第28話

 ジェランドさんは悲しそうな顔で、小さく首を左右に振りながら言う。


「ヘイデール様のアニス様に対する愛情は、まさしく溺愛。ハッキリ申し上げて、ヘイデール様がアニス様に接する態度は、兄妹の親愛の情を遥かに超えていました。そのアニス様がお亡くなりになったときのヘイデール様の狂乱ぶりは、今思い出しても、胸が痛みます」


 私は瞳を閉じ、アニスが亡くなったばかりのヘイデールのことを思いだす。確かに、当時の憔悴しきったヘイデールは、この世のすべての悲しみを背負っているようで、あまりにも哀れだった。


「アニス様は生まれつき病弱でしたが、愛らしく、華やかな方で、特に人の話を聞くのがとても上手でした。……体格や、顔の作り自体は違うのですが、その雰囲気は、とても似ているのです。あのアリエット様に」


「…………」


「聡いアリエット様は、すぐに気がついたはずです。自分に接するヘイデール様の態度が、明らかに『誰か』の面影を重ねているものであることに。彼女は優れた話術でヘイデール様からアニス様のことを聞き出し、それからはまるで、アニス様のコピーを演じるかのように、ヘイデール様の望むままの反応を見せるようになりました」


 そこで、ジェランドさんの顔が少し険しくなる。


「私は最初、アニス様を忘れられないヘイデール様を慰めるため、思いやりの気持ちで、アリエット様は実妹のようにふるまっているのかと思いました。しかし、しばらく見ていて、それはまったくの間違いだとわかりました。……アリエット様の心の中には、普通ならあるはずの、『想い』のようなものが存在していない。つまり、空っぽなんです」


「空っぽ?」


「私は執事として、多種多様な客人に接するものですから分かるのですが、人の行動には、必ず『想い』が伴います。腹立たしい『想い』がある人は、怒った行動を。穏やかな『想い』を持った人は、優しい行動を、といったふうに。……しかし、アリエット様の行動からは、何の『想い』も伝わってこないのです」


 私は、頷いた。

 アリエットの異常さを骨身に染みて知っている私には、なんとなくだが、ジェランドさんが伝えようとしていることが、理解できつつあったからだ。


「欠片ほどの優しい『想い』も存在しないのに、表面上だけは、とても愛情深く、魅力的に見えてしまう。私にはアリエット様が、笑顔の仮面をかぶった機械人形か何かのように思えて、不気味でなりません。……まるで、生き返ったアニス様のように振る舞い、ヘイデール様を惑わすアリエット様に不信を抱いた私は、馬鹿正直にも、それをヘイデール様に申し伝えました」

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