第6話 ボーナス
警察署から解放されたクロトは、伸びをしながら半年ぶりの街へ出ていく。
その様子を窓から見ている『特殊捜査課』の課長は無表情だった。
「夜行黒斗の釈放。思いきった提案をしましたね」
「今、奴を拘束するのは得策じゃない。緋野さんは良い刑事だが、優秀すぎるな」
そもそも、クロトを捕まえる事さえも困難を極める事案であるのだ。
特殊捜査課でも段階を踏む必要のある事柄を緋野は単身でやってのけた事には驚きを隠せない。
「夜行黒斗に監視は?」
「いらん。意味はない」
その内、再び交わることになるだろう。“厄ネタ”を追って行けば――
「今は『鈴虫』『人形師』『レッドアイ』が優先だ」
それは、現在四季彩市にいると推定される“厄ネタ”たち。
「特に『レッドアイ』は情報が少ない。各自でそれとなく収集を頼む」
彼女は隣の席に座る彼の事を何も知らない。
だからなのか、彼も彼女の事はあまり関心が無い様だった。
「橘。左手に何かついてるぞ」
朝礼が終わって最初の授業が始まる僅かな間。教科書やノートを取り出しながら、アカネはさりげなくその言葉を口にする。
「――何もついてないけど?」
そう言ってコウは左手を見るとアカネへ向けた。
「――ああ、勘違いだったみたいだ」
その手は怪我どころか傷一つ見当たらなかった。
昨日の夜に遭遇したアレは……彼ではないと確信し胸を撫で下ろす。
「どうかした?」
「いや、何でもない」
そして、いつも通りに授業が始まる。
「……そうか。やっぱり」
コウは誰にも聞こえない様に静かに呟いた。
「よっす」
クロトが街の外れにある港街の倉庫へ姿を見せると、作業員の者たちは絶句した。
「く、クロさん? いつ釈放されたんですか?」
「今日だよ、今日。んでこの荷物はなんだ?」
そこには積まれた木箱の数々。フォークリフトで更に運ばれてくる。
「ふーん」
クロトは箱の一つに近づくと、素手で鍵を破壊して中を見る。
中は、干物系の食品であるがどれも高級な品々だ。その内の一つを手に取る。
「まぁ、いいけどよ。羽島はいるか?」
「い、今呼んできます」
対応していた作業員は事務所にいる倉庫の責任者にクロトの事を知らせに行った。
「お前ら休憩していいぞ!」
手を叩きながらクロトは他の作業員たちにその旨を告げる。
別にクロトはこの現場の責任者ではないのだが、この後に起こることを考えると外野は居ない方が良いのだ。
手頃な木箱に寄りかかり、煙草に火をつける。
「ヘイ」
すると、クロトを取り囲む様に三人の外国人が現れる。全員が屈強な大男でクロトを見下ろしている。
「悪いが煙草はやれねーよ。半年も禁煙だったんでな」
「部外者は出てイケヨ」
「我々はボディガードデス」
「ボーナスゥ! ボーナスゥ!」
子供なら握力だけで殺せそうな三人の外国人を見てクロトは笑う。
「羽振り良さそうだな、お前ら。貯金の消費に貢献してやるよ」
「クロトさんが来ただと?」
彼が釈放された事は知っていた。しかし、真っ直ぐここに来るとは。
「今、マイケル、エサック、ジョンが相手をしてますが」
「……俺が話をする」
彼らはクロトが捕まっている間だけ雇った用心棒であり、何度か役に立ったのでボーナスを弾んだが、それが裏目に出たようだ。
羽島は事務所から出ると倉庫にいるクロトの元へ。
「タ、タスケテェ!」
そこには四肢の内、残った片腕で這いずる筋骨隆々の男と、
「うぅ……」
手足の間接を外されて呻く男と、
「うぐぐぅ……」
木箱の上に座るクロトに片腕で掴み上げられている男が居た。
「よう、羽島。ここはいつからグローバルになったんだ?」
外国人三人の暴力は単純な殴り合いなら、相手が武器を持っていても容易くミンチに出来るだろう。
その相手が夜行黒斗でなければ。
「ボス! タスケテヨ!」
「ボス、助けてやれ」
けらけらとクロトは悪ノリする。羽島は一度嘆息を吐き、
「救急車呼んでやれ」
「は、はい!」
初めてクロトの暴力を目の当たりにした作業員は慌ててスマホを取り出した。
「傷害事件ですよ」
「正当防衛だ。だよな、ナイスガイたち」
掴み上げていた一人を放し、クロトは外国人三人が必死に頷くのを見て笑う。
「今度はもっと理解出来るヤツを雇えよ」
「そうしたいのも山々なんですが、生半可 じゃ外国と取引出来ませんからね」
この倉庫は海外との取引を主にしている。日本人と言う理由だけで嘗められる事も多々あった。
「一番にここに来た理由は?」
「ん? ああ……なんだっけかな。ド忘れしたわ」
相変わらずクロトは笑う。いや、彼は常に笑っている。笑顔以外の表情を羽島は見たことがない。
「思い出した。羽島、お前“
それはクロトの掲げる、仕事をする上での心得だ。
禁止項目に当たる行為は三つ。
薬物を取り扱わない。
銃を仕入れない。
身元がはっきりしない者には関わらない。
「“薬”と“銃”を
四季彩市における裏の世界。
そこに存在するクモの巣の様な組織『ファミリー』は、あらゆる事業に根を張っている。
そして、それらの中心となるのが夜行黒斗であるのだ。
「知りませんよ」
「本当か?」
「貴方の前では嘘はつけません」
クロトは、ふむ、と煙草をくわえて少し考える。すると羽島が情報を提供した。
「クロトさんが勾留されてる間にロシアンマフィアが割り込んで来ました。支部を作る際に少し周りと揉めた様です」
「マジか。じゃあ、そっちだな」
救急車のサイレンが聞こえてクロトは木箱から降りる。
「クロトさん。乗り込むんですか?」
「真相を確かめる。街に余計な毒を流されても困るしな」
「桐生とレナに声をかけましょうか?」
「いんや。お前らは平常運転でいいぞ。今夜中にカタをつける」
そう言って歩いていくクロトに、相変わらず人を隣に歩かせる事を嫌う人だ、と羽島は思っていると、ある事を思い出した。
「あ、クロトさん。ミドリさんが戻ったら連絡しろって言ってましたよ」
「ミドリが?」
「はい、何でもツケを払えって」
「……羽島」
「はい」
「代わりに払っといて」
そう言ってクロトは走って逃げて行った。
「全く……金なんで溢れるほど持ってる癖になんでああだかなぁ」
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