第7話

 ドアを閉める間際まで、アリエットは、ずっと私を見て、笑っていた。


 穏やかで、優しくて、それでいて可愛らしい笑みだったが、私は何故か、子供の頃に見た蛇の顔を思い出してしまい、妹に対してそんなことを思う自分を、恥じた。



 それから、アリエットがヘイデールに接する機会は、目に見えて減った。


『姉さんが嫌なら、私、ヘイデールさんとはあまり顔を合わせないようにするわね』


 アリエットはニコニコ笑顔でそう言い、もう、私とヘイデールのデートについてくるようなことはなかったし、ヘイデールを自宅に招いた時も、そっけない挨拶をするだけで、視線すら合わせようとしなかった。


 もしかしてアリエットは、私が思っている以上に、『私とヘイデールの間に割り込むな』と抗議されたことにショックを受けているのかもしれない。……それも当然か。アリエットには、私とヘイデールの邪魔をする気なんて、まったくなかったのだから。


 純粋に、姉の婚約者と仲良くしようとしていただけの妹に、私はなんて酷いことを言ってしまったんだろう。今度、改めてアリエットに謝ろう。


 ……おめでたい私は、アリエットに対し、心からの罪悪感を覚え、真剣に謝ろうと思っていた。そう、『あの日』が来るまでは。



 その日、雑貨屋での仕事が早めに終わった私は、まだ日が落ちきる前に、帰路についていた。


 風もなく、柔らかな夕暮れの光がなんだか心地よくて、散歩がてら、少し遠回りして家に帰ろうと思い、近くの自然公園へと足を延ばす。色とりどりの花が咲き誇り、夕焼けに照らされた木々が橙色に染まる姿は、まるで黄金郷だ。


 上機嫌に、鼻唄でも歌いたくなるような気分で歩いていた私の足が、急に鈍くなった。たった一歩、歩みを進めるだけでも、足が重たい。


 ここは、ぬかるみでもなんでもない、ごく普通の小道だ。別に、泥や水に足を取られているわけではない。では、何故足が重たいかと言うと、一瞬だが、視界の先に、『あってはならない光景』を見てしまったからだ。


 その、『あってはならない光景』をもう一度見るのが恐ろしくて、私の足は無意識に重くなっているのだろう。顔も、自然と俯いている。……このまま踵を返し、何も見なかったことにして、家に帰ってしまおうか。


 いや、やっぱりそんなことはできない。

 このまま逃げても、問題を先送りにするだけだ。


 しばし悩んだ後、私は現実逃避をやめ、重たい足を引きずるようにして歩き始めた。


 この小道の先は丘になっており、見晴らしのいい展望台がある。

 何度も、ヘイデールと愛の言葉を交わした、私にとって思い出深い場所だ


 その、思い出深い場所のベンチに二人、よく見知った顔が、仲睦まじく座っている。


 ……ヘイデールと、アリエットだ。

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