常識チェック

赤城ハル

第1話

 母が倒れて入院したという連絡を受け、急いで病院へ。大事には至らなかったので一安心。

「そうなの。ちょっとした過労だって。一応、入院。この後、実家に母の着替えを取りに戻るんだけど問題ない?」

『大丈夫』

「ごめんね。父だと頼りがいがないから。そうだ!? 掃除も途中だったんだけど」

 母が倒れたと父から連絡を受けた時、掃除機をかけていた。テンパってた私は掃除機を片付けずにそのままにして家を出たはず。

『大丈夫。俺が後でやっといたから。あと、食器も洗濯もしておいたよ』

「そう。ありがとう。晩御飯、どうする? 帰るの遅くなりそうだけど」

『こっちで何か作るよ。それと後の家事は任せて』

 その後、久々に実家に戻り、母の着替えやらをカバンに入れ、また病院へ戻った。

 病院からの帰りにスーパーに立ち寄り、レトルトカレーと惣菜コーナーで値引きされたコロッケと肉餃子を買った。

 そしてマンションに戻ったのは夜8時をまわっていた。

 家に帰ると焦げ臭いを玄関で嗅ぎ取り、急いでキッチンに。

 旦那がキッチンで何かを焼いていた。

「臭い!?」

 私は換気扇が回っていないことに気付き、すぐ換気扇を回す。

「何やってるの?」

「いや、少し小腹が空いたので焼きそばを……その、なんか、引っ付くんだよ」

 と旦那は菜箸でフライパンに引っ付いた具材や麺を剥がそうとする。

「このっ、このっ!」

 上手く剥がせず具材や麺はボロボロになる。

「……油引いた?」

「油?」

 まるで初めて知った単語のように聞く。

「炒める前に油引くでしょ?」

「へ?」

 私は火を止めて、別のフライパンを出し、隣のコンロの上に置く。

「そっちはもう駄目だから、こっちに油引いて、焼きそばを移しましょう」

「うん」

「それと換気扇を回すように!」

「換気扇? 火事なったら回すんだろ?」

「なんでやねん! 料理中は回す!」

 なんてことだ。換気扇をそんな風に思ってたとは。

「あっ、掃除しておいたぞ。それと皿も洗っておいたから」

「ああ、ありがと」

 そう言って、私はレジ袋をダイニングテーブルに置く。そして椅子に座り、両腕をテーブルに投げ出す。

「疲れたー」

「お疲れ様だね。で、それは?」

「ん? これはレトルトカレーとコロッケと肉餃子。貴方はその焼きそばでいい?」

「オッケーだよ。あっ、でも、ご飯炊いてないや」

「今から炊かないと」

 立ち上がろうとした私を旦那が止める。

「ご飯ぐらい俺が炊くよ」

「ありがとう」

 旦那は炊飯器から釜を外し、

「米は?」

「下の棚に米びつがあるでしょ?」

 私は棚を指差す。

「米びつ?」

まるいプラスチックの」

「これね」

 旦那は下の棚から米びつを取り出す。

「一合でいいよ」

「僕も食べるけど一合で大丈夫?」

「それなら二合かな」

 旦那は米びつから計量カップで米を掬い、釜に入れていく。

 ざっ! ざっ! ざっ! ざっ!

「……待って! 二合だよ。てか、何回入れてるの?」

 しかもその入れ方は適当に救い、釜に入れているだけにしか見えない。

「二合でしょ? だからこの二のところまで入れるんでしょ?」

 と旦那は釜の内にある数字を指す。

「それは水!? 計量カップで二杯よ!」

「そうなの?」

「なんでそんなこと知らないのよ」

「初めてだから」

 ありえねー。そう言えば一人暮らししたことないって言ってた。子供部屋出身だと。

 旦那は釜から米を戻して、今度はきちんと計量カップで測って米を入れる。

 そして台所に行き、水を釜に注ぐ。

「よし」

 と言い、戻ってきた。

 いやいやいやいや。何、戻ってきてるの?

「研いでよ!?」

「研ぐ?」

「米を研ぐの」

 私は指を曲げ、掻き混ぜるようにジェスチャーをする。

 それでも旦那は分からないらしく、私は立ち上がり、旦那と一緒に台所に向かう。

「米を指で掻き混ぜるように」

「こう?」

「そう。そして水を捨てるの……って待ったー!」

「な、何?」

「急に傾けようとしない! それだと中の米も飛び出しちゃうでしょ!」

「あ、うん」

「ゆっくり傾けむけて、水が出る方に手を添えて釜を支えるの」

「……これでいい?」

「うん。では、もう一回、米を研いで」

「一回じゃないの?」

「当たり前でしょ? 水を入れた時、ほんの少し濁ってる程度よ」

「そんなに?」

「あと常識だけど、洗剤を使わないようにね」

「え? 駄目なの? 楽そうなのに?」

「洗剤は食器を洗う時だけ! 食材を洗うな! 外国では農薬がついてるから専用の洗剤はあるけど、日本では食材は水! 洗剤を使うな!」

「なんか今日、怖いよ」

 私だって怒りたくないわよ。

「研ぎ終わったら炊飯器にセット。焼きそばがあるから早炊きにしておきましょ」

「どうするの?」

 そうだ。米を初めて炊くなら炊飯器の使い方も知らないということか。

 炊飯器の操作を教え、私はまた台所に向かう。

 旦那は炊飯器が初めてと言っていた。

「ねえ、食器は?」

「食器洗浄機使ったよ」

「……」

 私は食器洗浄機の中を確認する。

 まだ汚れが残っていた。

「あれ? ちゃんとやったのに? 本当だよ。ちゃんと聞いたよ。ジャーて音」

 私は息を吐く。

「あのね。食器洗浄機も万能じゃないの。カチカチにこびりついた汚れは取れないの」

「でも洗剤使えば。CMとかでよくフライパンの……」

 私は首を振る。

「水を張って洗剤を数滴、そして時間が経つと汚れがなるの」

「そうなんだ」

「これもう一回。食器洗浄機は使わないでスポンジで」

「僕が?」

 私は無言で頷く。

「でも、今すぐじゃないわ。まずは水に浸してから。それに食事の後にしましょ」

「食後にまたやると二度手間になるもんね」

 今がもう二度手間だよ。

「洗濯もしてくれたんだよね?」

「うん。洗ったよ」

「干してくれた」

「あっ!?」

 まじかよ。

 それじゃあ!?

 私は脱衣所へ向かう。そして洗濯機の蓋を開けると洗ってそのまんまの依頼が。

 あれ? ちょっと量が多いような?

 ……中にはジーパンやジッパー付きのトレーナーが見えるんだけど。

 ……下着も同じように?

「ねえ? 全部やった?」

「え? うん。そうだけど」

 私はジーパンの足を持ち、引っ張り上げようとする。絡まっているのかジーパンの片脚だけ持ち上がる。そこには小さい白いダマらしきものがこびり付いている。

「何これ?」

 旦那が不思議そうに聞く。

「ポケットの中、確認した? レシート入ってたんじゃない?」

「ああ、それか。そう言えば昔、トレカ入れたまま洗濯機に入れてさ。あれはショックだった。ママにも怒られたし」

 私は溜め息を吐き、匂いを嗅ぐ。

「……臭い」

「そんなことないよ。ちゃんと洗剤入れたんだし」

 旦那は鼻を近付ける。

「くっさ! 何このニオイ!?」

「生乾き臭だよ」

「生乾き?」

「洗濯して干さずにそのままにすると臭くなるんだよ」

「なんで? 洗剤入れたよ?」

「洗剤は汚れ取るのであって、菌とかは取れないよ。それで菌が繁殖して、菌の糞がこのニオイだよ」

「ええ!?」

 旦那はショックを受けているが、一番ショックと怒りを受けているのは私だよ。

「とりあへず干そうか」

「え? 臭いよ。もう一回洗おうよ」

「まず紙のダマを取りたいの。今から外に干さないから部屋干しね」

 そして私達は台所に戻る。料理途中の焼きそばを完成させるため。できた頃にはご飯も炊き上がっているはず。

 黒く焼き焦げた所を捨て、焼きそばを作り始める。

「それじゃあ、俺はレトルトカレーを温めるよ」

「よろしく」

 まあ、それくらいは出来るだろう。

 だが──。

「ぎゃあ! バチバチいってるぞ」

 旦那が叫ぶので、そちらへと顔を向けると、電子レンジの中でレトルトパウチが青い電流を表面に走らせているではないか。

「止めて、止めて! 停止ボタン!」

「お、おう!」

 旦那に停止ボタンを押すよう指示する。

「何でチンするの?」

「今はどれもチンできるんじゃないのか?」

「できないわよ」

「あっ!? 焼きそばは!?」

 と旦那は聞く。

「ん? 大丈夫よ。焦げてないわ」

 中火にしてたのでほん少し余所見していても問題はなかった。

 旦那は小鍋にレトルトパウチ、そして水を入れ、五徳に置き、火をける。

「ん? なんでそっちは中火?」

 旦那が不思議そうに聞く。

「へ?」

「強火にしたほうが早いだろ?」

「早い?」

「早く焼けるじゃん」

「……明日、一緒にハンバーグ作ろっか」

「ええ」

 嫌そうな声を出す旦那。

「焼くだけでいいから」


 焼きそばが出来るとすぐにご飯が出来て、旦那は先に遅めの晩御飯を取り始めた。

 私もすぐだから気にせずに先に食べておいてと言おうとしたけど、旦那はすでに食事を始めていた。

 私はチンしたコロッケ、肉餃子、そしてカレーを。

「そういえばお義母かあさんは大丈夫?」

「大丈夫よ。電話で言ったでしょ」

「でもママがきちんと聞きなさいってさ」

「…………お義母さんに言ったの?」

「言ったよ。ママ、心配してたよ」

 私は額を押さえた。

 マジか。

 私はスプーンを置き、スマホを取り出した。

 そしてお義母さんに電話をする。

「もしもし夜分遅くにすみません……」


 通話を切り、私は大きく溜め息を吐いた。

「ママ、なんか言ってた?」

 私が通話中に焼きそばを食べ終えた旦那が聞く。

「何かあったら手伝うわよって言うから、丁重にお断りしたわ」

「ふうん」

 疲れた。

「妊娠したら育休取らせようとしてない?」「え?」

「育休を取るって会社の皆に気を使うんだよね」

「は?」

「育休取れって言うのは姑が嫌なだけでしょ?」

「は?」

「俺、思うんだよね。姑に手伝えばいいんじゃないかって。だからさ……」

「私が姑に気を使うんだけど?」

義理親おやだろ?」

「あんたも私の親に気を使うでしょ? 一緒にいると息苦しさを感じるでしょ?」

「……まあ」

「育休は取ること。それと家事を覚えろ」

 そう言って、私はカレーがつがつと食べ始める。

 だけど冷たいので席を立つ。

「ど、どうしたの?」

 旦那は怯えてつつ聞く。

「冷たくなったからチンするだけよ」

「チンして大丈夫?」

「パウチから出したあとなら大丈夫!」

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