第13話 モカ先生

“もっと……もっと灯りを……”


 この言葉は大規模な火災があった場所には必ず残されていた。

 それは現場の中心にあったことから、犯人のモノであると警察は断定し捜査を開始するもその足取りは未だに掴めない。


 山火事、住宅街、都心部、官邸など、関連もなく無差別に起こる火災を未然に止める術は未だに発見されていない。

 警察内ではその犯人を『松明』と呼称し“厄ネタ”として数え特殊捜査課へと調査を委託する。

 しかし、『松明』は活動の範囲を日本から世界へ移したのだった。

 燃え上がる自由の女神は世界的に大きなニュースになる程の大事件として取り上げられた。






 畳、平机、座布団、正座。

 この四っつだけが揃う空間は日本古来の文化を伝える場であると誰もが感じるだろう。


『蒼井書道教室』

 四季彩市の片隅に、知る人ぞ知る書道教室に通う生徒は十人も居らず、小学生ばかりだった。


 そして、休日は午前中だけ開かれ自由参加。しかし、月謝を払っている児童の親からすれば出来るだけ通わせたいと言うのが本音である。


「それでは、皆さん。書けた字を見せてください」


 教室の先生である蒼井萌歌あおいもかの澄んだ声が響く。和服に身を包みながらも強調のある胸が特徴な美人である彼女は生徒達からも、モカ先生と強く慕われていた。


 モカは生徒達の筆で書いた一文字を見て、良い所と悪い所を指摘。丁寧で分かりやすい指摘に生徒達は、ありがとー と笑顔でお礼を言う。モカも笑みで返した。


「トシキ君」


 皆が画数の少ない文字を書く中、トシキと呼ばれた男子小学生は『歌』と言う漢字を書いていた。


「簡単な文字で良いのよ?」

「これにする」


 皆は完成させ添削を終えている中、トシキだけはまだ書いている最中だった。


「あ、トシキの奴、また歌を書いてる!」

「モカ先生ー、トシキ君、学校の書道でも『歌』ばかり書いてるんですよー」

「モカ先生の事、好きなんだろー!」

「! ば、ばか! 違う! モカ先生なんて全然好きじゃないから!」


 否定の言葉を感情のままに口走ったトシキは、あ……、とモカを見る。


「そう。なら問題はないですね。私はトシキ君の事、好きですから」


 気落ちする様子なく、モカは優しい笑顔でトシキの頭を撫でてあげた。


「では、皆さんは二枚目を書いて見ましょう。今度は少し画数の多い字を選んでください」

「はーい」


 




「モカ先生」

「あら。どうしたの? 忘れ物?」


 授業が終わり、皆が保護者に迎えられて見送った中、生徒の最新の作品を額縁に更新していたモカの教室にトシキが戻ってきた。


「おれ……先生の事……嫌いじゃないから」

「ええ。わかってますよ」


 そう言うとモカはトシキが仕上げた『歌』を見せる。上手いとは言い難い歪みがあるものの、将来性は十分に感じ取れる作品だった。


「私の漢字。書いてくれてありがとうね」

「うん!」


 そして、入り口まで連れていくと母親が待っており、急に走り出してすみません、と頭を下げて来た。

 モカは気にする事はないですよ、と告げて帰っていく親子へ笑顔で手を振る。


“あぁ……なぜ……なぜなの……”


「……まるで溺れそう」


 心が窒息しそうな程のソレに満たされると自分が自分で失くなる。


「モカ」

「はい。お祖父様」


 すると、奥から祖父の蒼井与一あおいよいちが姿を現した。


「こっちに来なさい」

「なんでしょうか?」


 背を向けて歩き出す祖父の後にモカは続く。


「先程、蔵の掃除をしていたのだが、武器棚が開けられていた」

「そうですか」

「開けるのは問題ない。使うのも、他に知られない・・・・・のならば問題ない。だが――」


 与一は蔵の外に出された鉄笠をモカに見せる。

 笠の一部は歪み、閉じない様になっており、更に着衣用の仕込み装置と刃が紛失していた。


「技量さえあれば戦車の砲撃さえも流せる代物が凹んでいる」


 そして、与一はモカの着物襟首を掴んで首元を晒す。そこには首を強く掴まれた様な痕があった。


「数日経っても消えぬ痕だ。モカ……『鈴虫』は時代に選ばれた“最強”のハズだ……まさかお前が邪魔をしたのか!?」


 与一はモカへ掴みかかる様に問う。

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