第7話 アカネ無双

「うお!?」


 それは男子に混ざった一人の女子生徒の無双であった。


「そっち、カバーに入れ! 天月にボールを渡すな!」


 男子対女子の戦いは一人の選手プレイヤーに注目が集まる。


 きっかけは男子バスケ部と女子バスケ部の長く続く因縁。

 とは言っても根が深いモノではなく、三年生である両主将の因縁がそのまま尾を引いている感じだった。


 事は数分前。体育の授業が始まった時に遡る。






 四季彩高校の体育の授業は基本的に身体を自由に動かす時間だった。

 その為、授業時間は学年クラス関係なく合同で行われ、始まりと終わりの点呼時に居れば特に注意はされない。

 各々で道具を取り出して簡単なスポーツをしたり、日影で喋ったり、他のスポーツを観戦したりしている。


「よし……」


 コウは登校時に気になっていた敷地内の草むしりを行うと決めていた。


「待ってたよ、橘君」


 糸目の用務員のおじさんは軍手をコウに手渡す。

 アカネはモネと一緒にボロボロの羽根でバトミントンをしていた。






 体育で体育館を使うのはヒエラルキーの頂点である三年生の特権である。


「おいおい、点差ハンデやっても何度も勝てないのに、今さら噛みついてくるなよ」


 そう挑発する男子バスケ主将に、


「スロースターターなあんたらは点差がないと火がつかないんでしょ?」


 と主張する女子バスケ主将。

 互いに火花が散っている。

 いつもの光景であると、二年生は見慣れた様子だが一年生は、なんだ? なんだ? と集まってくる。

 ちなみに、コウは根の深い草を引き抜く為に全力を出している頃だった。


「で? 時間がねーから、何が言いたいのかさっさとしてくれねーか?」

「私たちが勝ったらあんたたち、三年男子は残り一年の体育は外よ」


 体育館は空調設備が整っている。

 夏は冷房、冬は暖房と、身体を動かすには快適な環境だ。


「最期だから、私たちは時間が惜しいのよ。だから体育でも練習したいの」

「それはこっちも同じだ」


 三年生は男女共に最期の大会。少しでも練習する時間を欲しいのは両者ともだった。


「じゃあさっさと始めるか。時間もねぇしな」


 言い合っていた事で授業時間は半分を切っている。


点差ハンデは20点やるよ。それで、もう最後にしようや」


 男子としても女子と合法的に接近できるからと、若干の下心があったため、この対立を続けてきた。

 しかし、最後の大会も始まる。真剣に勝ちに行く事を決断する。


点差ハンデは要らないわ」

「は?」

「その代わり、一人助っ人を入れる」


 と、女子バスケの主将は校庭でモネとネットの無いバトミントンをしていた、アカネヘ声をかけたのだった。


 最初は断ったが、熱心な三年生とモネにも説得されて、アカネは今だけ助っ人として女子バスケ陣営に加わった。


 男子バスケの面々はアカネの事は知っていたが、所詮は女子だろ? と特に抗議もなく試合が始まる。






 電光石火。

 気がつくと点が入っている。

 アカネがボールを持つと、それだけで点が動くのだ。


「数ヶ月前まで中学だったヤツの動きかよ?!」


 男子の代表選手は全員がスタメンではないものの、レギュラーは三人も入っている。

 女子も同条件であるが、アカネの実力は高校生でも頭三つも抜けていた。


「先輩!」


 アカネがパスルートを見て女子主将へ声を向ける。

 すかさず、敵がルートを塞ぐがその行動をしている間に、アカネはボールを放っていた。

 パスっと気味の良い音を立ててゴールポストをボールが抜け、点数が入る。


「おい。今の溜めがなかったぞ!」


 判断力の高さと駆け引きの上手さもそうだが、アカネ当人の持つ“天月”としての身体能力は想定を遥かに越えていた。


「全てをきちんと駆動すれば、誰でもできますよ、先輩」


 質問にアカネは答えながらポジションに戻る。


「――強豪と当たった時よりも手強いじゃねーか」


 ソレを大会が始まる前に知ることが出来て良かったと、男子主将は笑う。


 勝負は女子の勝利に終わった。

 MVPは言うまでもなくアカネであり女子チームはお礼に、と何か奢る、と提案してきた。


「それでは――」


 結果として、体育館は男子と女子で交互に使うことが決まった。

 奇数月は女子が偶数月は男子と言う形だ。無論、女子が勝ったので使用頻度はそちらの方が多い。


「女神かよ。他の女子とは格が違うわ」


 アカネの提案に対してそう返した男子主将は他の女子からボコられていた。

 アカネはバスケ部への入部を強く懇願されたが、それはきちんと断り、体育館を巡る三年の争いは終息となる。


「くっ……こいつ……! 花壇の石の隙間に! 根を!」

「橘君、これを使いたまえ!」


 体育館が盛り上がっている最中、コウは用務員のおじさんと、草むしりに苦戦していた。






「単純だろ? この街だけの話じゃない」


 四季彩市の中央にある高層ビルの密集地。その中のビルの一つに彼は乗り込んだ。

 そこは半年前に海外の大企業が丸々買い取った事で話題となり、数日ニュースになった程。

 しかし、その裏ではビルに入っている数多の企業が押し退けられ、また倒産し、下部組織として吸収されたと言う事情がある。


「君の話は聞いているよ。Mr.クロトー」


 最上階のオフィスのデスクに座っている、ビルの所有者――アシモフはロシア人の男だった。


「奇遇だなオレもあんたらの事は良く知ってる」

「よくもまぁ、暴れたモノだな」


 クロトはアポ無しで乗り込み、強引に階段を上がって最上階まで来た。

 その際に数えきれない程の暴力に襲われたが、その全てを無力化して、ここにいる。


「シルベスター・ボイルド」


 その名前を口にするクロトにアシモフは神妙な顔つきになった。


「あんた達のボスだろ? ロシアンマフィア『カラシコフ』」

「ほう。なら、私の問いにも答えてくれるかな?」

「まぁ、順番な。まずはオレから」


 クロトは来客用の革ソファーに主のように座ったまま本件を語る。


「引き上げてくれ」

「漠然とし過ぎている。意図を明確にしてくれたまえ」

「この街から引き上げろ」

「無理な相談だ」


 切り捨てる様にアシモフは断言する。


「この街は日本全国で生まれた“負の感情”の終着点であり、汚水の沈殿地帯だ」

「それで?」

「混沌って事だよ、ロシアの旦那」


 クロトは笑いながら火の着いていない煙草を咥える。


「古くから根を張ってる奴らは立ち回りを心得てるが……外からの新参はそうも行かない」

「それは君の所が市場を握っているからだろう?」


 クロトが抱える組織『ファミリー』は、四季彩市の裏で多くの市場を管理している。


「オレは整えてるだけだ。今の街は一杯一杯でね。そこに別の毒を流されたらたまったもんじゃない」

「『カラシコフ』が毒だと?」

「いや、毒は“禁止事項タブー”のことさ」


 タブー? とアシモフは聞く。


「銃、麻薬、身元売買。一応は日本なんでな、そっちじゃ常識でも、こっちじゃダメなんだよ」

「ならば、君の市場を幾つか譲りたまえ。それで全て丸く収まる」

「いや、もう収まらない」

「理由は?」

「オレが出てきたからだ」


 クロトは不適に笑う。それが虚勢かどうか……アシモフは図りかねる事は今後の地盤に関わると認識する。


「君はこの街の“王”を気取るつもりか?」

「アッハッハッ。それも良いな。だが、そんな単純じゃないんだよ」

「いいや、単純な事だ。要するに意を通す“我”を持っているかどうか、という事だろう?」

「おお? ふむう、確かに……それはその通りだ」


 アシモフは少し毒気を抜かれた。

 説き伏せる為に来たのかと思いきや、こちらの意見に納得する姿勢も見せる。

 夜行黒斗。少し過剰評価だった……か?


「なら、ごちゃごちゃ舌戦するより簡単シンプルに行かないか?」

「双方の相違を正す為にか?」

「ああ」


 と、クロトは立ち上がる。


「各自で代表者を一人決めて戦り合うぜ。負った方は無条件で勝った方の条件をのむ」

「それは、君の方が有利ではないかな?」

「そう思うなら一部の条件を譲歩しても良い。ただし、代表者一名と勝利側の条件は確定だ」


 アシモフは少し考えて条件を付け加える。


「約束を反故しない事を証明する立会人を各々で用意する」

「いいぜ」

「場所はこのビルの地下駐車場」

「いいよ」

「勝敗は我々のどちらかが負けを認めたら、だ」

「OK」

「そして、勝負の日取りは今夜だ」


 その条件にクロトは笑い、手を差し出した。


「こっちは全部問題ない。後腐れ無しで行こうぜ」


 アシモフも了承するようにクロトと握手に応じる。

 何故ならアシモフには絶対的な勝算があったからだ。

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