第9話 お前はおすわり
全部燃えて……火が……視界と思考を焼き尽くす……火が――
「消えええなななないいぃぃ!!」
それは街の外れにある寂れた廃工場。
現れた『レッドアイ』は煙草に火をつけるクロトへ襲いかかる。
「よし、来い」
『レッドアイ』がクロトへ殴りかかる。
鉄の扉など容易くひしゃげる威力は人間が受ければ只では済まない。
「ふはは」
しかし、クロトはパシッ、と掌でその拳を受け止めると、ニッと笑う。
「ああああ!!」
『レッドアイ』は残った手でクロトの首を狙って掴みかかる。
それに合わせてクロトも『レッドアイ』の手を掴んだ。
互いに掌を握り合う握力勝負。
『レッドアイ』の握力に肉や骨は紙細工と変わらない。薔薇のようにクロトの手は握り潰される――
「あああ!?」
ハズだった。
『レッドアイ』は力負けしたように、クロトの膂力に制圧され膝を突かされる。
「少しは上がってるな」
クロトが笑う。
メキメキと肉と骨が軋む音が聞こえるも、『レッドアイ』が少しずつ膝立ちから起き上がる。
「お?」
そして、横の鉄骨にクロトを叩きつけた。
針金のように曲がる鉄骨。更に『レッドアイ』の飛び膝蹴りがクロトの顔面に叩き込まれ鉄骨は二度歪む。
「ハハハ。煙草を落としちまったよ」
久しぶりに鼻血を流したクロトは、『レッドアイ』を高々と蹴り上げた。
「?!!」
クロトの反撃に『レッドアイ』は手を離し、天井付近の鉄骨まで叩きつけられる。口から吐血し、ダメージも深い。
落下が始まる前に『レッドアイ』は鉄骨を掴む。すると、カンカンカン、と鉄を渡る音が聞こえ――
「まだか?」
クロトが眼前に居た。そして、宙吊りの『レッドアイ』を蹴り飛ばす。
「あぐぐぐぐうううう!!」
吹き飛ぶ最中、『レッドアイ』は強引に横の鉄骨を掴み停止。その上に乗り上げる。
クロトも鉄骨を掴みその上へ。
直線的に二人は相対する。平均台のように狭い足場にも関わらず互いに高速で距離を詰める。
「フ……ハッハッハ!!」
「あああああ!!!」
歓喜の声と憤怒の声が狂った様に混ざる混沌の空間。
誰にも理解できない感情は彼らだけが理解者だった。
クロトは『レッドアイ』の拳を横に身を投げる様に倒れて避ける。
すかさず追撃に入る『レッドアイ』だが、倒れながら放たれた死角からのクロトの蹴りには反応できなかった。
「か……」
後頭部を蹴られ、一瞬意識が飛ぶ。
クロトは鉄骨を掴み、鉄棒の様に回ると、その勢いで『レッドアイ』を蹴り落とした。
落下が始まるも『レッドアイ』は鉄骨を掴もうと手を伸ばす。しかし、クロトはその手を蹴り弾いた。
「良い目覚めを」
何も出来ず落下していく『レッドアイ』をクロトは鉄骨に座って見下ろす。
『レッドアイ』は地面に激突し動かなくなった。
目を覚ます。
それは朝起きると見慣れた自分の部屋。
ではなく、廃工場の高い天井だった。
「あ……っと――」
起き上がると身体の節々が軋む。痛みは無いが気だるい感じだ。
「気分はどうだ?」
傍らで一服しているクロトは目を覚ました彼に声をかける。
「……火は消えました」
「眼はまだ赤いけどな」
クロトはスマホで彼の顔を撮り、見せてやった。
「うわ……本当だ……」
「まぁ、余韻みたいなもんだ。これ握ってみ?」
適当な鉄片をクロトは彼に渡す。すると、リサイクル使用のペットボトルの様に容易くひしゃげた。
「戻ってない。前はすぐに終わったのに……」
「朝になる頃には完全に収まるだろうよ。今回は溜め込んだ時期が永かったからな」
クロトは天井を指差すと『レッドアイ』との戦闘跡が残っていた。
「あんなに高いところまで……どうやって?」
「蹴り上げた」
「無茶苦茶ですね」
久しぶりに鼻血でたよ、とクロトは楽しそうに笑う。
「次はオレの頼み聞いてくれるか? コウ」
「その約束ですから」
『レッドアイ』――橘紅希はクロトの手を取り立ち上がる。
「それで、僕は何をすれば?」
「んー、決闘」
高層ビルの地下駐車場。
そこには既に二つの組織が入っていた。
一つはビルの主であるロシアンマフィア『カラシコフ』。
もう一つは四季彩市最大勢力『ファミリー』である。
「チッチッチッ」
『カラシコフ』を見て不機嫌そうに舌を鳴らすのは小柄で片眼に眼帯を着けた女だった。
「桐生、挑発するな」
「うるせぇ」
敵対組織に対して敵意むき出しの彼女は、諌める者が誰も居なければ噛みつく事に躊躇の無い狼のような女である。
「なんで代表がアタシじゃねぇんだよ。秒で皆殺しに出来るってのによ」
「クロトさんの指示だ。文句があるならあの人に直談判しろ」
既に『カラシコフ』側には代表者が来ている。ローブを着て顔を隠しているが、相当な実力者であることは距離を置いても分かる。
「羽島さん、カメラ設置しました」
「スイッチをつけろ」
そして、羽島は『大堂組』に連絡を入れる。
「こちらはスイッチを着けました。問題なく映っていますか?」
『ああ問題ねぇ。ロシアの奴らもバッチリだ』
組長からの確認を終えた頃には、あちらも準備は出来たようだ。
「クロトさんは来たか?」
「いえ……まだです」
仲間の一人に本命が来てない事を再確認する。
「時間にルーズなヒトじゃないんだけどな」
「アイツはドタキャンの王だぞ、羽島。来なかったらアタシが戦る」
「今回は無いと信じたいがな」
すると、羽島のスマホに連絡が入る。
『捉えたよ。いつでも撃てる』
「まて、レナ。ややこしくなるから絶対に撃つな」
『大丈夫、一発で仕留める』
「だから止めろっての!」
「羽島ァ! もうやっこさん待てねぇってよ! アタシが潰してくる」
「待て待て待て! 全員勝手なことすんな!」
一癖も二癖もある面子。これを笑いながらまとめ上げるクロトのカリスマは本物だ。
「桐生、欲求不満ならオレが朝まで相手してやるぞ?」
と、その場に本命のクロトが現れた。
彼の後ろにはフードを被って顔を隠した青年が着いてきている。
「羽島、貸せ」
羽島はレナと繋がっている自分のスマホを投げて渡した。
「レナ」
『撃つよ』
「良いぞ。オレが合図したら撃て。それまで待機な」
『わかった』
合図など出す気の無いクロトは羽島にスマホを投げて返す。
そして『カラシコフ』の代表者を見た。
「強いな。多分」
「クロトさんなら問題無いでしょう?」
羽島の言葉にクロトは、んー、と煙草を一度吸う。
「戦るのはオレじゃない」
「はい?」
「フェアじゃないし、向こうも納得しない」
「いやいや、代表者に条件はなかったハズですよね?」
「この場の面子じゃねぇよ、羽島。あのカメラの向こうさんだ」
勝負の証人として『カラシコフ』が立てるのは十中八九、組織の頭だろう。
「この街がどんだけヤバイのか知ってもらわねぇとな。じゃないと、後続がどんどんくる」
クロトはどこまで考えているのか、羽島は既について行けない。
しかし、彼の行動は結果的には自分達の利となる事を前提に動いている。
「じゃあ戦るのは誰ですか?」
「アタシだろ」
「お前はおすわり」
立ち上がろうとした桐生をクロトは力で押さえつける。
止めろコラ! ぶっ殺すぞ! テメェ!!
と、キレ散らかす桐生とじゃれながらクロトは、
「行ってこい」
そう言って後ろに着いてきていた青年に行くように告げる。
「クロトさん」
「んだ?」
「彼は何者ですか?」
クロトが連れてきた人選だ。彼の代わりになる者だと思うが。
「『レッドアイ』」
その言葉にクロトを除く、『ファミリー』一同は驚きに目を見開いた。
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