第2話 黒光り

 四季彩市は不完全な街だった。

 四つの市町村を当時の市長による強引な区画整理によって出来上がった歪な街――それが四季彩市である。


 歪には歪が集まるのか、全国に名を轟かす犯罪者の事件は大半が四季彩市が始まりだった。

 特に眼を引いたのは“厄ネタ”と呼ばれる異常犯罪者たちである。

 奇々怪々な事件を引き起こす“厄ネタ”に対して警視庁は四季彩市に特別な捜査課を設けることで対応した。

 表沙汰にするには血生臭い事件の数々。

 しかし、警察は“厄ネタ”の一人『ブラック』の確保に成功する。






「悪いなとっつあん、オレは知らねぇよ」


 白髪の増え始めた初老の刑事は牢屋の前でその主と向き合っていた。


「おい、あんまり警察を嘗めんなよ、クロト」

「別に嘗めてねーっす。オレは半年前に捕まったのに、なんで外の犯行なんて出来るんですか?」


 暗闇から嬉々とした声が刑事の神経を逆撫でする。


「お前は他の“厄ネタ”と繋がっている。今回の件も何か知ってるんだろ?」


 刑事は薬物中毒者五人が病院に運ばれた事件を口にした。

 被害者は一人を除き、手足を折られており、酷く怯えて会話にならない。特に赤いモノを見ると異常な程に怯えた。


「『鈴虫』『ジャック』『松明』。その辺りがやったんでしょ」


 それは未だ確保できていない“厄ネタ”達。刑事の睨んだ通りに警察よりも情報を把握しているようだ。


「奴らとは手口が違う。それに今回は全員、生きてる・・・・

「そいつは運がないな」


 ケラケラと暗闇でも口を開けて笑っているのが解る。


「おい、お前は知ってるんだろ? この件の犯人を」

「『レッドアイ』」


 嬉しそうな口調と共に彼は格子の前まで歩いてくる。


「あるとすればソイツですよ。生きてる奴は一生怯えるしない。何せ只の赤色に怯える程の恐怖を植え付けられたんですから」

「何者だ? そいつは」


 すると、彼は大笑いして格子を掴むと笑顔を光の下に晒す。


警察あんたらが“厄ネタ”と定義するモノに“何者?”は無いだろう? アハハハ」






 夜は平等にやってくる。

 良い奴にも悪い奴にも。

 だが、この街では圧倒的に悪い奴の方が多かった。


「助けてくれぇ!!」

「おいおい、逃げんなよ!」


 それは、端の下で寝泊まりするホームレスを狩る過激系の動画投稿グループだった。


「やっほーみんな。今日は街の掃除をするよ♪ 最近は警察や暴力団にちょっかいかけてたけど、そろそろ次のステップに行こうかなってさ」


 録画しているスマホに向かって、犬のマスクを被った一人が楽しそうに手を振る。


「今、我らが同士が橋の下で寝泊まりしてるホームレスに凸してる所。一応、バットは持参ね。ほら、ホームレスって何してくるかわからないからさ。自己防衛、自己防衛♪」


 と、カメラは橋の下へ移動する。

 そこには、三人の若者が豚、牛、狼、のマスクを着けてホームレスを追い詰めていた。


「やっべー、超くせー」

「お前、同じ人類かよ」

「悪臭は元を絶つのが基本!」


 武器を持ち、人数的にも優位な彼らに取っては遊び感覚の物事。


「まぁ、さっさと消臭して次に行こう」

「ひぃ!」


 と、ホームレスは隙をついて逃げ出した。しかし、一人がその背中を力の限り蹴り飛ばす。


「がふぅ!?」


 バランスを崩し、ホームレスは転ぶが背中に受けた蹴りによるダメージの方が大きい。


「うは、蹴り一発かよ。バット使おうぜ」

「おーい、動画映えしないから、早く逃げろって」

「て言うか、臭すぎんだろ。マスクの中臭いがこもるわぁ」


 ホームレスは必死に這いずってでも若者達から逃げる。


「あんまり良い感じじゃねぇな。くせぇし。適当に女でも捕まえてレ○プするか?」

「最初からそれにしとこうぜ」

「R18タグがいるな」

「とりあえず、狩りはシメな」


 カラカラと、バットを引きずりながら恐怖を演出する若者たちは事を終わらせるためにホームレスへ近づく。

 その時、だった。


「あん?」


 ホームレスの逃げた方にいつの間にか人影が立っていた。

 その眼は闇の中でも識別出来る程に赤く、若者達を見据えている。






 アカネは自宅の玄関にてジャージ姿で座り、運動靴の紐を結んでいた。

 日課のジョギングは毎日欠かさずにやっている。髪は後ろで一本に結び、日も大分落ちたので事故防止の反射板も肩から下げる。


「アカネ」

「なに?」


 立ち上がって爪先を軽く突いて靴の様子を確認しているアカネは母に呼ばれて振り返る。


「最近は物騒だから、あまり人通りの少ない所は避けるのよ」

「大丈夫だよ、お母さん。私に追いつけるのは兄さんくらいだから」

「何かあったらすぐに連絡するのよ? 携帯のGPSは常につけて――――」

「わかってるって。行ってくるよ」


 玄関の戸を開け、フードを被るとアカネは街灯に沿っていつものコースを走り始める。






「おいおい、ハロウィンはまだ先だぞ?」


 橋の下は、月明かりの角度から現れた第三者の存在は闇に紛れている。

 ただ、赤い眼だけが宙に浮き、若者達を見ているようだった。


「中二くせぇ、カラコンだな」

「ボールが2個に増えちまったよ」

「動画、撮っとけよー」

「了解ー」


 その時、パン! と渇いた音が橋の下で響いた。

 クラッカーを鳴らした様な音。一瞬だけ闇を照らした閃光と鼻につく硝煙の臭い。

 若者の一人は銃を握っていた。


「キタァ! たっくんのハンドガン!」

弾丸タマ買ったんか!」

「モデルガンの比じゃないくらい本物ですよ!」


 その銃声は映画のような派手さはない。

 しかし、それ故に映画のようなご都合主義もない“理不尽な死”を指先一つで現実にする力を持つ。


「昨日、卸したばかりのピカピカ一年生です。見ろよ、この素晴らしい黒光り、うっとりしちまうわ」


 銃口は闇に浮かぶ“赤い眼”に向けられる。


「世の中、国際的なのよね。金さえあれば何でも出来る時代なのよさ。簡単に稼げる動画サイトに感謝感激よん」


 ホームレスは顔を伏せてガタガタと震えている。


「やべーぜ、この力。マジで何でも出来ちゃうからさ。昨日も試しに歩いてる女を捕まえてヤッたけどさ、これ突きつけるだけでメッチャしまるのな」

「それは初耳ですぞ」

「抜け駆けかよ、たっくん! ずりー」

「うらやましす」

「まぁ、気にすんなよ。この後お前らもエクスタシーの波に乗れっから」


 赤い眼がゆらりと動く。若者達へ歩み寄って行く。引き金に乗せる指に力がかかる。


「それじゃ、殺っちゃうよん!」


 無秩序な暴力。その集大成とも言える銃は余りにも軽い。

 指先一つであらゆるモノを殺す。命を限りなく空虚にする。

 しかし、それは――


「あん?」


 再び射撃。一瞬のフラッシュと無慈悲な弾丸は最初と同じく虚空へと消え去る。

 “赤い眼”は近づいてくる。


「どうした? 今日AIM悪い?」


 人数と武器を持つ彼らにまだ焦りはない。しかし、銃を持つ彼だけはほんの少し、嫌な気配を感じた。


「ちっ! オラァ!」


 連続での射撃。面倒事を全て吹き飛ばす様な連射は、“赤い眼”の接近をコマ送りのように光の中に映し出す。

 そして――


「あ?!」


 銃のスライドが停止した。弾づまりである。

 アクシデントに銃の様子を見ている間、仲間の一人がバットを両手に握り、闇の中の“赤い眼”にフルスイング――

 パキ……


「ギャアアア!?」


 その悲鳴は橋の下で反響する。

 殴りかかった若者の腕が曲がってはならない方向へ向いている。

 痛みを堪えるようにうずくまって折れた腕を支える若者の肩を“赤い眼”は踏み砕いた。


「ギッ?!」


 更なる痛みに悲鳴さえも出ない。


「ややややっとととと――」


 “赤い眼”は歩いてくる。残りの若者達は異様な空気にたじろぐが、ここで銃が復活した。


「俺のターン!」


 間に合った! と意気揚々と若者は銃を向けるが、闇が纏わり付く様に眼前に“赤い眼”があった。


「見つけた」


 それは地獄から吐き出された様な声。そして、向けられる“赤い眼”は――


「あ……」


 思わず硬直してしまう程の“怒り”が宿っていた。

 パキ、と銃を持つ手が砕かれ、銃は近くの闇へ滑って行く。


 無秩序を越える暴力が若者たちへ見舞われる――

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