第34話
家具にしろ、ドレスにしろ、実家に置いていくものには、何の執着もなかった。もともと、服でもなんでも、気に入ったものはアリエットに全て取られてしまっていたので、当然と言えば当然である。
勤めている雑貨店の店長さんには、もう少しでお店を辞めることを伝えた。
急な話で店長さんは驚いていたが、「今までよく頑張ってくれたね」とねぎらいの言葉をかけてくれ、なんと、餞別のお金まで出してくれた。旅の路銀は多ければ多いほどいいので、とてもありがたいことだ。
私には、親友と呼べるほどの友達はいないのだが、それでも、そこそこ付き合いのあった数人の友達に、別れの挨拶をした。……恐らく、いや、間違いなく、もう二度と、この町に帰ってくることはないからだ。
もう二度と、この町に帰ってくることはない――
改めて言葉にすると、何とも言えない寂寥感が胸に去来する。それほどの愛着はないつもりだったが、生まれ育った町を去るというのは、誰にとっても、こういうものなのかもしれない。
ほんの少しだけ寂しくなった私は、ジェランドさんから何度も届いている手紙を、一つ一つ見返すことにした。旅立ちの約束をして以来、私たちは頻繁に手紙のやり取りをして、連絡を取り合っているのだ。
まず、一通目。
『レオノーラ様、やはりと言うべきか、本日、正式に執事の任を解かれました。しかし旦那様の気遣いで、解雇ではなく、依願退職という形になりましたので、かなりの額の退職金をいただくことができました。これまでに貯めたお金もありますので、二人旅であれば、路銀に不自由することはないでしょう』
次に、二通目。
『レオノーラ様、使用人としての最後の誠意を見せるため、私は旦那様に、ヘイデール様の婚約者であるあなたと旅に出ることをお伝えしました。旦那様は驚いておられましたが、私とレオノーラ様の関係をお認めになり、ヘイデール様との婚約は、折を見て破棄しておくとのことでした』
そして、今日届いたばかりの三通目。
『私の方は、もうほとんど旅の支度が整いました。レオノーラ様はいかがでしょうか? あなたの準備がよろしいようでしたら、今から一週間後――新月の日に旅立ちたいと思っています。愛しい女性と共に、ずっと夢だった旅にでられる喜びに、私の胸は今、少年のようにはしゃいでいます。私が噛みしめているのと同じ幸福を、あなたも感じてくれていると嬉しいのですが……』
私は、三通の手紙をそっと抱きしめた。
こうすると、ジェランドさんの想いがこもった文面が、そのまま胸に染み入るようで、なんだか心が休まるのだ。
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