猫の町の掟

宿木 柊花

第1話

 住民とほぼ同じ数の猫が住む町。その数はどんなに減らしても減ることはなく増える一方だという。猫の為にできた広場は観光名所にもなっている。


 この町の猫はアレルギーを引き起こさないことがその界隈では有名な話。


 ここでは本気で猫の手も借りたいと願ったとき、三匹の猫が手を貸してくれる。

 しかし願えるのは二回まで。

 それだけが破ってはいけない絶対ルール。



 ━━━━━━

 春からこの町に住むことになった大学生倉島直くらしま すぐは部屋の片付けに追われていた。

 これからSNSで知り合った大学新入生同士のオフ会がある。そしてその会場に選ばれてしまったのが倉島の部屋だった。

 オフ会開始まで残り数時間。

 到底、誰かを招けるほど片付けられそうもない。しかし、ここでドタキャンなんてしたら今後の楽しいキャンパスライフに暗雲が立ち込めてしまう。

「こういう時に猫の手も借りたいって言うんだよな」

「なー」「ヌァー」

 突如部屋の中に二匹の猫が現れた。

 細身の三毛猫と太めのぶち猫。ぶち猫のマヌケな顔はどこか懐かしさを感じる。

「え、何! 一体どこから?」

 玄関は開いてない。窓も開けてない。壁に穴も開けてない。他に入れそうな場所もない。

「帰って」

 猫に向かって言いながら玄関を開けたが出ていく気配はない。

 ヤバい。猫アレルギーなのにこのまま猫成分が部屋に染み付いてしまったら……。

 想像しただけで恐ろしい。

「なー」「ヌァー」

 また猫たちが鳴くと積み上がった段ボールの上へ軽々と登ってしまった。

「わーー、やめてやめてそれ衣類だから」

 猫たちに倉島の悲鳴は届かない。

「なー」

 三毛猫は段ボールを留めたガムテープを爪で裂くと、蹴り飛ばして転がす。

「ヌァー」

 ぶち猫は転がり出た衣類を畳まれて重ねられた状態のまま床に立てた。

 倉島が呆然と立ち尽くす間も猫たちは分担した作業を続け、倉島の足元には出された荷物が次々に積まれていく。

「なー」「ヌァー」

 いつの間にか荷物が種類別にエリア分けされていた。

「ありがとう」

 いつの間にか二匹はいなくなっていた。

「あれ?」

 アレルギーが出ていない。

 いつの間にか治ったのかな?


 倉島は全く気にしてなかった。



 ━━━━━━

 オフ会も無事終わり、いろいろな話も聞けた。友達が既にいるキャンパスライフは楽しみしかない。


 あとの不安はバイト先。

 高校時代からやっている居酒屋バイト。チェーン展開していることもあり、内部の異動という形で今度はこの町の店舗に移ることになっている。

 店舗ごとにやはりクセというものがあり、こっちの店で馴染めるのかということが一番の不安要素だった。

「店長がこっちの店長クセ強めって言ってたのが余計怖いわー」

 オフ会の片付けも終え、明日は新しいバイト先へ挨拶にいく。

 明日の準備もきっちりして布団に潜り込む。

 しかし、早く寝なければと思えば思うほど目が冴える。

「そういえば……」

 倉島はさっきのオフ会で聞いた不思議な話を思い出していた。



 男女二人ずつ一見すれば合コンのようにも見えるオフ会では、倉島以外が既に知り合いだった。そのくらい狭い町だという。

「この町初めて?」

 二本目のビールを片手にそう聞いてくる新田にった君はコミュりょくオバケ。

 このオフ会で唯一酒を許された二十歳。

 放浪の旅をしていたらしい。

「たぶん、そうだと思う。幼い頃から引っ越しが多かったからハッキリとはしないけど」

「じゃあ知らないんだね」

「そっか教えてあげないとだよ、兄さん」

 石川さんは活発そうな女の子。新田さんは新田君の妹だという。

 新田君は決して妹と同じ大学に入りたくて旅を切り上げたわけではないと言い張る。

「この町では猫の手も借りたいと強く願うと三匹の猫が助けてくれるんだ。でもそれは絶対に二回まで。二回目は猫が一匹減って二匹になる。三回は絶対するなよフリじゃないからな!」

 あまりにも真剣な顔だった。

 新田君は三匹というが倉島の所へ現れた猫は二匹。もし関係あるとしたら……。

 倉島はもう願うまいと誓った。

「ずっと不思議だったんだけど、三回目しちゃったらどうなるの?」

 石川さんの問いに全員が新田君の方を見た。

「俺は知らない。でも大変なことになるらしい。誰も知らないけどな」



「誰も知らないけど大変なこと……」

 ここの大学に通ってたら知れるかな?

 倉島はいつの間にか眠りについた。




 ━━━━━━

 二週間後、入学式でまたオフ会メンバーが全員揃った。

 久しぶりに会う新田さんは腕を吊っていた。

 交通事故に遭ってしまったらしい。車の下敷きになり多くの人に助けてもらってようやく救出されたらしい。

 石川さんも大したことなくて良かったよねと明るく笑っていた。

「なんでかな? 事故の後から突然涙が流れることがあるんだ」

「事故の影響かな? トラウマ的な」

 倉島はハンカチを渡す。

「この後スタバ行かない?」

 石川さんの提案で三人はスタバへ向かう。


 これから始まる輝かしいキャンパスライフを夢見て。

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