第32話
しかしヘイデールは怪物に篭絡され、操り人形になってしまった。
失望する私の前に、今度こそ、今度こそ、本当の救世主が現れた。
胸の高鳴りはうるさいほどであり、この音が、テーブルの向こうにいるジェランドさんにも聞かれているのではないかと思うと、羞恥でますます心臓が騒ぎ出す。
やがて高揚が頂点に達すると、今度は逆に、妙に冷静になってしまい、私は考える。……どうしてジェランドさんは、そこまで私のことを気にかけてくれるのだろう?
いや、彼が思いやりのある人で、心から私の心配をしてくれていることは、分かっている。だからといって、普通は、思いやりだけで、長い旅に異性を誘ったりはしないものだ。その、自分で言うのも口幅ったいけど、相手の女性に魅力を感じ、それなりに好意を持っていなければ、まずありえない話である。
だから、私は問わずにいられなかった。
「あの、ジェランドさん。どうしてそこまで、私のことを気にかけてくれるんですか……?」
ジェランドさんは、先程から一瞬たりとも視線を外さず、私を見つめたままだ。私も、彼の美しい瞳から、目を離せない。数秒間の沈黙の後、ジェランドさんは口を開く。
「ヘイデール様の供として、私は何度も、陰ながらあなたのことを見ていました。アニス様へのプレゼントを探すヘイデール様に対し、優しく、親身に接するあなたを見ているうちに、自然とあなたに好意を持つようになったと言ったら……笑いますか?」
「…………」
「あなたの勤める雑貨店に行くまで、ヘイデール様と私は、色々な商店をめぐりました。女の子の喜ぶ品物を扱う店なので、だいたいの店主は女性です」
「それは、そうでしょうね」
「どの店の主人も、若き貴族の青年の来店に舞い上がり、なんとか贔屓にしてもらおうと必死であり、高級なだけが取り柄の、とても少女が使うには適さない装飾具を持って来たり、中には、ヘイデール様と個人的な関係を築こうと、露骨な色仕掛けをおこなう者もいました」
「そ、それはまた……商魂たくましいというか、なんというか……」
「商売に懸命な彼女たちを愚弄する気はありませんが、それでも、誠実な対応で信頼を勝ち取る気はないのかと思い、少々辟易としました。そんな時、あなたのいる店にたどり着いたのです。……ヘイデール様もそうだったでしょうが、私は感動しましたよ。あなたの、まったく裏表のない親切で優しい対応に」
「い、いや、そんな、お客さんに誠実に対応するのは、普通のことですよ……」
「その、『普通のこと』に感動したのです。それまで酷い店ばかりだったものですから、なおさら。……そして、アニス様が亡くなったとき、ヘイデール様を慰めるあなたは、聖母のように慈悲深く、美しかった。思えばあの頃から私は、あなたに心酔し、恋い焦がれていたのかもしれません」
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