第2話 夢と希望
2015年3月7日土曜日。朝はまだ暗く、気温も氷点下。遠くに見える白い山々の稜線が、空との境界をうっすらと分け始める頃、中学校の卒業式を控えた葵玲央あおい・れおは、すでにトレーニングの真っ最中だった。
誰に言われる訳でもなく誰よりも早く起きて、まずは薪ストーブに使う薪割りを始める。5㎏ほどの斧をまずは両手で振り下ろす。そして筋肉が解れてきたら、今度は右手、左手片方ずつで均等に振り下ろす。中学校に入学してから自主トレと称し、黙々と上半身を鍛えていた。
「玲央、おはよう。今日もやっとるのう。」
午前4時。家族で一番早起きの祖父が起きてきた。
「おはよう、じいちゃん。今日も寒いね。」
玲央と祖父は何気ない会話を交わす。祖父は玲央が割った薪を何本か手に取り、薪ストーブに火を起こし始めた。玲央の家にはエアコンもファンヒーターもなく、冬場の暖は薪ストーブが欠かせないのだ。
しばらくしてから、母親も起きてきた。
「おはよう、玲央。今日はいよいよ卒業式だね」
「うん。今日はさすがに車に乗っけてってもらおうかな」
「そうね。それにしてもよく3年間もこんな遠くから自力で通ったわねぇ。ホント偉いわぁ。」
そう言って不意に母親は玲央の頭をポンポンと撫でた。
「往復20キロあるから、体力作りにはちょうどいい距離だからね。じゃあそろそろ着替えてくるよ。」
玲央は自分の部屋に戻り、卒業式の準備を始めた。
卒業式はあっという間に終わり、最後のホームルームも思ったよりもあっけなく終わった。玲央の頭の中は既に高校での新たな生活でいっぱいだったので、それも無理はなかろう。あっさりと家路に就こうかと思った時、玲央はふと呼び止める声に気が付いた。
「おーい、玲央~」
振り向くと玲央よりも体格の良い、180㎝はあろうかという玲央の同級生、田浦昴たうら・すばるが追いかけてきた。
「昴か。ついに中学生も終わっちゃったなぁ。」
「あっという間だったな。そういえば玲央、高校は黄金台高校だったな。」
「おう。昴もだったっけか。」
「おうよ。来月からは花の高校生活が待ってるなあ。」
たわいもない会話をしながら、いつも草サッカーをしていた河川敷にたどり着いた。
「なあ、昴。」
ふいに玲央が真剣な眼差しで昴に語りかけた。
「高校で本格的にサッカーやらないか?」
玲央の問いに昴が答える。
「サッカー部に入るってことか?でも…」
昴の言いたいことは分かっていた。
「分かってる。黄金台高校にはサッカー部がないってな。」
「じゃあ、まさか玲央。」
「ああ。新しくサッカー部を作りたいんだ。」
「マジでか!」
昴は驚きながらも話を続ける。
「だって玲央、お前の夢はワールドカップで優勝することじゃなかったっけ?」
「うん。その夢に全然変わりはないよ。」
「だったらわざわざサッカー部作るより、近くのクラブチームに入るとか、あ、玲央なら大人のチームに混ざってもやれる気が...」
昴が言いかけたところで、玲央が力強く答えた。
「俺は高校サッカーがしたいんだ。クラブチームに入ったら確かに強くなれるかもだけど、高校でしか出来ないサッカーがしたくてね。」
さらに玲央は続ける。
「それにさ。もしかしたら俺たちと同じ奴らがいるかもしれないし。中学校でサッカーしたくても出来なかった奴らとか…」
昴も頷きながら同調してきた。
「まあ、そうだよなぁ。うちらの学校は人数もいなかったし、サッカー部も作れなかったからなぁ。高校なら一気に人数増えるだろうし。」
「だろ?なんか希望が持てるだろ?」
玲央はもう、とにかく高校サッカーがしたくてしょうがない様子。昴もいつしか同じ想いを抱いていた。
「じゃあ、作るか。サッカー部!」
「おう!絶対作ってやろうぜ!」
玲央と昴は固い約束を誓い、高校サッカーへの憧れを強めるのだった。まだ見ぬ新しい仲間達が集まるのを信じて。
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