第10話 月を食べる者


 日も落ちきって壮観な星空に巨大な月が登り始めた頃、俺達は3人で焚き火を囲む。


 昨日の夜は1人ぼっちでかなりビビっていたが、今夜はそんなことはない。誰かといると安心する。出会ったばかりの人達だけど不思議だ。


「ガルレオンの村ってまだまだ遠いんですか?」


「そうですね。見てみますか」


 エリシアさんは出会ってから初めて目を開けた。何処を見ているのか、暫く明後日の方向をぼーっと眺めている。

 焚き火にあてられた瞳の色は深い緑で、何故か惹き付けられる禍々しさがあった。



「うーん。あと800キロくらいでしょうか。明日の夕方には着きますね」


「見えるんですか?」


「ふふふ」


 ちょっと待ってよ。嘘でしょ?そういう能力があるのか?その目には?


「ジョージさん!お祖母様の深翠しんすいの瞳は千里眼です。余りに強い視力の為、普段は目を閉じていますが、一度そのまなこを開けば見えないものはありません」


「そ、そうなのか……。俺の世界の漫画とかでもそういう能力を持っている人はいたけど……」


 まさか現実にいるとはな。


「まんが? ジョージさんの世界にもお祖母様の様な方がいたんですね」


「まぁ物語の中だけど」


 と言いながらスマホを取り出し、『東京から800キロ』で検索してみた。そうすると『広島』と出てきた。エリシアさんは東京にいながら広島が見えるということか――。


「あの ジョージさん。たまにその光る箱を見ていますが、それって何ですか?」


「あぁ、これはスマホって言って離れた人と連絡を取り合ったり、調べものをしたり、それとこんなふうに」


 カシャッ


 っとアイリスさんの写真を撮って、アイリスさんに見せた。


「うわっ!何ですかこれ!?一瞬でわたしの絵が!お祖母様、見てください」


「うーん。凄い魔法ですね。こんなの聞いたことがありません」


「これは魔法ではないんですよ。魔法の様な道具ですけど。 写真って言って、このスマホが見たものをそのまま絵にできるんですよね」


「ふあー、不思議です」


「他にもたくさんあるよ」


 俺はこの世界に来てから撮った数枚の写真と元の世界の写真を見せた。元の世界のことを色々と聞かれたけど、これまでの人生、自慢できることなんて何もなかったから謙虚に話したが、「凄いですね」とか「驚きです」と2人の反応は良かった。


「わたしはそのてれびあにめを見てみたいです」


「ふふふ。らいとのべると言う書物には興味がありますね」


「はは……」


 この人達って確か500年前の生活をしているんだよな。戦国時代の人がテレビアニメとかライトノベルなんて単語を使っていると思うと少し面白い。



「ところでアイリスさんの村はどんなところなの?」


「わたしの村ですか?えっと……」


 アイリスさんは少し真剣な表情でエリシアさんを見る。するとエリシアさんは優しい笑顔で頷いた。




 アイリスさんは風族の村について語り始めた。彼女の話しは長いので、要点だけ説明するとこんな感じだった。


 フォーランス大森林中にある世界樹フォリスの枝の上に風のフォリス族の村がある。


 風族は世界樹と共に生きてきた部族で、枝と枝の間に吊り橋を渡し、太い枝の上に家を作り、世界樹の上で生活をしている。


 世界樹は幹の根元一周が約40キロ。これは山手線一周と同じ。高さは約2キロでスカイツリーの3倍以上の高さである。この世界らしくとにかくでかい。



 風族は出生率が低く、特にアイリスさんの世代は最悪で子供がなかなかできず、同年代の子供はアイリスさんだけらしい。


 この子はそれはもう、村人から大切に育てられていることが話しの隅々から感じられた。

 孫のおゆうぎ会を見ているような感じで、にこにこしながらアイリスさんの話を聞くエリシアさんを見ればよく分かる。



「木の上で生活か。俺の世界とは全然違うけど、何だろう、素敵というのか、少し憧れるよ」


「はい。とても素敵なところなんですよ」


「いつか行ってみたいな」


「それはダメなんです。フォリスの村に人族は入れないんです」


「あぁ、やっぱりそうなんだ……」


「申し訳ありません」


 別にそこまで行ってみたいとは思っていないから、そんなに悲しい顔をしないでアイリスさん!


「ふふふ、ジョージさんなら村に入っても大丈夫ですよ。私から皆に説明しますから」


「本当ですかっ!良かったですね!ジョージさん!」


「そ、そうだね。よし!いつか必ず行こう」


 ガルレオンの村の話でも思ったが、エリシアさんには相当な力があるのか、エリシアさんが皆に説明すればだいたいオーケーらしい。


「それではお祖母様、ガルレオンの村で用事が済みましたら、一度フォリスに戻りましょう」


「ふふふ、ええ、そうですね。フォーランス大森林を越えないと人族の町へは行けませんし、それにポッポルを飛ばすにもフォリスで物資の補充をしないといけませんからね」


「ここまで来るのにも結構かかりましたね。ボーチ平原に入ってから、もう一週間。本当に広い平原です。……ジョージさん、それで良いですか?」


 アイリスさんは嬉しそうに尋ねてくる。


「ああ、うん。それでお願いします。……と言うかエリシアさん、人族の町まで送ってくれるんですか?」


「ええ、近くまでですが、かまいませんか?」


 エリシアさんは優しく微笑んだ。


「凄く助かります!ありがとうございます」


 まじかよ。本当に親切な人達だ。そこまでしてくれるとは思わなかった。




 そんな感じで話しを続けていると夜も更けてきた。


「ここってボーチ平原って言うんですね。今日空から見ていて思ったんですど、大きな川も丘も森も無いんですよね。ずっと同じ景色が続いていて不思議な地形ですよね……。

 ボーチ……、〈月を食べる者〉って意味なのかな……?」


 そう言うとエリシアさんの顔が驚きに変わった。


「ジョージさんが全ての言語を理解できるという話しは本当なのかもしれませんね」


「ん?そうなんですかね、俺って?」


「これは昔、地族の友人から聞いた、お伽噺なのですが……。

 太古の時代……、この世界で最も長生きしている亀がいました」


「亀?」


 エリシアさんは優しい表情で静かに語りだした。


「はい。亀はこの星の魔力を食べて生き……、とてもとても長い年月、魔力を食べ続けた亀の体は少しずつ大きくなっていきました。


 ある日この星の魔力が薄くなっていることに亀は気付きます。己が魔力を食べ続けたからです。それでももっと魔力を食べたい亀はその大きな体から、首をどんどん伸ばしました。


 その首は空に浮かぶ月へ向かったのです。


 月の魔力を食べようとした時、月に住んでいた龍人族が怒りました。土と水の精霊の力を借りてその亀をこの星に封印したのです。


 龍人族は亀に彼等の言語で"月を食べる者"を意味する言葉、ボーチと名付けました。


 ……面白いお伽噺ですね。私たちは今、亀の甲羅の上にいるのでしょうか? ふふふ」


「……だとしたら本当に驚きだな」


 ボーチの意味を理解できたということは、俺は龍人族語を理解できるのかもしれないな。


「ボーチ平原に入って一週間、ずっと同じ景色でしたから、これが一匹の亀だなんて」

 と困惑した顔でアイリスさん。


「ふふふ。さぁ明日も早いですし、そろそろ寝ましょうか」


「はい。お祖母様」


「そうですね」




 アイリスさん達はテントで、俺はポッポルの横にシートを引いて寝ることになった。アイリスからテントで一緒に寝ようと誘われたが断った。狭いテントで美女二人と……、ゆっくり眠れるわけがない。


 ポッポルがいれば昨日みたいに獣に襲われることはないそうだ。今日はよく眠れる。


 仰向けでいると相変わらず壮観な星空が広がっていて、そこに巨大な月が浮かんでいた。


「ボーチ平原、月を食べる亀ボーチか……。


 ――ボーチ平原で1人ボーチ、だなw」



 こうして初日の空の旅も終わり、美しい星空の下、俺はゆっくり眠りについたのだった。




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