第5話 部活か! 恋愛!

「署長」


 緋野はノックもせずに署長室の扉を開けた。

 本来なら注意では済まされない程の横暴だが、そろそろ来ると思っていた署長は特に気にしていない。


「夜行黒斗への面会許可を下さい」

「駄目だ」

「納得出来る理由があるのですか?」


 今にも噛みつきそうな緋野に対し署長は冷静に対応する。


「君の行動が早すぎるからだよ、緋野君」


 署長は緋野が優秀すぎるが故に、こちらの体勢が整っていないと告げる。


「夜行黒斗は“厄ネタ”でも一級の中心人物だ。本来なら『特殊捜査課』の監視下に入る、ハズだった」


 本来なら四季彩警察署にある“厄ネタ”を専門に対処する『特殊捜査課』が『ブラック』を確保する予定だった。


「前から夜行黒斗が一部の“厄ネタ”と関係がある事は掴んでいた」

「なぜ、話してくれなかったのですか!」

「その前に君が夜行黒斗を確保してしまったからだ」


 『特殊捜査課』は夜行黒斗にはあえて手を出さなかった。奴を捕らえるのは最後。それまでにタガが外れる“厄ネタ”を抑えなければ混乱が起こると解っていたからだ。


「我々は警察だ。緋野君、市民を危険にさらす事は何よりも避けなければならない。君の娘さんの事は私も知っている」

「……それとこれとは――」

「絶対にないと言い切れるかね?」


 署長の言葉に緋野はそれ以上口には出せなかった。


「夜行黒斗は釈放する」

「! 署長!」

「これは決定事項だ!」


 半年前から街の治安は悪くなっている。

 市民には悟られない様な水面下での動きだが、それが『レッドアイ』の件で浮上してきたのだ。

 現に今夜の事件の一つに、銃の存在が露になっている。

 もし、夜行黒斗の確保が原因であるのなら、それは全てヤツの思い通りの――


「……失礼します」


 緋野は歯を食い縛ると、どうしようもないと自覚しつつ署長室を後にした。






 時は少し遡り、夜の線路沿い。

 アカネは電車の通り抜けている間、その眼と向かい合ってしまった。


『レッドアイ』


 その“赤い眼”を見た者は、向けられる“怒り”に精神を破壊される。

 そして、その後にぶつけられる常識外の暴力によって人間としての機能さえも失うのだ。


「――――」


 しかし、アカネが動かなかったのは別の理由からだった。

 ナイフを持つ『レッドアイ』の血が滴る。その“赤い眼”は――


“おはよう、委員長”


「……橘?」

「……」


 すると、『レッドアイ』は壊れた背後の金網から電車の通過する線路へバックステップで後退する。そのまま、後ろ手で車両を掴み電車と共に流れて行った。


「!? な?!」


 自殺にも等しい行為を目の当たりにしアカネは思わず金網へ駆け寄るが、電車は遥か先へと走り去って行った。






 朝は夜と同じで皆、平等に来る。

 アカネはアラームが鳴る前に目を覚ますと、全ての目覚ましを切った。

 部屋を出ると母が食事を作る音と匂い。

 いつもと同じ朝。そして、学校でも――


「そうであってほしい……」


 何かの間違いであって――


「……」


 食事を終えて着替えると兄が自室から出てきた。


「おはよさん」

「おはよう」

「……お前も女子高校生か。青春しろよ」


 おちゃらける兄は父と母と同じでアカネの味方だった。

 いつものソレに背中を押されてアカネは靴を履いてドアに手を掛ける。


「行ってきます」

「おう」


 妹を見送ったケンシは軽く頭を掻きながらリビングへ向かう。


「入学早々、告白の一つでもされたか」


 昨晩から何か悩み事を抱えているアカネの様子には家族も気づいていた。






「おはよう、委員長」


 教室に入るといつものように他のクラスメイトからは挨拶を受ける。

 そして、アカネもいつも通りに返す。

 変わらない日常であるが、本命の彼はまだ登校していなかった。


「天月さん、ちょっといい?」

「はい」


 担任教師に呼ばれて席を立つ。


「昨日運んでもらった資料なんだけど、その中に急ぎで使う資料が混ざったみたいなの。資料室のどこに置いたか教えてくれない?」

「わかりました」


 そのまま、担任教師と一緒に資料室へ向かう際、視界の端にコウがクラスに入るのが見えた。


「あ……」

「どうかした?」


 咄嗟に眼で追ってしまったが、今の優先事項は変わっている。

 アカネは、何でもありません、とコウの事は少し置くことにした。






 資料の問題が解決し、教室に戻ったアカネは席についているコウへ話しかける。


「橘、おはよう」


 出来るだけ、いつもの感じで。すると、


「おはよう、委員長」


 いつもと変わらない挨拶が返ってきてアカネは少し安心した。しかし、本命は手の傷だ。

 あの時、アレは左手にナイフを握りしめて血を流していたのだ。

 今、彼の左手は死角にあるため、その有無はわからない。それを確認しない限りは――


「橘――」


 左手に何かついてるぞ、と言おうとした所で、


「アカネ、おはよ!」


 背後から覆い被さる様に女子生徒がのしかかって来た。

 彼女はアカネと中学からの付き合いである蒼井百音あおいもね

 男女問わずに既にクラス全員と顔見知りであり、そのネットワークは他のクラスにまで侵食している。


「モネ……重い」

「やや! 天下のアカネ様がバスケを辞めてから体幹弱くなった?」

「いや……そう言うのは関係ないと思う」


 中学の頃から孤立が多かったアカネにとってモネは数少ない親友だった。

 モネはアカネの前に移動するとしゃがんで机に寄りかかる様に首だけになって親友を見上げて叫ぶ。


「高校生活は大きく分けて二つ……部活か! 恋愛! アカネ、二つともあんたに足りてないモノなのさ!」

「私だって別に興味が無い訳じゃない」


 その言葉に運動部の女子と一部の男子が耳を向ける。


「じゃあサイコロ振って決めよう。偶数が出たら部活、奇数が出たら彼氏で」

「そんなに単純に決めるものじゃないだろ。て言うかそっちは?」


 親友の変わらない様子に呆れたアカネは嘆息を吐く。


「あたしは新聞部に入ったよ。色々と闇がありそうだからね、この学校は」


 ふふふ、と意味深な笑みを浮かべるモネ。

 彼女はじっとしている事が苦手らしく、とにかく動き回って居ることが多かった。

 中学の頃、部活を辞めようか悩んでいたアカネが三年間やり通せたのはモネの性格に助けて貰ってた所も大きい。


「じゃあ、サイコロ振るよ」

「待て、私は納得していないぞ」

「大丈夫、こういうのは勢いだって!」

「おい」

「皆、席に着いてー」


 そこへ担任教師が入ってくる。


「蒼井さんは自分のクラスに戻りなさい」


 既に他クラスの教師にまで名前を知られているモネは、時間切れか……と強者の様に呟く。


「アカネ……このサイコロはあげるわ。自分の運命は自分で決めるのよ!」

「いいから、クラスに帰れ」

「おーほほほ」


 キャラが定まらないモネは、お騒がせしました、と一礼してクラスを後にした。


「委員長、号令を」

「起立、礼」


 そして、いつも通りの1日が始まる。


「…………あ」


 モネの襲来でコウの件が頭から抜け落ちていた。

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