疑者を回収した一同の苦労は並々ならぬものがあった。
どう大変であったかは具体的に記さないが、
「人って、こんなにいろいろ漏らせるもんなんだな……」
回収に当たった刑事が呆然とつぶやいたこのせりふに代えさせてもらう。
「赤駒地区、中心部鎮圧完了!」
シェリルが無線を飛ばし、赤駒地区の三分の二の制圧が宣言された。
また、直後に赤駒地区の北にある藤塚地区に派遣してあった部隊から、同地区の八割方が制圧された旨の無線が飛んで来る。
何とこちらでは、外に潜伏していた者同士が内ゲバをしているところにいきなり出会うという、ある意味で衝撃的な会敵となった。
しかも一部がこちらに気づいて刃を向けて来たものの、今度は誰が立ち向かうかでもめ始めてしまい、勝手に殴り合い蹴り合い自滅し始める始末である。
このため時間はかかったものの、漁夫の利で簡単に制圧してしまった。
「ひどいですね、完全な自滅じゃないですか。やっぱり仲の悪い団体を一緒に無理矢理行動させること自体が、無理な相談だったんでしょう」
一回機動隊の後ろに下がり、歩きながらシェリルは肩をすくめる。
人員五千人、内訳は反政府組織のテロ集団と元軍人というとひどく恐ろしいが、実際には組織内で人間関係に相当な無理がかかり、細かいところでいくつも歪みやひび割れが生じているようだ。
後で分かったことであるが、さっきの技術者たちも末端の内ゲバによりここへ強制的に連れて来られ、戦闘時の事故に見せかけて殺害されようとしていたのだという。
後先を考えれば到底出来ない行動で、いかに末端の綱紀が緩んでいるかの証左のようなものだ。
獰悪な連中のため気を抜いてはいけないが、こう考えると存外にあっさり壊れる可能性がある。
だが、龍骨出入口の問題はそれでもなおいまだに残ったままだ。
先に密かに部隊を派遣して見張りに当たらせてあるものの、どこから出るか分からないというのには変わりはない。完全制圧を宣言出来ないのも、このためだ。
ただ、全く何も希望がないわけではない。
「英田さん、ヤシロさん、勝山さん。頼みましたよ……!」
シェリルはそう言うと警察署の方を振り返り、パトカーの中へ乗り込んだ。
シェリルたちが
「やはり相当手強いな、これは。ちょこまかと小ざかしい……」
「そちらの世界の技術をもっても難しいものですか」
「頭より力の世界でしたからね……情報技術は二の次、たまたまこちらより発展していただけです」
さらりと言うが、普通なら一時間はかかる作業を十分でやられてこれでは戸惑うしかない。
「狡猾さではこっちの方が上でしょう、このなかなか尻尾を捕まえさせない欺瞞。龍骨を管理するサーバを、一部とはいえここまでしっかり乗っ取ってしまうとは……」
今回、ジェイとここの捜査員に託された仕事は二つあった。
一つは、一新興国産業のセキュリティを破り奥深くまで入り込み、場合によっては掌握すること。
こうしてしまえば、敵の牙の一部を最初から抜き去ることが出来るし、さらにはサツキの救出の際に大きな助けとなるからだ。
そしてもう一つは、龍骨出入口を管理するネットワークとサーバを奪還することである。
実は二日にわたる調査により、龍骨出入口の突破は現地で装置を使うなどの物理的な方法だけで行われたものではないという結論が出ていた。
先にも述べた通り現地で何かしようと思うと、いろいろ危ない橋を渡る必要がある。監視さえ何とかなればということで検討を重ねたのだが、どうやっても引っかかるという結果しか出なかった。
こうなると発想を転換し、龍骨出入口を管理するネットワークにどこかから入り込んでサーバを乗っ取り、ほしいままに光線欺瞞を操作しているという想定をするしかない。
しかしそのような異常は市の方では観測していないため、ネットワークかサーバかのどちらか、もしくは両方に何らかの欺瞞が仕込まれている可能性があった。
実際に市の資料を参考にしながら、あの手この手でいろいろ方法を変えてアクセスしてみると、本当にごくわずかであるが異常を示す反応が返って来る。
これをもって清香の仮説を真とし、ハッキングの準備を整えていた。そこに後方支援を依頼されたことで、堂々と警察署のコンピュータで捜査員と肩を並べての作業が可能になった按配である。
今二人はこちらの作業を優先してやっているのだが、途中からひどく難航し始めてしまい、今ではああでもないこうでもないといろいろ試している状態だった。
「勝山さん、そっちどうですか?」
『……僕の方でも難航してる。ネットワークに負担がかかりすぎてて、うかつに入ると何が起こるか分からなくて困ってるよ』
「同じです。全く、無茶な真似を!」
宮子が電話を通して悔しげに答えるのに、ジェイが顔をしかめた。
彼女はどちらかというと一新興国産業を攻めるための要員なのだが、余りにこっちがひどいので出て来てもらったのである。
「連中はこの街を乗っ取れればいいんです。政治思想団体と言いながら、存外脳味噌は筋肉ですよ」
捜査員が軽く舌打ちをしながら言った。
龍骨出入口から人が大量侵入した事件なぞ、彼にとっても初めて遭遇するものである。
しかもこの無理矢理ぶり、ていねいに入られるより逆にやりづらかった。
「でもこれだけ無茶をしていますと、どこかに破綻が生じるはずなんですよ……!」
その時、電話に割り込む形で清香の声が響いて来る。
『割り込みごめんなさい。今、赤駒六番と七番で、光線欺瞞の揺れが持続的に観測されています。この辺につながるサーバを制禦しきれてない証拠だろうと見てるんですが……』
「恐らくそうでしょう。山野二番附近にあるサーバがそれなので、一応目はつけて反応するたび追い駆けているんです。ですが周囲のネットワークにかかる負荷が異様に高い状態で、難渋しています。もう真正面は無理なので、迂回路を必死で探しています」
『エリナさんにやってもらいましょうか?彼女なら負荷もそんなに大きくないので、多分入れるのでは……。本人は普通にやってもいいと言っていますので』
「なるほど、もうそれに頼るしかないかも知れません。ハッキングを補助する経路ならまだ何とかなるでしょう、大急ぎで探してみます。一応やってみてください!」
「お願いします!こっちもなるたけ万全なのを構築しますので!」
二人がぱたぱたと再びキーボードをたたきにかかった。
「よし、ヤシロさんたちには知らせたわ。エリナさん、頼める?」
「行きます。輻輳で入れない可能性もあるので、時間が少しかかりそうですが」
エリナがコードを召喚し、空中ディスプレイに接続してハッキングを開始する。
ここは警察が制圧した一帯の一番東端、今のところ一番多くの龍骨出入口が望める場所だ。
山野・横山方面から敵が攻めて来る気配がないということで、この作業を開始したのである。
「シェリルにもやってもらいましょうかね?」
「いや、あの子は本業が今ね……」
「接続しました。エリナさんとは別の場所から入ります」
「……だから何でいるんだ、お前さんは」
忙しいと思ったらいるというパターンはもう数度目のため、さして驚かずに啓一が言った。
「今のところ、出番がありませんからね。屠る相手もいませんし」
「現場指揮官が自ら屠ってる時点でおかしいんだが……とと、無駄口たたいてないで支援支援」
このような状況になった時、啓一は清香の補佐をすることになっている。
「おい、こんなんでほんとに入れるのか?何かさっきっから点が動かねえぞ」
「百枝さん……そんな急かしちゃ駄目ですよ」
百枝とシャロンもおまけ程度であるが、体裁上参加していた。
「……細いですね、ようやく入り込めました」
「滑り込み!……こっちは切り替わりが烈しいです、こんな仕様ありますか!?」
『部長、エリナさん!多分連中の妨害が入っています、注意してください!』
捜査員の声が響く。既に気づかれていると思った方がよさそうだ。
「なに、妨害されるほど燃えるというものです」
「恋愛じゃないんですから……ととっ、危ない!」
啓一が画面上で見ると、もう一歩でサーバにたどり着くところである。
じりじりと時間が過ぎ、二人を示す点が両側からサーバに接触した。
「入口のセキュリティが存外固いですね……!足場がもっと安定してれば!」
『迂回路の構築完了!エリナ、一瞬しか開かないから注意して飛び込め!』
「よし、こっちはどうなってますか!?」
『同じく構築完了しました!部長、こっちも一瞬ですので逃さないでください!』
ジェイと捜査員が一緒に言い、ぐるりと大回りしてサーバの制禦を行う回線にたどり着く。
これを操作してサーバを一瞬停止させるという荒技で罠を外し、二人を吶喊させた。
「よし、確保です!」
「確保!……あー、これは気づかれてますね、さっさと占拠しちゃいましょう」
そう言いつつ、直後には占拠してしまう辺りが実にこの二人らしい。
この後、龍骨出入口周辺のネットワークとサーバは国盗り合戦の様相を呈し始めた。
二人が言っていた通り敵は既に気づいており、あわてて対策を取り始めたのである。
だが、次第にジェイたちとこの二人組の方が有利になって来た。
「やりますね……だが、遅い!」
「全くもって、速さが足りませんね!」
先にも述べた通り、アンドロイドはハッキングをする際に事実上の分身を飛ばして行うため、注意して動けばいろいろと有利なことが多い。
やがて敵方が二人にいいようにかき回されて大混乱を起こし始め、あたかも巨人が小人に翻弄されて苦しんでいるような様相を呈して来た。
そして、ついに気が急いた相手が決定的なミスを犯す。
何とネットワークの切り替えを誤り、自分たちのコンピュータを丸見えにしてしまったのだ。
「さて、競走と行きましょうか!!」
「そうですね!!」
言うや、一気にアクセスを集中させる。
さらにジェイたち警察の手、宮子のアクセスまでもが追い駆けて来た。
「そのままゴールよ!」
「それ行け、行っちまえ!」
「やっちまえ!!」
「それ行けー!」
後ろの四人が声援を送った瞬間である。
「侵入……完了ッ!」
「同じく!占拠にかかります!」
『権限掌握!!』
『同じく権限掌握!!誰かに渡した方がいい!?』
『私がやります!!勝山さんは後ろに控えてください!』
またたく間に敵のコンピュータが掌握され、ささっと役割分担が決められた。
これにより、龍骨出入口を結んでいたネットワークは警察によって奪還されたのである。
しかも相手のコンピュータを直撃したため、このままでは済まなかった。
『藤塚五から本部、藤塚七番附近で敵のアジトとおぼしき建物を発見しました。突入許可願います』
中で騒ぎになっているところが見つかったらしく、あっさり潰されてしまい、外側からも占拠されてしまったのである。
それを尻目にジェイたちはさっそく、龍骨出入口を操作し始めた。
龍骨出入口は外側だけでなく内側にも光線欺瞞がかかっており、出る際にも所定の操作で解く必要がある。龍骨内の敵は、この内部の欺瞞が解かれたのを合図に出るつもりでいるようだ。
既に敵の計画は知れている。これに従い、まずは一発と一ヶ所内部の欺瞞を停止した。
何も知らない敵がどっとあふれ、そのまま藤塚地区にいた部隊と戦闘になり、鎮圧される。
次は予定がない場所で外部の欺瞞だけ停止した。特殊部隊が突入口として使い入って行く。
そのうちに、いぶり出されたように敵が飛び出して来た。
「山野三番、外部再開!次、赤駒八番、内部停止!」
空中ディスプレイを見ながら、後ろから清香が次々と指示を出す。
警察署にうまく届いているようで、敵が遠くで翻弄されているのが見えた。
それでも腐っても武装組織というところか、出た連中は烈しい抵抗を見せる。
火焔瓶が舞い、手榴弾が飛ぶ。拳銃も撃たれれば、小銃も火を吹く。
しまいには、ロケット・ランチャー、飛翔弾と呼ばれるミサイルの一種まで持ち出す。
さらにはこれらの武器を、建物や土地にまで容赦なく無差別に向け始める始末だ。
暴動そのものが鎮圧されたのは、二時間ほど後のことである。
「ぜえ、ぜえ……もぐらたたきじゃないんだから!」
ずっと入口名と再開停止を喚呼していた清香は、鎮圧を聞いて肩で息をしながら言った。
「うわ、これはすごい数ですね……。これで地上に出て来た敵の数は千五百人余り。この他に戦わずして投降したのが五百人ほど。藤塚で暴れたのが五百人、こちらで暴れたのが三百人ほど。計二千八百人というところですか……正確な数はまあすぐには出ないでしょう」
通常ではそうそう耳にしない人数に、一同の顔が凍る。
だが、別の意味でもっと驚くべき情報が待っていた。
「……は?龍骨内で千人弱、ほとんどが内ゲバを起こして戦闘不能?」
これである。
軽く話を聞くに、特殊部隊が龍骨内に入ってみたところ、敵がありったけの銃器を持ち出して血みどろの殺し合いをしていたというのだ。
中には隊員が近くまで来ても気づかず戦っていた者もいたというから、実にあきれた話である。
「……馬鹿ですか?」
「馬鹿ですね……」
普段このような時には突っ込まないシェリルがぽそりとつぶやき、エリナが応じた。
「馬鹿すぎるわ、よりによって内ゲバで自滅かよ!藤塚で鎮圧されたやつもそうだけど、そんなことしてる場合じゃないの分からないやつ多すぎだろうが!」
啓一が眼をむき出して叫ぶ。
もっとも彼でなくとも、こんな話を聞いたらあきれてものが言えなくなろう。
「どれだけ内部に無理かかってたのよ。仲の悪い連中を無理矢理かき集めて、無理矢理言うこときかせて、無理矢理攻めさせようとしたのがそもそも無理だったのね。無様……」
清香が、憐愍に満ちた声で言った。
「結局、いろいろ関わりになっちゃいけない危ない連中だったんだな。お前よかったよ、あんな連中から離れられてさ……」
「そうですね……怖いです」
百枝がどん引いたと言わんばかりに顔を歪めて言うのに、シャロンが小さくなる。
『藤塚地区、残存部制圧完了!』
『赤駒地区、残存部制圧完了!』
『山野地区、龍骨出入口周辺五キロほど制圧完了!』
ほぼ同時に、無線が飛んで来た。
これで警察側は、この地域の半分近くを制圧したことになる。
「ともあれ龍骨出入口周辺を失陥させ、敵の勢力を三割以下まで減らしたことは大きいでしょう。これより山野地区に突入し、一気に駆け抜けましょう!」
「
シェリルの声に応じ、全員から雄叫びが上がった。
サツキがその声を聞いたのは、まさに時計が正午を指さんとした時だった。
「痛てて……あの野郎、思いっきりはたきやがって」
見張りの一人が、何やら愚痴りながら外の廊下を歩いて来る。
「どうした。……おい、唇軽く切れてんぞ?」
「どうもこうもねえや。警察にしてやられたってんで、専務に当たられた」
警察と聞いて、サツキが鋭く耳を立てた。
ついに、シェリルたちが松村逮捕に向けて動き出したようである。
「何だ、もしかして押されてんのか?何人やられたんだよ」
「……三千八百人だってよ」
「は?」
「だから、三千八百人だ。うち千五百人は内ゲバで自滅しやがった」
「お前、そんな馬鹿な話が……」
「あるんだよ。俺も何かの間違いだと思いたいぜ」
「……それってやばくないか?押されてるどころの騒ぎじゃないぞ」
「そうだよ、精鋭部隊が残ってるとはいえ分が悪すぎる。それで怒り狂ってこの始末だ」
「ひでえな。当たるならせめて戦況報告のやつに当たれっての」
「ほんとだよ、管轄外だっての。畜生、ただの定時報告で何でこんな目に……」
今聞こえた有り得ない数字に、サツキは思わず耳を前後左右に動かした。
(え!?ちょっと待って、さすがにないでしょそれ!?)
このことである。
現地で見ていたシェリルたちが信じられないと言っていたのだから、いわんやこの状態のサツキが信じられようもなかった。
しかも千数百人が自滅とは、いくら何でもおとぎ話にすぎよう。
(でも、派閥同士で殺し合いするって言ってたもんね、啓一さんが)
啓一の説明を思い返しつつ、サツキは一度は納得しかけたが、警察と戦おうという時にそんなことをするというのは、やはり信じられぬ。
政治思想団体を標榜している以上、それなりのインテリの集まりかと思っていただけに、
(もし本当ならこの人たち、存外に馬鹿なのかしら……?)
この言葉しか出て来ない。
「全くよ、いい加減終わらせたいぜ。女が待ってるんだ」
「待て、今帰っても抱けないとか言ってたろ」
「うっ……そうだった。多分あれの時なんだよな、いつもからすると」
さっきまであわてていたのなぞどこへやら、緊張感なくそこらの破落戸かと思うような下卑た口調で話し始める姿には、少なくとも政治思想のせの字も見出せなかった。
サツキはこの会話を不快そうな顔で聞いていたが、ややあってあることをひらめく。
(よし……一か八か、やってみようかしら。ものすごく嫌だけど)
一瞬ぞっとしないという表情をしながらも、すぐに決心したような顔になった。
「……あ、あの、すみません」
サツキは、なるたけ恥ずかしそうな口調と表情で見張りに言い出す。
「どうした、便所か?」
「え、ええ……そうなんですけど。困ったことがありまして」
「何だ、腹痛か何かか」
「違うんです……その、ここが」
下腹部を
とにかく何とかしようと思ったのか、大あわてで縄を解く。
「は、早く行くぞ!ものは持ってんのか!?」
「それが……こうなると予想していなかったので」
「くっ、しょうがねえ!調達するから待ってろ!」
そして、廊下にいた男に上ずった声で叫んだ。
「お、おい、この女……どうやらあれらしい。持ってないって言うんだが、こっちで用意してないのか!?確か専務からいろいろ渡されてたはずだろ!」
「え、待ってくださいよ、そんなのありませんでしたよ!?」
「さては忘れたな!……くそッ、じゃあ誰か女に連絡しろ!確かここにいるはずだ!」
「ちょ、ちょっと待ってください!連絡先分かりませんよ!?」
「全体に向けて通信すりゃいいだろが!それくらい分かれ!」
「いやその、連絡ついてもこの状況で持ってるとは限らないですよ!?」
「ああもう……!もう分かった、ごたごた言ってないで全員で何とかしろ!最悪探せ!」
見張りは大パニックのまま、他の者を全員追い立ててしまった。
(自分で言っておいて最低だわこれ……でもこうでもしないと、あの人たち混乱しないでしょうに)
毎月のように痛みをはじめとする体調不良に苦しんでいる同性のことを思い、申しわけない気分となりながら目隠しをされて便所へ入る。
事前に用意されるか松村に催促の連絡を入れられるかされてしまえばそれでおしまいだったため、極めて運がよかったのだが、狂言に使ったものがものだけに手放しで喜べなかった。
ただ、これでサツキの狙い通りとなったのも事実である。見張りは大混乱に陥ってあちらから一人になってくれたし、こちらは躰の自由がいくらでもきく状態になったのだ。
「何?連絡もつかないし見つかりもしないって?……一階の売店から盗むって、そんな馬鹿なこと出来るわけねえだろ!大体立場を考えろよ、会社のもん傷つけるわけに行かねえだろが!そもそも下に下りてる時点で命令違反なんだぞ!三階まで下りてると知れたらえらいことになる!」
無線で泣きつかれたのか、見張りが怒鳴る。
(ここ、地上だったの!?しかもこの分だと、それなりに上の階……!)
地上か地下かまるで分からない状態だっただけに、これは思わぬ収穫だ。
「お前な、専務にぶっ殺されたいのか!あのサイコ、容赦なく
そうしているうちに、無線越しの口論が烈しくなって来る。完全に気を取られていた。
サツキは思い切って、そばにあった短いデッキブラシを手に取る。
そして扉に体当りしてどんと開き、見張りを突き倒すや、
「
そのまましたたかに
「むうん……」
うまい具合に倒れたようで、見張りはその場にのびる。
「はあ、はあ……短いのがあってよかった」
ブラシを投げ捨てるや長居は無用と走り出し、構成員との遭遇を警戒して一度物陰に隠れた。
「誰もいないみたいね……この周辺、普段使ってないのかしら?」
そうつぶやいてふと腕時計を見ると、今日は日曜日である。
休日ということで、一般社員が誰もいないだけのようだ。
あるいは足手まといになるのでいらぬと、数日前から無理矢理休業にしてあるのかも知れない。
「休日にご苦労さんね、こいつら……ん?」
その時、見張りが急ぐ余り開け放って行ったのか、控室に使っているらしき部屋の中が見えた。
「私のかばんと……あれは!」
さっと入り、かばんとごみ箱の中に捨てられた簡易反重力発生装置十本余りを回収する。
これは、念のためにとあちこちのポケットに入れて持ち歩いていたものだった。
「恐らくわけの分からない棒だと思って捨てたのね。学者が持ってるんだから、もっと意味のあるものだと思いなさいよ……」
政治や思想にはやたら興味はあっても、科学にはまるで興味がないというところか。
試しに動作させてみると、きちんと動いた。
「よし、これでやれるところまで……!」
部屋を出たところで、耳を左右に動かして周囲の音を聞きながら進む。
かなり耳をすませたが、人の気配は一切しなかった。これならばある程度逃げおおせよう。
途中エレベーターホールを通ったが、少しためらった後通り過ぎた。
エレベーターを使いたいのはやまやまだが、待たされる可能性がある上、せっかく来ても鉢合わせなぞということになったら目も当てられない。
「奥にもう一棟あるの?やたらでかい建物ね」
「二号館」と書かれた棟に入り、一回避難階段に身を隠す。
向こう見ずに動いても意味がないので、空中ディスプレイを出して自分の位置を確認した。
「ああ、本社内ね……!それなら納得だわ」
だが数えると全部で五棟、うちつながっているのが三棟ある。
計画的に建てられてはいるようだが、初見では恐らく迷ってしまうはずだ。
「とにかく、一旦出ましょ。ここはまずいだろうし」
そのまま階段を下りず、あえて再び廊下に出る。
本来は下りながら外部に連絡したかったのだが、この階段が通常の階段を兼ねているように見えるのが引っかかった。
常用である以上は下手に使えば構成員と鉢合わせしかねないし、仮に運よく一階まで下れたとしても、眼につく場所に出てしまって結局見つかる可能性が高い。
一方純粋な避難階段に入れば、目立たない場所を通って目立たない場所に確実に降りられるのだ。こうなればこっちのもの、逃げながら連絡を取ることもある程度まで可能になる。
これだけ大きな建物なので、避難階段は二本以上あるはずだ。どこかで別の方向へ向かう避難口の標識を捕まえ、それに沿って進んで行けばたどり着くはずである。
だが、そうは問屋が卸してくれなかった。
「あッ……お前、どうして!?」
無線が急に途切れたのをいぶかしんで飛んで来たのか、見張りの一人と思い切り鉢合わせしてしまったのである。
「まあいい、取っ捕まえりゃいいことだ!」
そう言って、飛びかかって来た時だ。
サツキがぱっと
「
その横腹を簡易反重力発生装置で薙ぎ払ったものである。
その瞬間、男が空中で一回転してその場に倒れ込み、あっさり気絶した。
「うわ、えげつない……力場歪曲回路、理論的にはこうなると思ったけど」
先にも述べた通り、この装置には反重力場をねじ曲げる機能がある。
これで反重力場を螺旋状に発生させたがゆえに、こんなことが起きてしまったのだ。
「どんな形でも作れるとはいえ、注意しないとこれは……」
言いつつ、選択的重力調整装置をあちこちにつける。
つけ終わった途端、向こうからさらに男の声がした。
「何だ!?誰かぶっ倒れたぞ!?」
サツキは舌打ちをする。どうやら右奥の方に敵がたむろしているようだ。
やむを得ず逆方向へ身を翻したところで、どやどやと構成員たちがやって来る。
「このあま!ぶちのめしてやる!!」
すぐに追いすがって来るが、そこで反転して空中をさっと発生装置で横に切った。
「何を……って、ぐはッ!!」
反重力場が真横に発生した結果、男は壁に落下するように烈しく衝突してのびる。
サツキ自身も引かれそうになりよろけるが、すぐに立ち直った。
まるで魔法のようだが、「充分に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない」というもの言いもあることだ、驚くには値するまい。
これだけ派手にやって、次が来ないわけがなかった。
しかし、女と馬鹿にしてただ徒手空拳で突進して来るだけなので、左右上下に装置を振ってあちこちにぶつけてやる。
計六人の
前に男が次々現れるが、もはや迷いはない。
「『囚われの姫君』になんか、なってやるもんですか……!!」
サツキは、松村が自分を監禁していた意図を既にうすうす感じ取っていた。
異常者の自慰行為につき合うくらいなら、むしろこうして敵を伐って伐って伐ち続ける方がいい。
「我は官軍我が敵は、天地容れざる朝敵ぞ……」
いつしかサツキは、昔聞いたことのある軍歌『抜刀隊』を口ずさんでいた。
手にした装置が、古に
八人目の男が硝子窓にぶつかって血を流した時、山野地区では警察部隊が戦闘に入っていた。
こちらでは、何と啓一がシェリルとともに戦っている。
敵が車の横に回り込んで来たため、思い切り扉を開いて突き飛ばしたのがきっかけだった。
ここで引っ込むことをせず、思い切って飛び出したのである。
警察官でない上非戦闘要員であるため、シェリルに止められたが、
「いつまでも甘えてられるか!こんなへぼでも男の沽券ちゅうもんがあるんだ!」
啖呵を切って、さっきの男が落としたゲバ棒を持ち出して来た。
そして『抜刀隊』を必死の形相で歌い出すや、銃器などを持たぬ者をぶちのめし始めた。
やがてこの歌を知る者たちの間に歌声が広がり、敵がたじろぐ。
エリナも飛び出し、二人とともに次々と敵を狩って行った。
次の瞬間、遠く双方の声が合致する。
「敵の
啓一が敵の額をたたき割って倒し、サツキが袈裟懸けに男を装置で斬って斜めに吹き飛ばした。
「玉散る剣抜きつれて、死ぬる覚悟で進むべし!」
そう歌い切った彼らの前から、既に敵は姿を消している。
「さあ、次は何が来る!」
「さあ、次は何が来るの!」
息を上げながら、二人はほぼ同時に敵を迎え撃つべく体勢を整えた。
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