第1話 雷の生き方
スズメのさえずりは朝日と共に、登校する学生達に唄われる。
彼らが向かうのは都心から外れた場所にあり、去年までは平凡な高校であった。
その平凡な高校――四季彩高校は、バスや電車など一般的な交通機関に面しており、別の区画からも通う生徒も少なくない。
「おはよう」
そんな挨拶を当たり前のように交わす彼らの中を一人の男子生徒は黙々と歩いていた。
眼鏡をかけ、きっちりと鞄を持ち、アクセサリーを欠片もつけていない。持っているスマホもカバーをつけずに素で利用している。
大衆の中にいるその他大勢に簡単に紛れることの出来るほどに彼には特徴がなかった。
彼は誰とも言葉を交わすことなく校舎の門を抜け、すれ違う教員に挨拶を交わすと自分のクラス、自分の席へ荷物を降ろす。
「おはよう、橘」
「おはよう、委員長」
彼――
教師以外では本日初めての挨拶である。
「だいぶ暑くなってきたな」
「そうだね」
アカネは少しでも涼しむために窓へ行く。
天月。
その名前はこの街に留まらず、全国で知れ渡っており、スポーツ、武術界隈で『天月』の名前を知らない者はいない。
一族は産まれながらに優れた身体能力を持ち、オリンピックでは『天月』が日本人選手としてメダルを独占。
武術においても多方面で名を届かせており、その当主である茜の祖父は警視庁の武術指南を請け負う程の傑物である。
無論、茜も類にもれず、スポーツの成績は最高点であり、授業では男子に混ざっても相手にならない程。天月がチームに居れば勝ち、と言わしめるまでの存在であった。
「もうすぐ部活の締め切りだけど、委員長はどこに入るか決めた?」
様々な部活から勧誘があり期待されていた茜であったが、決めかねている様であった。
「いや、私は入る予定はない」
古風な喋り方も彼女の育った環境による影響なのだろう。
その口調と凛とした雰囲気も相まって少し近寄りがたく、クラスで話をしたのはコウが最初だった。そんな事もあり、今では顔を合わせれば話す仲になっている。
「クラス委員長に抜擢されたからには、二足草鞋は良くないからな。委員長を極めた後に考える」
変な方向に真面目なアカネは“天月”の名字を傘にする事もなく、クラスでの関係はそれなりに良い。
「橘は?」
「僕は帰宅部かな」
「帰宅部……そんな部活はあったか?」
「他の人に聞いてみてよ」
端から見れば堅物のようなイメージのアカネであるが実際は少し天然の入っている普通の女子生徒であった。
周りは静かだ。
授業の中、居眠りや、真面目にノートを取る者に、隠れてスマホを触る者など、個人ごとに授業に対する興味度が変わっている。
コウも授業に耳を傾けて、後に必要な箇所をノートに書き留めて行く。
何でだ! おかしいじゃないか!
心で小さく燃える蝋燭のような火と共に血の臭いが思い起こされた。
すぐ後ろに居たのに! なんで! なんで!
「橘、答えられるか?」
教師に当てられてコウは立ち上がると、心で燃え始めたソレを無視するように質問に対しての答えを告げる。
「ふむ、少し違うな。その解釈は――」
結果は60点ほど。隣の席のアカネは、ふむふむ、と真面目にノートを取っていた。
「……今日の少し軽い」
コウは誰にも聞こえない様に呟く。
授業終了のチャイムが鳴る。
放課後。
部活に行く者、校内で駄弁る者、食堂に行く者、帰る者で生徒達は大きく別れる。
そんな中、コウは担任教師に頼まれてアカネと資料を運んでいた。
「これで全部?」
「ああ。助かった」
コウの3倍の量を涼しい顔をして運び終えたアカネに、僕は必要なかったなぁ、と思わせた。
「ふむ」
アカネは資料室の窓から外を見た。薄暗くなる様子から気になったのだ。
ゴロゴロと、空から不穏な様子を知らせてくる。
「早く帰った方がいいな」
彼女がそう言った瞬間、バケツをひっくり返したような雨が降り出した。
「……まいったなぁ」
「傘を忘れたのか?」
「うん」
朝、家を出る時は一日晴れと言われていたが、見事な外れである。
「単なる夕立だ。少ししたら落ち着くだろう」
「それならいいんだけど……」
校庭の部活動の生徒たちは皆が屋根の下に避難しており、止むかどうかを気にしている。
その時、空が光ると轟音が鳴った。
「雷は久しぶりに聞いたな」
雷鳴にコウは一度びくついたが、アカネは特に動じない。
「僕はあまり好きじゃないよ。心臓に悪い……」
「私は好きだよ」
その言葉にコウは思春期ながら、少しだけドキっとした。
「雷は溜めた力を一瞬で全て解放する。私が最も尊敬する現象だよ」
少しだけ浮わついた気持ちがアカネの言葉で冷静になった。
付き合いは短いが、彼女はこう言う女の子だ。
「委員長は刹那的に生きたいの?」
「少しだけ羨ましいんだ」
「雷が?」
「うん。何者にも縛られず止められない。始まりから終わりまで全て自分のモノであるアレを私は心から羨ましく思う」
天月。その家柄に産まれた事で彼女をどれだけ縛っているかはコウにはわからない。
「君は委員長だよ。少なくとも学校では」
その言葉を口にしてからコウは少し恥ずかしくなってアカネから眼をそらす。
「……ああ、そうだな。これは私の稲光だ」
すると雨が上がる。避難していた部活動生徒達は屋根の下から出てくると、ぬかるんだ校庭に四苦八苦していた。
「傘は要らなかったね」
「予報は外れだったがな」
そう言って資料室から二人は出ると、担任に作業終了の報告をして、教室に戻り鞄を取る。
下駄箱で靴を履き替えて門を出た。するとアカネはコウに向き直った。
「橘はゆっくりだな」
そう言って軽く手を振るアカネは、コウとは反対方向に歩いていく。
「……それを理解するには、君とは日が浅すぎるよ」
流石に意味は解らなかったが、去り際の彼女の笑みからして、悪い印象でないとだけは理解できた。
「……でも君の魅力はコレを越えられない」
怒りが他の感情を絡めとって行く。
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