第29話

 ジェランドさんの整った眉間に、めずらしく皺が寄る。

 何か、よっぽど辛いことを思い出しているのだろう。


「ある程度の反感は予想していましたが、諫言に対するヘイデール様の激昂ぶりは想像以上でした。以前は、耳の痛いことも、辛抱強く言ってお聞かせすれば、最後には理解を示してくれる素直さがあったのですが、もはやヘイデール様の心の中は、アリエット様で埋め尽くされているのでしょう。ヘイデール様は剣を抜き、『アリーを侮辱するな』と叫んで、私に斬りかかってきました」


「えぇっ、そ、それで、大丈夫だったんですか?」


「以前も申し上げましたが、こう見えて私は、ヘイデール様の警護係も務めていますから、それなりに剣術と体術の心得はあります。剣をかわすのは、それほど難しいことではなかったのですが、それよりも、長年仕えてきたヘイデール様に、憎悪のこもった瞳で刃を向けられたことの方が、堪えました……」


「ジェランドさん……」


 ジェランドさんは、『本当に堪えた』という感じで、俯いた。

 忠誠をつくし、ずっと守ってきた相手から刃を向けられるのは、私には想像もできないほど、辛いことなのだろう。ジェランドさんは顔を上げると、力なく微笑んで、言う。


「先程は『数日間お休みをいただけた』と申し上げましたが、正確には、旦那様から『しばらく顔を見せなくていい』と命じられたのです。……半分休みで、半分謹慎と言った感じですね。無理もありません、不用意な発言で、ヘイデール様に剣を抜かせるほどのいざこざを引き起こしてしまったのですから」」


「でも、ジェランドさんはヘイデールのことを心配しているからこそ、厳しいことを言ったのに、謹慎だなんて、こんなのあんまりです」


 私は心の底からそう思い。こぶしを握り締めながら言う。

 だが、力の入った私とは対照的に、ジェランドさんは落ち着いていた。


「いえ、私は仕方のないことだと思っています。癇癪持ちであるヘイデール様をあまり刺激しないよう、旦那様には重々申し付けられていたのに、あと一歩で刃傷沙汰になるところだったのですから。この謹慎期間が終わったら恐らく、私は正式に執事を解雇されるでしょう」


 解雇!?

 謹慎でもあんまりだと思っていたのに、それはいくらなんでも酷すぎる。


 私は義憤に駆られ、ヘイデールを通して、彼のお父様に抗議しようかとも思ったが、今のヘイデールが素直に私の言うことを聞いてくれるとは考えにくかったし、何より、そんなことをすれば、ジェランドさんが私とこうして二人で会ったことを説明しなければならなくなるので、ますますジェランドさんの立場を悪くしてしまうだろう。

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