十四 跫音
その日の植月町は、十月末にしてはいやに寒かった。
空はどんよりとくもり、少々冷たい風も吹いている。
「うわっ、寒っ……!勘弁してくれよ……」
外に出た啓一は、余りの冷気に思わず躰をすくませた。
「全く……自然再現の趣旨は分かるが、少し手加減というもんをだな」
先述した通り、この世界の宇宙コロニーは極力気象を地球と同等にすることになっているため、このように急に冷え込むということも普通にある。
「大丈夫?」
「いや、君の方が大丈夫か?耳畳むなり何なりしなよ、何だか寒そうだぞ」
「大丈夫よ、耳はこんなのでも毛皮あるし」
「小刻みに震えてる状態で言われても、説得力ないんだが」
見ている分にはかわいらしい獣耳であるが、人間よりどうしても頭の表面積が増えてしまうため、寒さに弱くなりがちになるといううらみがあった。
ようやくのことで現場に入ると、
「おおい、どっか冷気入ってないか調べろ!反重力場が不安定で仕方ない!!」
反重力発生装置を扱っている業者が怒鳴っていた。
「……あんなやわだったっけ、反重力発生装置って?」
「あー……詳しく見ないと分からないけど、相当古いの使ってるわね。十五年くらい昔のやつじゃないかしら。一応新星でもあのレヴェルのは現役っちゃ現役だけど、四年前に出来たばかりの新参コロニーで使ってるのがあれってのは、ちょっと悪いけどひどいわ」
「しかも市所有ってのがなあ」
眼の前の装置は、どれだけ酷使されたものかあちこち傷がついている。
その中に「緑ヶ丘市建設部」の白文字が薄汚れて張りついているのが、何ともわびしかった。
「貧しいんだよ、ここの市はさ」
横合いから久しぶりに聞く声が響いたのに、二人は振り向く。
「ああ、ごめんね、突然声かけちゃって。どうも僕も見てられなくてさ」
宮子であった。ハッキングで人体改造実験の事実が判明して以降、一緒に行動していなかったため、こうして会うのは恐らく二週間ぶりくらいではないか。
「お久しぶりです。『貧しい』って、そんなに緑ヶ丘市って財政逼迫してるんですか」
「逼迫してるよ。確か全国の市の中で、ぶっちぎりに最悪だったと思う」
その理由は、反社会的勢力への莫大な対策費だと語った。
行政側が手を出せないようにされてしまっているとはいえ、何もしないわけには行かない。
しかしそのため補助金までも吸われてしまって、かつかつの状態なのだとか……。
「多分反社が根絶されない限り、そのうち財政再建団体にでもなりかねないよ。でもそれやる市警自体も予算がなくて、車両の一部とか連邦警察と共用だっていうからなあ」
反社会的勢力との戦いの最前線に立つ警察も、金が乏しければ満足に動けない。
国家予算を使える連邦警察が、本部の力も使って直接援護しているからもっているような部分も否めず、まこと隔靴掻痒の感があった。
「あと民間もひどいよ。桜通があんな状態だから金が変な連中のところにばっか吸い上げられちゃって、まともな業者や商店が商売にならないんだ。一番収入安定してるのが郊外の農家って、別に悪かないけどどうなのさ」
宮子は、心底まいったと言わんばかりに深々とため息をついた。
「それで……あんまり表じゃ言えないけど、あれでしょ?たまったもんじゃないって」
二人は唇を噛んでうなずく。
実は宮子も例の一件については、捜査協力者ということでシェリル経由で知らされていた。
さすがに話だけでは信じてもらうのは無理だということで、実際にヤシロ家へ連れて行かれ本人たちと現物を前に説明を受けたのだとか……。
「実にとんでもないことになったもんですよ。ですがまだはっきりしない、分からないことだらけなのも事実なんですよね。その辺どうなってるのか、ちょっと俺たちも情報が得られてなくて」
「そうなんですよ、私たちは現場から遠ざけられた状態が続いてますからね」
「……てか、こんな話し込んでて大丈夫?僕はいいけど君たちが怒られない?」
「今ならごまかせそうですがね。まあこんなでも仕事中ですから、これくらいにしましょうか」
「じゃ、また会うことがあったら」
宮子はぺこりと頭を下げると、寒そうに耳を畳んでてくてくと出て行った。
「元気にやっててよかった。……しかし何やってんだろう、俺たちさ。まるで出番なしじゃないか」
「気にすることないわよ。あれで出番があったらおかしいわ」
現場の方へ眼を向けると、プールの中にはパネルをはがすために業者が束になって入っており、ごく普通の建設現場と何ら変わりがなくなっている。
確かにこんな状態では、出番があるわけがなかった。
「そんなに立ち会いって大切なのかしらね……」
「もう業者の人たちだけでいいんじゃないかな」
そうひそひそと愚痴り合っていた時だった。
「……は?」
後ろでいきなり素っ頓狂な声が上がる。
「部長、ちょっと待ってくださいよ。こっちはどうするんですか?……え、その辺は取り急ぎあちらと協議で?あ、すみません、失礼」
責任者は受話器から口を離して一つくしゃみをし、
「……ったく、振り回しやがって」
明らかに不満そうにひとりごちた。
「失礼しました。それで出るのは……もう急ぎも急ぎだから部内で決めると。……はい、はい、分かりました、お二人には伝えておきますので……」
後ろで聞こえる電話の声に、二人はもはや黙っていた。
ここで仮にすぐに帰ってくれと言われても、前のことがあるだけに何も驚かない。
「すみません、少々難しい話となりました。連邦警察が、お二人に捜査に協力していただきたいと建設部に要請して来たそうでして……」
とんでもない発言に、二人は椅子からずり落ちそうになった。
「ちょ、ちょっと待ってください!?何で連邦警察からそんな!?」
「それがですね……何でも捜査本部で科学者や技術者のチームを組む予定だそうで、その中に参加してほしいとのことです」
「……え?あそこには普通にお抱えの人がいるはずですよ、わざわざ外部の私たちを招くなんて……そんな話、研究員やっていてこの方初めて聞きました」
「そう言われましても、当方は言われたままを伝えるしかないので……」
サツキがぽかんとして訊くのに、責任者はすっかり弱りきった顔で言う。
「分かりました。とりあえず、今日はこのまま通常通りですか?」
「そうです。帰りまでには結論が出ていると思いますので、またその時に」
そう言って責任者は去って行った。
「……一体どういうこと?何でまた私たちなのかしら?」
「何か、あいつの顔がちらりと浮かぶのは俺だけかね。赤紫髪のちびっ子アンドロイドが」
「奇遇ね、私もよ。ついでにロリ声の幻聴まで聞こえたわ」
二人の人脈から考えると、どう考えてもそっちへ想像が行くのは必然であろう。
ようやく陽が出たのか、少しずつ暖かい空気が体育館へ入り始めていた。
仕事がはねると、そこではシェリルが待っていた。
ついでに、連邦警察のものとおぼしき車も一緒である。
結局あれからとりあえず連邦警察支部に来てくれとの話になったのだが、まさか出待ちをされているとは思わなかった。
「久しぶり、やっぱりあなただったのね。一体何がどうなってるの?」
「久しぶりだな。さっぱり話が見えないんだが……」
「まあ、ついて来てもらえば分かりますよ」
のらりくらりと質問を
「そういや、連邦警察の支部ってどこだよ?」
目抜き通りを走り出した車の中で、啓一が後ろから顔を出して訊く。
「市警本部と同じ庁舎に同居してます。あそこなら、反社に睨みをきかせられますからね」
確かに反社会的勢力にとっては、市警と連邦警察がすぐ連携出来る場所にいるというのは余りぞっとしないはずだ。
「今回は、支部だけでは済まなそうでしたし……何より本部がかなり重要視したので、私たちが出ることになったんですよ。まさか、ここまで大きな事件になるとは思いませんでしたが」
そんなことを言っているうちに、車は本通を走り抜けて一棟のビルの前で止まる。
「じゃ、あとは私が案内しますので、車はお願いします」
「しっかしすげえな、高い塀で囲って鉄条網を渦巻に巻いてあるとか……」
「そうしないと危険ですので」
さらりと言うが、我々の世界で警察署がこんなことをしているのはよほどだ。
ここに反社会的勢力の構成員が近づくとは思えないので、あくまで念のためなのだろうが、改めてこの地区の危険性を感じさせるものだ。
上に上がると、「緑ヶ丘女性連続拉致事件合同特別捜査本部」と大書された看板のかかった部屋が眼の前に現れる。
「捜査本部の方には顔を出さないで大丈夫ですよ。みなさんに顔を覚えてもらう必要がありますが、それはまた追い追いでいいでしょう」
「あ、部長!そのお二人の案内ならこちらで……」
通りがかった刑事がそう申し出るが、シェリルは、
「気にしないでください、連れて来たのは私ですから」
ひらひらと手を振った。
「『部長』って、予想はしてたがお前さんが捜査本部長なのか……」
「ええ、そうです」
思わず頭からつま先まで見る。
この完全なまでに中学生としか思えない姿と周囲の扱いの差が、会ってからかなり経っても慣れなくて困るのが正直なところだ。
「じゃ、こっちへ。会議室でお願いします」
そんなことを言われながら奥の部屋に通された二人は、入った途端予想外の光景を目にする。
「え!?ヤシロさんにエリナさん!?」
「何で二人がここにいるんだ!?」
これであった。さすがに想定外としか言えない。
それにも構わず、シェリルはゆっくりとテーブルの突端に座る。
「……さて、そろったところで。このたびはみなさん、呼び出してすみませんでした」
「あ、いや……」
厳かに言われるが、驚きすぎて二人とも何も言えなかった。
「さて、来ていただいたのは他でもありません。今回の事件では、捜査対象の技術力が未知数です。そのことは、
「それは聞いたわ。あの、理屈は分かるんだけど……何で外から呼ぶ必要あるの?まあヤシロさんたちは実際に被害者を検査してるし、持ってる技術もこの世界よりはるかに高いから百歩譲っていいとしても、私たちはそっちに所属してる人たちでも間に合うんじゃないの?」
シェリルの言葉に、率直にサツキが疑問をぶつける。
「いやあ、それはどうか分かりませんよ」
「重力学の悪用に関してはうちでも研究してたりするけど、私の専門とは別のとこだし。やっぱりここは、実際に本物の犯罪に接してるお抱えの人の方が……」
サツキが納得が行かないという顔で首をひねった。
その姿をちらりと一瞥すると、シェリルは、
「それはそうかも知れないですねー。でも、何か出た時に対応しきれないって怖いですよねー、ここはレヴェルの高い人をたくさん集めておかないといけませんからねー。当方ではまかなえないんですよこれがー、いやあ困った困ったー」
わざとらしく語尾を伸ばし、ほぼ棒読みに近い言い方で答える。
「……おい、シェリル。お前さん、さっきの思いっきり建前だろ。それも嘘に近いレヴェルの」
啓一が思わずじとりとした眼となって見て来るのに、シェリルは、
「あ、ばれましたか」
悪びれもせずに言った。
「そんだけわざとらしく言えばばれるわな。……で、本当のところはどうなんだ?」
「まあ簡単に言えば、公式に今回の件の捜査へお招きしようかと」
「捜査へお招きって、お前なあ……それいいのかよ」
今まで聞いたことのない日本語に啓一がこめかみをもむのをよそにして、シェリルは続ける。
「じゃあお訊ねしますけど、みなさん捜査情報、正直なとこほしくありませんか?」
この質問に、全員の眼が一瞬泳いだ。
「多分ほしいと思うんですよね。それでなくとも被害者の関係者だったりしますし、あれだけぐぐっと奥まで事件に入り込んでますし。気になりますでしょ?」
「ま、まあそうだな……」
「気にならないと言ったら、嘘にはなりますね」
啓一とジェイが固い笑顔で言うのに、シェリルは待っていたとばかりの顔になる。
「今までは外で普通に出してましたけど、現在の状態では下手に口外出来ないんですよ。その点、中に入れてしまえば公然と話が出来ると……まあそういうわけでして」
どうやらこの警視殿、口外しないという選択肢は一切ないようだ。
「というより、本当にいいのか?職権濫用にならないか?」
「まあまあ、そこは言わないでください。もっとも、連邦警察……というより特殊捜査課としては、最終的に犯人が捕まって処せられればそれでいいので。途中はあんまりこだわりません」
ぶっ飛んだことを言うシェリルに、一同の眼が点になる。
「全く、悪党なら悪党で互いに殺し合ってくれれば始末も簡単につくんですがね。何もせず掃除が出来るってもんです。あとはちゃちゃっと屍骸を拾えばいいだけですし」
「お、おう……」
「ですが、今回はかたぎの者に手を出しちゃってますからね。この時点で悪党としては掟破りの外道、そんなのは手ずから『分からせてやる』必要があります。まあ……少なくとも、生まれて来たことを後悔させるくらいはしませんとね」
「………」
あくまでにこやかな笑顔で言うシェリルに、一同は完全に飲まれてしまっている。
とりあえずその場で全員が満場一致で思ったのは、
(特殊捜査課だけは何があっても敵に回すまい)
このことであった。
それを平然とした顔で見つつ、シェリルは、
「では、正式にお仲間になったということで……まずは今どこまで何が分かってるかの話です。一部は既にヤシロさんはご存知なんですが……」
前回会った時から伏せていた情報を語り始める。
もっとも前半は、先日啓一がジェイから聞いた話の繰り返しだ。
この辺はジェイと啓一が話しているのをエリナも聞いていた上、さらに啓一がサツキに話してしまっていたので途中でやめとなった。
「ヤシロさん……最初の方、全部話しちゃったんですか。既に広まってるじゃないですか」
「いや、大庭さんにはあれこれ言われたくありませんよ、失礼ですけど」
「まあ、常識的な範囲内で扱ってくれる分にはいいんですが」
啓一は「常識的」とは何ぞやと問いかけたくなったが、自分も片棒をかついだだけに何も言えぬ。
「じゃあまあ、話を先に進めることにして……。一番気になることとして、英田さんと奈義さんの件と一新興国産業やそれに与する反社のつながりについて、いつになったらはっきりするのかということがあるんじゃありませんか?」
「それだ。随分長くかかってるみたいだが、一体どうなってんだ。ことがかなり入り組んでるのは分かるんだがな、そろそろ何かあってもいい頃合じゃないのか」
啓一がそう言ったところで、エリナが、
「あの、思ったんですが……連邦警察としては、一新興国産業の本社工場を疑ってるんですよね?マスターによるとマネキンの製造ラインが疑わしいという話になっているようですが、単に『人形』つながりからの推測という域を出ない気がします。もっと違う可能性もあるんじゃないでしょうか」
小さく手を上げつつそう訊ねた。確かにこのままでは短絡的とのそしりはまぬかれまい。
「そもそも規模の大きい工場ですから、いくらでも隠せるのでは?」
「我々も疑っているのですが、そうはなかなか問屋が何とやらでして。……今から画像で説明しますので、空中ディスプレイをお願いします」
ディスプレイを出すと、そこに一新興国産業本社と工場のある南原地区の拡大図が現れた。
「地区」とはいってもあるのは林ばかりで、実質的に全域が同社の敷地のようなものである。
敷地内には北にある正門から見て左側、つまり東側から本社、第一工場、第二工場、第三工場の順番で建物が並んでいた。
市への届出によると、製造されているのは第一ではアンドロイド本体とマネキン、第二ではオプションパーツ類、第三では部品類となっているという。
「まあ、ありがちですね。副業のラインを本業のラインと一緒に置いているのは珍しいですが」
「でも、それって自己申告でしょ。エリナさんの言う通り裏に隠してるんじゃないの?」
サツキが露骨に不信感をこめた声で問う。
「と思いますよね……ところが視察を行った際、特に何もないどころか、あっちから秘密がありそうな場所までご開帳してくれたそうです」
「ええ……自分から丸出しに……」
この答えに一同が困惑した。
視察とはいえさすがに市も全部見せろとは言わないだろうし、会社側もその方が楽だろう。
それを自分からさらけ出したのだから、市側としては相当に驚いたはずだ。
その結果、証拠として提出を受けた視察報告書では、
「地下工場など非合法の製造ラインのある気配は一切なく、通常の工場と認められる」
とされ、三つの工場は白と判定されていた。
「ほんとね……ここまで徹底的に写真撮らせたの。これじゃそうなるわ」
「ああ……これでは隠しラインを疑おうとしても無理ですね……」
報告書に添附されたすさまじい量の写真を見ながら、サツキとエリナが露骨にしょげた顔をする。
だが、エリナも言い出した以上簡単には引っ込まなかった。
「で、ですが!この後ろの建物が怪しくないですか?」
エリナが指差した場所は、第一工場と第二工場の間の裏にある建物である。
「何だ?んん……『製造機器検修場』だって?」
地図を拡大してみた啓一は、そこで首をひねった。
文字通りに解釈すれば、製造用の機械を検査および維持管理するための建物なのだろうが、
「この手の工場で使う機械って、外に持ち出して検修出来るようなもんじゃ……」
この疑問が起こらざるを得ない。
アンドロイドは人権こそあるが、一方で工業製品であるのも間違いない話だ。どう考えても製造機器も大規模にならざるを得ないだろう。
「マスターならご存知ですよね?」
「……と言われても、私は前の世界のことしか知らないからな。まあその知識で言うとだが……ここは委託製造会社だ。となると多分一人一人の製造になるから、第一工場のそういう機械くらいは持ち出せるんじゃないか?……写真出せます?」
「うっ……これは確かに」
出て来た写真には確かに「第一工場アンドロイド製造設備」として、手術台のような台と小型の工作機械を備えた装置が写っていた。
ごていねいに使用時のデモンストレーション写真まであるが、周囲に入れるのは四人程度が限界でその大きさがおおよそ知れる。
これを見て、エリナがしょげ返った。
これではどう考えても、ジェイの言う通りこの建物は第一工場で使うアンドロイド本体製造機器用の検修場としか考えられない。
「まあ結果的に、このような按配ですので工場に不審な点は一切ない……」
シェリルがそうまとめようとした。
しかしまとめようとして、そこでにやりと笑い、
「……と言うと思うでしょう?残念ながら嘘です。エリナさん、いいところに目を留めていますよ」
いきなり言を翻してみせる。
「確かにヤシロさんの言うことは理屈が通っています。しかし、内部を写した写真に妙なものが写っていましてね……まるまる残されたコンベヤです」
「あれ?でも報告書には『部品取り用』とあるけど」
「ああ。これ、別におかしくないと思うけどな。お払い箱になったのをこうやって使うのなんて、世間じゃよくあることだって」
実際、パソコンでそのような名目でジャンク品が販売されているというのはよくあるし、自動車や鉄道車輛でも部品が調達出来ない場合は廃車した同型から取ることがあるものだ。
「ですが、奇妙じゃないですか?あそこの業績は非常に良好で、毎年かなりの黒字なんです。コンベヤの一つや二つほいほいと買っても何するものぞ、というところでしょう。なのに、そんな部品取りが必要なほど古い機械を使い続けますかね?」
「理屈としちゃ分からんでもないが……そこは会社の勝手だし、不自然というには厳しくないか」
「では、これならどうでしょう」
そう言うと、シェリルはコンベヤの本体の一部を大きく拡大してみせる。
「ん?機種銘板か?」
「かなり解像度の高いカメラを使ったようですので、ここまで拡大しても読めます。じゃあこれに、先ほどの第二工場・第三工場のコンベヤの画像を同じく拡大して並べましょう」
「……えッ」
画像が並んだ瞬間、一同が一斉に声を上げた。
「型番、全然違うじゃないか!」
このことである。
そこに写っていた検修場のコンベヤの銘板は、第二工場・第三工場のそれと全く違っていたのだ。
しかもメーカーに照会をかけたところ、
「この両者には互換性がないため、部品取りには出来ない」
との回答が得られたという。
「つまり、このままならはっきり言って馬鹿でかい鉄くずってことですね」
「じゃあ何で後生大事に取っておいてるんだよ、こんなもん」
あきれたように言う啓一に、シェリルはぱっと人差し指を立てると、
「それです、こう考えられませんか。『取っておいてる』んじゃなくて『使ってる』と」
眼の前で揺らしながら言ってみせる。
「何?つまりそりゃ、こいつであのサイボーグ型等身大ドールを造ってるって言いたいのか?」
「そういうことです」
言われてみれば有り得る話だ。
工場内ならともかく修理の場なのだから、古コンベヤが放置されていても特に驚くに値しない。
見た側も、動いたところで使えないものだと思い込んでしまうはずだ。まして現役だなどとは、まず思わないことだろう。
「燈台下暗しを狙ったってわけか。肝の太いことしやがる」
「疑問に思われたとしても、適当に理由つけられそうよね。事実、こんな普通誰も見ない銘板なんか見て初めて何かおかしいと思えたわけだし……」
口々に啓一とサツキが言うのに、シェリルは深くうなずいた。
「このようなわけでして、私たちとしてはその切り口からあそこの工場を探っています。この時点で重大な犯罪ですしね。それにこれで経験を積んだ上で、英田さんの実験に手を着けた可能性も高いわけです。まあ確定でしょうが」
「間接的にでもつながる以上、探りを入れる必要は充分にあるわね」
「そうです。さらに、奈義さんがこの工場内の施設で改造された可能性もかなり高まりました」
「逃げ出した後、横山から乗合に乗ったんだもんな」
「眼と鼻の先ですから、最初から話には出ていましたが……これでほぼ確定でしょうね」
確かにここならば、脱出した際に周囲が林だったという証言と状況的に合致する。
「そういう意味でもこの工場は、事件を解決するための大きな鍵となるでしょう」
シェリルはそう言いながら、画面を地図に切り換えた。
「あとは、この大門町にある一新興国産業関係者の住宅もですね。英田さんの改造が行われたのがこの辺りの住宅に作られた隠し部屋か何かだと見ています。もっともそれ以前に、反社がらみで殺し合いまで起きてる場所という時点で探らないで何なんだという話ですが」
「それなんだけど、確かに道理じゃあるとは思うわ。でもそうやって真っ先に目をつけられてしまうようになった時点で、犯人にしてみれば危険極まりない場所じゃないの?とっとと証拠を消せるだけ消して、長居は無用ととんずらしそうな気がするけど」
「普通の場所なら可能でしょうが、あそこは警察が睨みをきかせにきかせてますからね。下手に動けば十割の確率でとっ捕まります。仮に目を盗んで逃げられたにしても、今度はもっと大変なことになりますよ」
サツキの疑問に、シェリルは肩をすくめて言う。
「何せ、逃げても逃げても怖ーい鬼が追って来ますから。具体的に言うと普通の人のふりして隠れてて、すき見て食らいついて人を闇に葬ることもある鬼が、ですね。いると知ったら、生半可な気持ちじゃ逃げようと思えるものじゃありません」
「………!?って、あなたそれ!!」
「なあ、もしかしてその鬼……いろんな団体監視してたりしてないか?」
「禁則事項です」
ふふん、とばかりにシェリルが口に指を当ててとぼけた。
「………」
完全に全員が黙りこくったのは言うまでもない。
(どう考えても公安警察だ)
このことであった。
我々の世界でもそうであるが、公安警察というのはその職務上かなり「危ない」組織である。少なくとも闇社会の連中にとっては、一番敵に回したくない相手のはずだ。
確かにこれではいつ狩られるか知れたものではないと、連中も下手に動けまい。
「と、ともかく!こいつらはうかつに逃げられないから、じっくり料理しても問題ない、そういう理解でいいのかしら?」
話が妙な方向に向かいつつあるのを察して、サツキが話を元に戻した。
「そういうことです。もっとも料理するにしても、変にあちらを刺戟するような行動は取らないようにしないといけませんけども。事件を公表しないのだって、それで捨て身になって逮捕上等だと意地で逃げられたら困るってのが理由なくらいですし」
「それって結構大変じゃない?あそこって常に睨み合いで緊張状態なんでしょ」
「そうなんですよね……だから少々厄介ではあります。それでなくとも今のところ不明点が多すぎますし、料理にかなり時間がかかるの見えてますしね。その最中に周辺で連中と縁のある反社や破落戸が暴れ出す可能性も否定出来ないので、さらに面倒なことになりそうです」
「そういや中心部北部も、昔は反社のたまり場だったんだよな。捜査攪乱の目的とかでわっと暴れに来る可能性もあるってわけだ……」
この地域で反社会的勢力を追い払っていた義士・高徳は現在「引退」し、代わりに連邦警察と市警が四六時中見回って治安を確保している。
「なに、暴れたら私たちと鬼のみなさんが総出で屠りますので」
爽やかな笑顔であるが、言っていることは余りに物騒だ。
「今のところ、こんなところですか……何かあと質問ありますか?」
締めに入るシェリルに、啓一は、
「今思い出したんだが、ぶっちゃけ私兵云々ってどうなってんだ?やっぱり蓄えてるのか?」
この件を訊いてみる。重大視されている割には、一度も話に出ていなかったからだ。
「そっちについてはまだお話出来るほどのことは。ただ、限りなく真っ黒だとだけ言っておきます」
返って来たのは、実にあいまいな答えである。
状況からしてそもそも隠す気はないはずなので、本当にまとまった話が出来るほどのことはつかんでいないのだろうが、それでもやはり気になって仕方がなかった。
「それでは、本日はお集まりいただきましてありがとうございました。報告の方は、私からしておきますので」
シェリルはそう言って、ぱちりと片眼を閉じてみせる。
恐らくはうまいこと会議内容をでっち上げて報告書にするか、報告書自体を「送った」ことにして済ませてしまうかのどちらかにするのではないか……。
つくづく、型破りにもほどがある部署である。
しかし一方でそういう部署でもなければ、こんな事件なぞ扱いきれないのも事実だ。型破りには型破りをぶつける、そういう理屈なのだろう。
本部に行くというシェリルに見送られ、エレベーターに乗った一同は、様々な意味で途方に暮れた顔でただただ天井を見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます