ハルの帰還

 目を覚ますと、そこはあのモニタールームだった。

 一体あれからどれくらいの時間が経ったのだろう?

 最後に思い出せる光景は……闇に落ちる獣の姿と私の大事な相棒。


「そうだ……っ!!シキっ!!」


「ここにいるよ」


 シキ……私の相棒は傍にいた。


「良かった……無事だったんだね」


「めいがそれいうの?あれからほんとうにたいへんだったんだから」


「あれから?……ちょっと待って、私そんなに眠ってた?」


「そうですネ、時間にして73時間42分……3日と少しといったところでしょうカ?それはもうぐっすりト」


「あー……マジか。ゴメンゴメン心配かけちゃって」


 ……?

 あれ?何か今おかしくなかったか?


「まぁめざめてくれてよかったよ。こればかりはぼくにもどうしようもないし……」


「シキ様が気に止むことではありませんヨ。悪いのは憎きあんちくしょうどもですのデ。それにしてもメイさんが目覚めてワタシも安心しましタ。ようやくこれからのお話ができますネ」


「ちょっと!?……ちょっと待って!!」


「……?どうかいたしましたカ?メイさン」


「めい、あんまりおおごえださないでよ」


 え?待ってシキ、何であなたそんなに冷静なの?

 もしかして私がおかしいのこれ?


「いや、あんたなんでいるの!?ハル!!」


「あ、やっときいてくれたね。ここからさきはぼくがせつめいするよ」



 私が全力の砲撃を放ち、あの獣を地下に叩き落とした後のこと。

 何とか地下空間にあの獣を追いやった私たちであったけれど、あの一撃は結局トドメにはならなかった。元々殺傷力の高い武器では無かったし、あの状態のハルは防御力も中々のものを有していたからだと思う。

 結局どうやってトドメを刺したかと言うと、地下の焼却装置を起動した。

 私やおじさんが危惧していた例のアレだ。これもさっき知ったことだけど、あの偽ハルは元々量産品のためのデータを私から採取した後、不良品と共に焼却処分する予定であった。あの積まれ具合からしても、時間的に結構危なかったのだと思われる。

 けれど、今回はそれが偽ハルにとって仇となった。

 本来であれば1000年間使用されていないあの施設を使うことなどとてもじゃないけどできなかっただろう。もし私の処分法としてあの施設の復旧を行なっていなければ、焼却という手段を取ることはできず、あの空間から脱出した偽ハルによって私達は殺されていた。……まさかヤツも焼却されるとは思ってはいなかっただろうけど。とにかく、私達は運が良かったのだ。


「にしてもシキったらよく焼却施設の装置の使い方なんて分かったね?」


「おじさんにあるていどおそわってたのとあとはから」


 ……さいですか。

 テレパシーもジャックも中々の能力だけど、一番チートじみてるの結局それだよね。今度名前決めてあげよう。てかそうだ


「そういやおじさんは?あいつ何してんのこんな大変な時に」


「しんやさんは……」


 その話題を出した瞬間、シキの表情が微かに曇った。


「あのはるといっしょに……しんだ」


 偽ハルとの戦いが終わった後、私が倒れてしまったため、助けを呼ぼうとシキはおじさんのいるモニタールームに向かったらしい。

 しかし、そこには既におじさんの姿は無かった。

 そのことを不審に思ったシキはモニタールームに残っている映像から地下空間の映像を再生した。そこに映っていたのは


 獣の槍に貫かれる小此木シンヤの姿


 何故おじさんがそんな行動をしたのか、そこにどんな考えや思いがあったのか、私たちには分からない。けれど、映像から考えられるにその行動が無ければ焼却施設の準備までの時間は稼げなかった。

 私たちは彼によって救われた。


「ごめん……かれがあんなこうどうをとるみらいが、ぼくにはみえなかった」


「シキ……あなたのそれは、素晴らしい力だよ。きっとこれから先私たちの事をたくさん助けてくれると思う。けどきっと万能じゃない。その力で守れなかったからといってあんたが自分を責める必要は……無いんじゃないかな?」


「あノ……皆さン、重苦しい雰囲気の所誠に申し訳ありませんガ、そろそろワタシの話を聞いていただいてもよろしいでしょうカ?」


「あんたちょっとは空気読みなさいよ……というかあんたが何でいるのかまだ聞いてなかったわ。一体どこから湧いたのよあんた」


「ワタシをゴキブリみたいにおっしゃらないで下さイ。……ここから先はワタシガ」


 結論から言うと、ハルは2人いたらしい。

 小此木タツヤによって作られた、正真正銘のAIであるハル。

 かつて小此木シンヤの患者で、リプロダクト計画の被験者であったハル。

 その2人が存在した。先ほどまで私たちと戦っていたのは後者の方である。しかし、ヤツは既に地下空間で焼却済みだ。ということは


「あんたが……本物のハル……?」


「その通りでございまス」


「あんた今まで何やってたの?てか何でこのタイミングでようやく出てきたの?」


「やめましょウ?ワタシが無能であったのはもはや言い訳がききませんガ、これ以上傷跡を抉るのはやめましょウ?」


 もちろんやめるつもりはなかったので、このまま尋問を続行する。

 1000年前、偽ハルはハルのデータを抹消せず凍結するだけに留めたらしい。細かい理由は不明だがハルを丸ごと抹消してしまうと、仕掛けられた防御機構により膨大なデータベースの一斉削除が行われてしまう為、ハルの人格データを凍結したのでは?ということらしい。

 なるほど……よくわかんね。

 そして凍結されてから1000年が経過し、私たちが工場に来る。その際にハルの凍結処理を解除しようとして奔走していた人間がいた。

 小此木シンヤだ。

 思えばあのおっさんはほとんどの時間、私たちとは別行動をとっていた。恐らく私たちが偽ハルを相手に騒ぎを起こしている間に、様々な工作を密かに行っていたのだ。


「私たちはまんまと乗せられてたのね……あのおっさんに」


「タツヤほどではないですガ、シンヤも優秀な人間でしタ……それに彼は責任を感じていたのだと思いまス」


「責任……?」


「何故被験体86番ガ……いエ、ハルがあのような暴走を起こしたのだと思いますカ?」


「……まさか」


「そのまさかでス。彼女は小此木シンヤを生きながらえさせるだけのためにここまでのことをしでかしましタ」


「しでかしたて……まぁ、そうなんだけどさ」


 確かに彼女がしてしまったことは人類に対する重大な裏切りだ。リプロダクト計画というただでさえ綱渡りに近い計画を、個人の思いでめちゃくちゃにし、ここまで拗らせるまでになってしまった。

 けれど私はそういった彼女の気持ちを理解できなくも無かった。

 だって権力を持った国のトップの決定だけで戦争だって起こってしまうのだ。そこに叶えたい願いがあって、たまたまその力を持っているならば使ってしまうのが人間という生き物だ。一個人の強い思いが、世界を変えてしまうことだってあると思う。

 私達が偽ハルを倒す原動力になったのも、大層な理由があったからではなくただ単にムカついたからというとてもしょうもない理由だった。彼女を倒してしまうことで例え世界が滅びようとも、私達は決して彼女を許すことはできなかった。私達とハルではその目的は違くとも、抱いていた思いの強さは一緒だったのかもしれない。


「だからといって彼女の犯した過ちは到底許されるものではありませン。下手をすれば人類の滅びが確定していましタ」


「ま、そうかもね〜別に私は人類とかどうでもいいんだけど」


「……話を続けますネ。そんなこんなでシンヤの手によりようやくワタシの人格データは解凍され、こうしてアナタ達と対面することができましタ。幸いデータベースは生き残っていましたのデ、ここまでの経緯は全て把握できていまス。そして全てを把握した上でアナタたちに依頼したい事があるのでス」


「……?依頼?」


 あれ?もしかして流れ変わった?

 何だか主導権奪われた気がする。


「現状、ワタシとコンタクトがとレ、更に自由に動ける人材はメイ……アナタとシキだけでス。そこでアナタたちには人類復興の手伝いをしていただきたイ」


 なんとまぁ。

 まさか私のような人類の不良品に人類の復興を託すとは


「あんたもしかしてまだ眠ってんの?シキはともかく、戦うくらいしか能が無い私に復興なんて務まるわけないでしょ。……それに、そんなことする理由だって私には無いし」


「いいエ、ワタシはそうは思いませン。先ほど言ったでしょウ?ト。その上でワタシはアナタ方に依頼したいのでス。アナタ方2人には人類の復興という大きな使命を遂行できる能力ト、どんな逆境にも決して折れない精神があル。そう判断いたしましタ」


 まったく……随分と買い被られたものだ。

 私だって今までの旅路で何度折れそうになったか分からない。実際列車の時や今回の工場でも諦めたくなる時はいっぱいあった。けれど、そんな私を支えたのは


「めい」


 シキが私のことをまっすぐ見据える。

 テレパシーを使われたわけでは無かったけれど、彼の言いたいことが何と無くわかる気がした。そして私の浅はかな考えも、彼にはお見通しなのだろう。表面上どんなに理屈を重ねても、面倒くさがっていても、結局私の中で既に答えは出ているのだ。たぶんシキはそんな私の背中を押してくれようとしているのだろう。だから


「…………あーもう分かった!!引き受けてあげる。やってやろうじゃない!!人類復興!!」


 もうこうなったらやけだ。

 やれるだけやってやろうじゃないか。

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