第8話 メッセージ

 体育の後はそのまま昼休みとなる為、解散と同時に購買は戦争となる。

 弁当勢には圏外な争いであるが、そこにしか生まれないドラマもあるのだった。


「相変わらず凄いな」


 コウは着替えてから弁当を片手に中庭まで降りると、乱闘の様に騒がしい購買に驚きつつ、校舎でも日影にある非常階段に座る。

 そして、スマホを片手に弁当を食べる。


「――あ」


 すると、LINEにメッセージが幾つか入っていた。その内の一つに弁当を食べる手が止まり、即座に開く。


“今出た。そっちは大丈夫か?”


 それは午前の授業中に入っていたもの。そのメッセージにコウは嬉しそうに頬を緩める。


「よかった」


 そして、今夜お願いします、と返信をした。すると即座に既読がつき、


“頼みたい事がある”


 と、返ってくる。


“伯母さんが連絡して欲しいって言ってましたよ?”

“それは……知り合いが話をつける。頼み事はオレからの個人的な事だ”

“いいですけど犯罪紛いな事は……”

“解ってる。それ以外だ”

“それなら手伝わせてください”

“じゃあ、今夜な”


 スマホを一度置くと昼食に戻る。

 彼が何の変哲もない高校生の自分を頼るなんて、何があったのだろうか。

 大概は何でも解決できる力を持っているのに――


 おかしいよ――そんなの……オカシイ!!


「……貴方は僕と同じだから」


 心から信用に値すると思っている。

 そう考えるとあることを思い出した。


「彼女の事も聞いてみようかな」



 



「それで、俺に立会人をして欲しいってか」

「まぁね。引き受けてくれない?」


 クロトは『カラシコフ』との取り決め後に、その足で不動産の『大堂不動産』に足を運んでいた。

 

「あのロシア野郎どもには若い衆に手を出すなと言ってある。それに外人は面倒だ」

「別に見てるだけでいい」


 不動産とは表の顔である『大堂組』は四季彩市となる前からこの地に根を張る最古参の組織である。

 組長の大堂重蔵は四季彩市の裏側においての、ご意見番のような立ち位置だ。


「組にメリットは?」

「んなもんありまくり。空いた隙間は戻せる所は戻して残りは再分配する。『大堂組』を最優先にするよ」


 あのビルから追い出されて倒産した会社もある。戻すことのできない所は他に割り込まれる前に知った顔で埋めて置きたい。


「あんな洒落た事務所は要らねぇ。その代わり、ブツの方で手を打て」

「じゃあ来月の仕入れ値は半額で良い」

「二割引の半年でどうだ?」

「問題なし」


 利害が一致した所でクロトは近寄ってきた猫を撫でる。


「それで、戦るのはいつだ?」

「今夜」


 クロトの言葉に組長は、おい、と目くじらを立てた。


「お前が戦るのか?」

「一応――」


 と、クロトはスマホが鳴ったので組長に一言断ってから確認する。


「――アハハ」

「どうした?」

「カードが決まった。戦るのはオレじゃない」


 それはクロトが個人的に交流のある高校生からのLINEだった。






「橘」

「委員長。今帰り?」


 帰りの下駄箱でコウはアカネと顔を合わせた。

 朝の挨拶から殆んど会話がなかった二人だが、コウとしてはそれが平常運転である。


「ようやくな……色々と疲れた」

「ああ……そうだったね」


 コウは苦笑いで応じる。

 体育で大々的に実力を発揮したアカネの噂は観ていた者達から学校中に爆発的に広がった。

 運動部の再勧誘に始まり、更に性格やルックスも良い事から、別の学年やクラスからも一目見ようと押し寄せた程。

 隣の席に座るコウもその凄まじさを笑いながら見ていた。


「バスケ凄かったんだね」

「……観てなかったのか?」

「体育の時は別の事をしてたから」

「そうか……なら次は私も橘と同じ事をするかな」

「ええ!?」


 今注目の美少女を草むしりに駆り出す同級生など、吊し上げられる様しか連想できない。


「そ、それはちょっと……泥臭いし」

「ふっ、冗談だ」


 そう言ってアカネは少し寂しそうに笑うと靴を履き、歩いていく。

 その表情にコウは彼女が今、どういう心境なのか少しだけ理解出来た気がした。


「委員長! えっと……まぁ、色々と疲れたら人の来ない場所とかあるから」


 前に資料室で少しだけ話してくれたアカネの言葉を思い出しての提案だった。

 するとアカネは立ち止まって、


「――ほう。良いところがあるのか? 今から案内してくれる?」


 夕焼けに影がかる笑みをコウは向けられて少しだけ赤面しつつ、いいよ、と返した。






 それは、上半期最大のマッチメイクだった。

 ボクシングの花形であるヘビー級の絶対王者――天月久遠くおんは今回で32回目の防衛戦が組まれた。

 本日は対戦相手との顔合わせ。その相手もまた、無敗で久遠のいるステージまで登り詰めた猛者である。


「こんにちは、Mr.クオン」


 対戦相手――アーロン・ウラノフはクオンへ握手を求める。


「Mr.アーロン。お会いできて光栄です」


 アーロンはロシアの貧困層出身であるが、今では世界的にも片手に数えられるボクサーの一人。

 その強さから英雄と称され、国から勲章を与えられた事もある。


「チャンピオンが小さい頃からの夢でね。だが君の壁は砕くのに苦労しそうだ」


 二人は握手をするとカメラへ視線を向ける。無数のフラッシュを浴びる中、強く握ってくるアーロンにクオンも応える様に返す。


「中々だ。31人を退けるだけはある」

「誇張はしません。私が最強です」


 クオンのない放つ凄みは、虚勢や強がりではない。

 己が負けるなど片隅にもあり得ないと言う気持ちから来る絶対的な自信だ。


「アマツキの血は伊達ではない……か」


 そして、今度は二人へのインタビューに移る。


「アーロン選手、此度の一戦を捧げたい方はいらっしゃいますか?」

「モチロン、祖国と親愛なる大統領へ。クオンの王座は数多の戦士の悲願でしょうから」

「それではチャンピオンも一言」


 クオンは一呼吸置いてから口を開く。


「私が勝つ。誰が相手でも私の勝利を家族に誓おう」

「それは、一族へと言う事で?」

「いや……妻、息子、娘にです」






「照れるわね」

「照れるなぁ」

「父さん、凄くカッコいいよ」

「……録画をするな」


 昼間にあった天月久遠とアーロン・ウラノフのインタビューは夕方のお茶の間に放送された。


「でも、アーロンって言えばロシアの英雄だぜ? 本当に勝てるの?」

「彼の試合は全部眼を通した。試合は一週間後だが油断はできない」

「それ、毎回言ってるよね」

「今まで戦った者達で楽だった相手は一人もいない」


 戦いにおいて油断の二文字はクオンから最も遠い言葉である。

 ボクシングは僅かな綻びから一瞬で敗北する競技であり、どれだけ万全に備えていてもラッキーパンチは存在する。

 クオンの戦いはソレを限りなくゼロにするアウトスタイル。

 故に勝負の大半が判定勝ち。KO勝ちは5試合程しかなかった。


「怪我だけは気をつけてね、アナタ」

「無傷は流石に難しい」


 毎度の夫婦のやりとりに、


「また惚気てるよ」


 とケンシは呆れ、


「なるほど、握力で牽制しあってるのか」


 アカネは握手の際に力が入ってる様を見逃さなかった。






 夜は平等に訪れる。

 そして、これは……四季彩市でも深い闇の中の出来事――


「来たな」


 クロトが待っていたのは、“赤い眼”を持つ厄ネタ。


「あああよよようやややくくく」


 『レッドアイ』だった。

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