第35話

 二通目の内容――ヘイデールのお父様が、私とジェランドさんの関係を認め、それを理由にヘイデールとの婚約関係を破棄するであろうことについては、実を言うと、最初から予想していた。


 何故かというと、ヘイデールのお父様はもともと、平民である私とヘイデールが婚約したことを、あまり良く思っていなかったからだ。ジェランドさんが私を連れて旅立ってくれることを、むしろありがたいと思っているに違いない。


 ジェランドさんはきっと、私とのことを、ヘイデールには直接伝えていないのだろう。


 その判断は正しい……と思う。


 私のヘイデールに対する愛情が冷めきってしまったのと同じように、ヘイデールも今となっては私のことなど好きではないだろうが、それでも、カッとなりやすい彼の性格を考えると、不用意な発言をすることで、また刃傷沙汰になりかねない。


 そして私も、ヘイデールには何も言わず、旅立つつもりだ。


 一時は愛し合い、婚約まで結んだ仲として、きちんとヘイデールに別れの言葉を述べるのが、本当なら正しいことだとは思う。……でも、ヘイデールにジェランドさんとのことを話せば、ほぼ間違いなく、その情報はアリエットの耳にも入ってしまうだろう。


 アリエットにだけは、ジェランドさんと私の関係を知られたくなかった。もし知られたら、あの子が、いったいどんな方法で私たちの邪魔をしてくるのか、想像もつかない。


 アリエットに情報が漏れるのを防ぐため、両親にも、まだ故郷を離れることは伝えていない。まあ、父さんと母さんは、私やアリエットとあまりコミュニケーションを取らないから、話しても大丈夫かもしれないが、念には念をだ。


 その代わり、両親には一応、別れの手紙を書いた。

 旅立った後に、どこかのポストに投函しようと思う。


 よし、これで準備は万端だわ。


 旅立ちの日――一週間後の新月の日が、今から待ちきれない。


 これまで生きてきた中で、最高の転機となるはずのその日を待ち焦がれながら、私は雑貨店で働き、いつもと変わらない日々を過ごした。


 そして、旅立ちまであと三日と迫った日の夕暮れ。

 店長さんが所用で出かけているので、私はカウンターで一人、店番をしていた。


 お客さんは、誰もいない。

 商品の整理も終わり、特にやることもなく、思わず、小さなあくびが出る。


 今までの経験上、店がこんな雰囲気のときは、夜までほとんどお客さんが来ることはない。かといって、店番を放り出して帰るわけにもいかない。……そうだ、帳簿の整理もやっておこうかしら。


 そんなことを思っていると、突然店の戸が開いた。


「いらっしゃ……」


 いらっしゃいませ。

 そう言いかけた唇が、途中で凍りつく。


 眉を吊り上げたヘイデールが、肩を怒らせて入って来たからだ。

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