第5話 異世界の遭難者



 徐々に視界が広がっていく、重力を感じる。



 ドッゴォオオオン!


 俺を中心に大爆発が起きた。視界が広がる瞬間に足元の地面が吹き飛んでいったのだ。周囲には物凄い土埃が舞っている。


 俺は半径30メートルくらいのクレーターの中心にいた。


「ゴッ、ゴホン、ゴホンッ」


 土埃に咳き込んでしまう。


 すっげー怖かった。足、ブルってるよ。つか死ぬっしょ?これ!


 暫く呆然してから、恐ろしい転移をしたリブさんへの怒りと震える足を抑えクレーターを登った。


 クレーターから出ると一面が草むら、遥か彼方まで平原が続きどっちが山で海なのか分からない。


「異世界、フォーッ!」


 先程の爆発と異世界の景色におかしなテンションになってしまい謎の独り言を発するのだった。


 しかし見渡す限り平原で建物はおろか道すらないな。何処に向かえば良いのか分からんぞ。


 とりあえず木の生えているところまで歩き、日陰に腰を掛けた。


「……これって遭難じゃね?」


 これはまずいと思い始めた。食料は無いし、バックの中にはペットボトルが入っているが3か月前の緑茶だから飲めるわけがない。

 未開封なら問題はなかったのだが、開封して2、3口飲んでいたことが悔やまれる。


 そういえばリブさんの世界に3か月もいたのに、腹減らなかったな。喉も渇かなかった。不思議だ。


 えっ?やばくね?早速死んじゃうんじゃね?


 そうだ。まずは川を探そう。それで水は確保できそうだし、川沿に下って歩けば街があるかもしれない。街がなかったとしても何処かに橋はあるはずだから、そこから道沿いに歩けば街がある。


 よし、それだ!


 俺は木陰から出て地面がなんとなく低そうな方向に歩き出したのだった。





 3時間くらい歩いたところで水がチョロチョロと流れる沢を発見した。


「やっと水が飲める」


 ここまで歩いて少し喉が乾いた。

 両手で沢の水をすくいそこに電流を流す。すくった水がバチバチって音をたてた。


 井戸水と違って地上を流れる水には寄生虫とかがいるかもしれないから電流で殺菌するのだ。後でお腹壊したら嫌だからね。


 冷たくて美味い水だった。お茶のペットボトルを濯いでそこにも水を入れておく。


「腹も減ってきたな」


 食料が無いんだよね。よく見てみると、ほうれん草とか小松菜に似ている葉っぱが生えているけど、食べられのだろうか?

 せめて煮ないと食べる気にはならないが。


 とりあえずこの沢を下ることにする。もう少し大きな川と合流すれば魚がいるかもしれない。





 暫く沢沿いに歩いていると遠くに狼の様な動物が数匹いて、水を飲んでいた。


 肉食動物っぽいし、気付かれたら襲ってくるかも、と思った時には既に手遅れで、群の中の一頭がこちらをじっと見ている。


 すると別の一頭も仲間の視線の先に気付き、頭を低くしてゆっくりとこちらに近付いてきた。さらに、その後ろにもう一頭並んで付いてくる。


 まだ100メートルくらいの距離があるが、これはやばいぞ。俺食われる。

 こういう時は逃げると追って来るんだっけか?


 俺も体を低くして向こうの様子を窺うが徐々にこちらに近付いてくる。


 死んだふりって熊の時に使うんだっけ?なぁ、腹ペコ同士仲良くやろうぜ?


 そんなことを考えいると二頭がこちらに向かって駆け出した。


 やばいやばい!まじやばい!


「オラァアアアッ!」――ドォォン!


「キャァンッ!」←俺


 とっさに右手を前に出し、リブさんにぶつけた時と同じくらいの雷を狼に向けて放った。


 手から離れた電流は狼に向かわず真下、俺の足元に向かって飛び、足元の地面が爆発して爆音を上げた。


 狼はその音にビビったのか足を止めて此方を窺っている。しかし一番ビビったのは俺だッ!!


 超怖い!爆発で死ぬかと思ったよ。


 そうか電流はアースに向かって飛ぶから、この場合だと真下の地面に向かうのか。この魔法、戦闘では全く役に立たないぞ。


 暫くこちらの様子を見ていた狼がまたこっちに向かってゆっくり歩き出す。

 このままでは確実に食われると判断した俺は、狼に背を向けて思い切り走った。


「うおおおおおおおおッ!」


 絶対に追い付かれると思ったのもつかの間、走り出すとどんどんと加速してく。

 車を運転したことがあるから分かるが。これ時速100キロ以上の速さだ!しかも、まだまだ加速できそう。


 ちらっと後ろを見るとさっきの狼が消えていた。着いてこなかったようだ。


 これだけの走りをしたのに、息も上がっていないぞ!

 身体強化してもらったとはいえ、これは凄すぎるだろう。


 狼に出くわす前、歩きながら思っていたけど、身長も少し伸びてるし、腹筋もシックスパックなんだよねw

 少し憧れていた体になって嬉しい気もするが、……複雑な気分だ。


 狼が見えなくなって安心したら、ふと思った。これジャンプしたらかなり高く飛べるんじゃないか?もしかしたら民家なんかが見えたりして?


 それで垂直跳び、してみた。


「うぉおおおおっ!」


 物凄い勢いで空に投げ出される。3階建ての屋根くらいなら余裕で届く高さまでジャンプできた。


 少し落ち掛けた日と相まって、なんと壮大な景色だろうか。それは地平線まで見渡す限りの緑の平原だった。


 自由落下が始まる。これ、大丈夫だよね?


 体感速度が遅く感じ、地面をよく見ることができた。動体視力も強化されているのだ!


 強い衝撃と共に着地に成功。転移前の俺なら確実に死んでいる高さからの落下だが足にダメージは無い。


 景色は最高に良かった。だが建物が見えなかったぞ。


 これ、まじで遭難だよ。


 俺は再び川を下って走る。

 そうして移動していくと、とうとう夕日も落ちそうになったので、走るのを止めた。


 暗くなると遠くにいる動物が発見できないからだ。あの狼みたいな肉食の獣に至近距離で出会ったら、今の力なら少しは闘えるかもしれないが、殺される可能性もある。


 川の土手の草むらに座り、集めた流木に電流をバチバチ当てたら火が付いた。焚き火を始めた頃には完全に日が落ちていた。


 空を見上げると満天の星があった。こんな凄い星空、一生見ることはなかっただろう。

 そして地球とは比べ物にならない巨大な月が地平線から顔を出していた。


「すげーな……」


 この星は地球と同じ宇宙の何処かなのだろうか?あの沢山の星の中に俺がいた太陽系があるのだろうか?


 家に帰りたい。近所のスーパーで半額弁当とチューハイを買って、ベッドに寝転がってゲームをやりたい。


 俺はどうなってしまうのだろうか?


「あぁ、腹減ったな」





 夜になっても、緊張感は解けなかった。風で草が揺れ、擦れる音一つでビクビクしてしまう。


 先程の巨大な月は頭上に上り、小川の周りはたくさんのホタルが舞っている。美しい景色だ。





 空も白みかけた頃、座ったままうとうとと寝てしまう。




 生暖かい、ぬめっとした感触でザラザラした物に体を押されて目が覚めた。


「んだよ? えっ!?」


 俺は目を開けて驚く。そこには俺の体より大きい動物の顔があって俺を舐めたようだ。熊?


「ヒィッ!」


「ガルルルルルッ!」


 熊は怯えた表情を見せた俺に獰猛な唸りを上げて噛みついてきた。


 身の危険を察知し、寝起きだと言うのに研ぎ澄まされた俺の集中力と動体視力で、熊の動きがスローモーションに見える。

 しかし、突然の出来事にビビってしまい避けることができず、とっさに右手と左手で熊の上顎と下顎の歯を掴んだ。


「ぐぉぉおおおお!」


 物凄いパワーだが耐える!


「オラァアアアアッ」


 バチ バチ バチンッ!


 両手から最大出力で雷を放つと熊の顔が盛大に爆発した。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 その場で両膝と両手を地面に付いた。呼吸が荒い。熊の涎と返り血で服も体もベトベトだ。


「恐い。殺される。無理だ」


 物凄い恐怖を感じた。まだ足が震えている。


 呼吸も収まらないままゆっくり起き上がり、倒れている熊の様子を見る。

 顔面が吹き飛び、焦げて少し煙が出ている。


 まだ生きているのか体はビクビクと動いている。だが外傷は脳まで達しているから、これでは直に死ぬだろう。


 大きさは4トントラックくらいあって超でかい!


 暫く様子を見ていて思った。


「くっさっ、つかくっさ!」


 体に付いたこいつの唾液が超臭い。さっき噛まれそうになった時も息が超臭かった。


 暫くして熊は全く動かなくなった。


「死んだか……」


 動物なんて殺せないと思っていたけど、早速殺ってしまったよ。でも殺るしかなかったんだ。


 これどうすっか……、埋葬するにはでかすぎる。


「……食べちゃう?」


 熊って確か食べれたよな。腕とか足は固そうだからバラ肉や背中なら食べれるかもしれない。


 川で体や服を洗いたかったが、解体する時に返り血で汚れて二度手間になると思い、先に解体を始めた。


 うつ伏せで倒れている熊の横腹の毛皮を剥がそうと掴んでみると、ダブダブしていてかなり分厚。

 しかもまだ少し温かいんだね。これ。


 毛皮を両手で引きちぎり、引っ張ると毛皮が剥けていく。

 かなり力がいる。この強化された肉体でなければ絶対にできない作業だろう。


 皮が剥けると肉が出てきたのでこれも両手で掴んで引きちぎる。もう、なんかね、滅茶苦茶グロいよ!


 よくゲームの世界だと、倒した魔物は光の粒子になって消え、毛皮と肉をドロップした。みたいな感じになるのだが……。できればそういう世界に転移したかった。


 腕位の大きさの肉を引きちぎることができた。

 これだけを見ると血は付いているが、スーパーで売っている肉とあまり変わらない。旨そうだ。これを木の棒に刺して焼こう。


 大きめの雑草の葉を何枚か摘んで地面に敷き、確保した肉を置いた。


 いや、これ普通に旨そうだよ。スマホで写真を撮りたいけど、それは後にして体を洗いに行こう。

 俺は小川に向かった。





 川が浅いので洗いにくい、服も脱いで全裸になり頭から足まで全てよく洗った。服も洗い岩の上に置いて乾燥させる。


 服が乾くまでは全裸での行動になるが、ここに人はいない。何も問題ないだろう。





 小一時間経って、熊がいたところに戻るとハイエナみたいな動物と鳥が熊の死骸に群がっていた。


「えっ、えっ、ちょ、俺の肉!?」


 衝撃を受けた。遠目で見て、熊の横に置いておいた俺の肉が無くなっているように見える。


 不安になりながら、もっと近くで確認しようと死骸に近づく。


「……無いぞ! ざけんなよ!」


 葉っぱの上に置いておいた肉は綺麗に無くなっていた。


 死骸に近づく全裸の俺の前に、数匹のハイエナが出てきて威嚇してきた。


「「「グルルルルル」」」


 いやいや、ちょっと待てよ。それ俺の熊だって。


 ハイエナは自分達の熊に近づくな的な雰囲気である。


 さらにゆっくり近づくと、前にいた一頭が獰猛に吠え、全員で俺のこと殺っちゃおうぜ、みたいな空気になっきた。


 これ以上近づくと攻撃さる。


 俺はハイエナから目をそらさず、そのままゆっくりバックステップで離れた。


 熊から離れたところに平らな岩があったので腰を掛けた。


 さっきからどんどん動物が集まり肉を取り合っている。

 服が乾くまで時間がある。ここで様子を見て、獣がいなくなったら肉を取りに行こう。





 あれから少し時間が経った。状況は変わらない。


 やることもないので、ぼんやりと熊の死骸を眺めている時だった。空からばかでかい鳥が熊の上に舞い降りた。


 鳩のような見た目で翼を広げると、あの熊より一回り小さいぐらいの大きさ。


 熊の回りにいた動物達は一斉に散った。少し離れて様子を窺う獣もいるが近づく者はいない。


 そして巨鳩は熊をつついて食べ始めた。



 俺の表情は自然と安堵していた。何故なら巨鳩の上には、人が二人乗っていたからだ!




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