第42話
「ねえ、アリエット。あなたが本当に私のことを好きだって言うなら、どうしていつも、私を困らせたの? この前も、少し話してもらったけど、もっと詳しく聞かせてちょうだい。私、できることなら、あなたのことを理解してあげたいと思ってるの」
先ほどまでの狂乱状態から、少しは落ち着いたのか、アリエットもまた、静かに語り始める。
「……前も言ったけど、私、普通じゃないの。私の心は、喜びを感じないのよ」
「喜びを感じないって? どういうこと?」
「何をしてても、楽しくないのよ。客観的に『ああ、今、楽しいことをしてるんだろうな』っていうのは分かるんだけど、少しも心が弾まないの。一度、精神科の医者に見てもらったことがあるけど、その先生が言うには、『幼少期に受けたショックで、感受性が著しく損なわれている』とのことらしいわ」
「そう……なの。えっと、その、『幼少期に受けたショック』について、何か心当たりはないの?」
私が問うと、アリエットはくすくすと笑いだした。まるで、機械の人形が無理やり笑顔の形を作っているような、空虚な笑みだった。
「心当たりねぇ……やっぱり『あれ』かしら。……ねえ、姉さんは、子供の頃の記憶って、何歳くらいから覚えてる?」
「えっ? そ、そうね……おぼろげなら4歳……いえ、5歳くらいから……かな。ハッキリとしたことを思いだせるのは、さらに後だけど」
「普通は、そうでしょうね。……私ね、何の自慢にもならないけど、記憶力は抜群なの。自分が体験したことなら、何年何月何日何分何秒に、どんなことがあったか、全部覚えてるわ」
「そういえばあなた、昔から記憶力は凄かったわね。それって、充分自慢になると思うけど」
アリエットは首を左右に振って、言う。
「何の自慢にもならないわよ。この普通じゃない記憶力のせいで、私の心、壊れちゃったんだから。……信じられないかもしれないけど、私ね、生まれた時のこと、覚えてるのよ。……姉さん。あの父親と母親が、生まれてきたばかりの、赤ちゃんだった私を見て、なんて言ったかわかる?」
「…………」
「父親はため息をついて『あーあ、またできちゃったね』って。母親は『そうね、面倒ね。いらない子は処分できたらいいのに』って、ただただ邪魔くさそうに、そう言ったのよ。その言葉の意味を理解できたのは、成長して、文字を学んでからだけどね」
「い、いくら父さんと母さんでも、そんなこと……」
「そうね。幻聴……あるいは、子供に無関心な両親を嫌悪する私の意識が作り出した、存在しない記憶なのかもしれない。でも、本当に言ったかどうかなんて、些細な事。あいつらが私のことを『いらない子』『面倒な存在』だと思ってるのは、行動を見ていればハッキリ理解できる。姉さんも、わかるでしょ?」
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