【KAC20229】猫の手、借りてみました。

プル・メープル

猫の手、借りてみました。

 先日、初めて見る店に立ち入ってみたところ、怪しげな店主が忙しくはないかと聞いてきた。

 確かにバイトや大学のレポートは大変だが、猫の手なんて借りても解決することではない。

 そんな冗談を返したところ、店主は何やら小さめのカゴを持ってきた。ペットなんかを入れるやつだ。


『一週間、無料で貸し出しますよ』


 無料と聞いて少し興味が出てきた僕は中を覗き込んでギョッとした。手だ、猫の片腕が入っていたのである。

 なんてものを見せるんだと怒鳴りかけた瞬間、猫の手がモゾモゾと動いてカゴをカリカリと引っかき始めた。

 どうやらこの猫の手は生きているらしい。あまりの非現実的な光景なせいか、思考が逆に冷静になっている。

 おそらく後になってからパニックになるだろうが、今はこちらへ関心を示しているらしい猫の手について話を聞かせてもらった。


 それから数日後、僕は猫の手を存分に借りている。こいつは思ったよりも働き者だ。

 虫が出れば必死に追いかけてくれるし、寝坊しそうになったら肩を叩いてくれる。やかんのお湯が湧いたらスイッチを切ってくれたりもする。

 人間、意外と慣れはすぐに訪れるもので、2日も見ていれば可愛く見えてきた。愛着が湧いてきて、一週間と言わず数ヶ月でも借りたいほどだ。

 しかし、時々思うのだ。この猫の手はどういう生き物なのだろう、と。

 名前の通り猫の手なのだとしたら、手だけで活動が出来るはずがない。となると猫の手にそっくりな別の生き物だろうか。

 そう考え始めると止まらなくなって、約束の一週間最終日に店を訪れた僕は店主に聞いてみた。


「こいつはなんて言う生き物なんですか?」


 僕の質問に店主が答えることはなく、ただただ無言で手招きをして店の奥へと連れていかれる。

 その先に答えがある。そう確信して最後の扉を開いた瞬間、僕は目の前でおすわりしていた猫と目が合った。

 その子には片腕がないが、借りていた猫の手と同じ色模様だとすぐに分かる。あいつは……猫の手は本物の猫から切り離された手だったのだ。


「ところでお客さん」

「……」

「買いますか。猫の手も、片腕なしの猫も」

「…………もちろん、買います」


 猫の手に愛着が湧いていたからだろうか。値段を聞くまでもなく即決だった。

 どうして手だけで動くのか、なぜ切り落とすなんて酷いことをしたのか。それを聞く勇気が出ないまま、僕はカゴに入った猫と猫の手を連れてペットショップへと立ち寄る。

 そこでキャットフードやブラシを買い、猫の手と3年、手無しの猫とは9年共に暮らすのであった。


 それから十数年後、ペットの飼われている数ランキングの2位が猫、僅差の1位が猫の手になったことはまた別のお話。

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