第30話

 いや、でも、このままでいいはずがない。

 なんとかして、ジェランドさんを助けてあげられないだろうか。


 腕を組み、うんうんと唸って知恵を絞りだそうとする私を見て、ジェランドさんは微笑した。彼の表情には、執事をクビにされることに対する焦りや不安のようなものはまったくなく、むしろ、スッキリとしているようにすら見えた。


 ジェランドさんは微笑みを浮かべたまま、静かに口を開く。


「レオノーラ様、私のことについて真剣に考えてくださる、そのお気持ちだけで充分です。……実を言いますと、たとえクビにされなかったとしても、そう遠くないうちに、私は執事を辞めようと思っていたんです」


「えっ、そうなんですか?」


「はい。短気を起こしがちなヘイデール様の精神を安定させるために、年の近い少年であった私が友人兼世話役といった形でヘイデール様の執事となったのですが、ヘイデール様ももう成人です。わざわざ専用の世話役などがいては、かえって煩わしく、心が乱れると思うのです。実際、最近は些細なことで私と衝突することも増えてきましたし……」


 なるほど。

 子供ならともかく、大人になってからも、同年代の若者が世話役として四六時中そばにいるのは、確かに少し煩わしいものかもしれない。


「正直に申し上げて、もう、私の役目は終わったと思っています。長年仕えてきたヘイデール様と、喧嘩別れのような形になってしまったのは少々残念ですが、人と人の別れとは、案外こんなものかもしれません。ヘイデール様はヘイデール様の道を、私は私で、また別の道を行く。それだけのことです」


 ジェランドさんの言葉には、解雇されることに対する怒りや悔しさはなく、それらを隠して強がるようなそぶりも一切なかった。いま述べた通りのことが、虚飾のない、彼の本心なのだろう。なんともサッパリとした人である。


 ジェランドさんは喫茶店の窓から青い空を見上げ、ここではないどこかに思いを馳せるように、言う。


「執事を辞めたら、しばらく……いえ、数年間は、旅をしてみようと思っているんです。今までずっと、狭い世界の中で生きてきましたから、あちこちの土地を渡り歩き、見聞を深め、いつか、定住したいと思えるような場所を見つけられたらいいなと思うんです」


「世界をめぐる旅……ですか。いいですね。私も時々、こことはまったく違う世界で、新しい人生を始められたらって、思うことがあります」


 もっとも、旅には危険がつきものだし、自分で自分の身を守れない私は、一生旅に出ることなどないだろう。……ジェランドさんが執事を辞めたら長い旅に出るということは、彼とはもう、会えなくなってしまうのか。

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