きっと、そこに意味はあった
わたしは今、暗闇を見ている。
下半身も無いので満足に立ち上がることもできず、仰向けになり天井を見上げている。どこまでも広がる深い闇、それが敗北者であるわたしに与えられた世界の全てだった。
オリジナルとの決闘に敗北したわたしは、死ぬ時を待ち続けていた。
間もなく自分の命が尽きる……というのは変な気分だ。
人間はなぜ生まれてくるのだろう。どうせ死んでしまうだけなのに。1000年を生きたというオリジナルでさえ不死ではなく、いつかは死んでしまう。
なのに
何であんなに輝いて見えるのだろう。
何でわたしはあんな風になれなかったのだろう。
後悔はしていない。けれど少しだけ想像してしまった。
シキと一緒に笑っているわたしの姿を。
そんな風にぼーっと思考していた時だった。
「……?今、何か……」
音がした。それもわたしの周囲からでは無い。
「これは……まさか……!?」
部屋の全体が微かに震えている気がする。
そして変化が起こった。
まず、光が差し込んだ。地上から降る光は闇を照らし、おびたたしいほどの数の少女たちが積み上げられた地下空間の全貌を露わにしていく。
しかし、変化はそれだけでは終わらなかった。
「ajgwm……ahhhhhhhhhhhh!!!!!!!!!!!」
この世のものとは思えない絶叫が、地下空間に響き渡る。
そして次の瞬間
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!
衝撃。
微かに見えたのは一瞬の強い輝き、そして
「か……は………っ!?」
気づけばわたしの身体は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられていた。
「一体……何なのもう……」
今の状況は一言で表すと踏んだり蹴ったり、似たような言葉は泣きっ面に蜂、チェーンソーに衝撃波……などだ。こう立て続けに災難に遭ってると流石に悪態の一つもつきたくなる。しかし目の前の光景を見た時、わたしは言葉を失った。
光の中に、獣の影を見た。
全身が黒い毛で覆われた獣。けれど、何故だか既視感があった。
わたしはどこかでこれを見た、いやわたしはこの獣の正体を知っている……?
「agjmwjpgjtptjgtw…………ahhhhhhhhhhhh!!!!!!!!!!!」
再び、咆哮が響き渡る。
そこに込められているのは怒り、嫉妬……そして
「なんだか泣いてるみたいな……」
そんな気がした。
本当に、何となくだがその叫びはどこかで聞いた気がした。
きっと、その正体はさっきまでのわたし。
オリジナルに破れる前のわたしがそこにはいた。
まずは一旦冷静になって状況を考える。
わたしがオリジナルに敗れ、しばらくしたらこの地下空間の天井が開き、この獣が地下に落ちていた。ここから導き出される答えは
「あいつ……本当にやり遂げたんだ」
前提として、目の前にいるこの獣の正体はハルである。
恐らく地上に復帰したオリジナルは、シキと合流しハルを圧倒し、こんな姿になるまで追い詰めることに成功した。そして撃破するための手段として、地下に叩き落とすことを選んだのだ。
ハルが落ちてくる前に一瞬だけ強く見えた光はたぶんわたしの元右手のメインウェポンによる一撃だろう。実はあの機能の存在を知らないわけではなかったが、わたしには使いこなせなかったことと、オリジナルへのささやかな抵抗を込めてあえて黙っていた。アレを装備したからといって独学ですぐに気付くものでもない。そのため本来であればオリジナルも使いこなすことは出来なかったはずだ。しかしあの仕様を知っているということは、恐らく小此木シンヤの手でも借りたのだろうと考えられる。
ひとまず、今分かることはこんなところか。
あんな化け物相手に良くやったと敵ながら賛辞を送ってやっても良いところだが、ここで一つ疑問が生まれる。
しかし、ここからどうするのか?
暴走したハルをこの地下空間に閉じ込める……なるほど、そこまでは良いだろう。アレの相手をまともにやってたら命がいくつあっても足りないし、悪くないアイデアだ思う。しかし、いくら最大出力の砲撃を直撃させたとはいえ、暴走した彼女を完全に無力化するには残念ながら威力が足りない。元々あの兵装は敵を殺すものでは無く、ましてやあんな化け物相手に使用することは想定されていないため、案の定こうして生き残ってしまっている。
「一体、ここからどうやって……?」
その時、わたしはある事を思い出す。
ここは一体どこだったのか?果たして何のための施設であったのか?
「まさか……」
そうか、あいつ……いや、恐らくシキたちはここの本来の機能を使うつもりなのだ。すなわち、焼却炉としての機能を。
……なるほど、それならあの化け物を打倒することも確かに可能かもしれない。しかし、その作戦には一つ問題がある。
たぶん時間が足りない。
ここの焼却施設は最低でも1000年間使われていなかった物だ。この工場全体が稼働することからその機能自体は生きていると考えられるが、残念ながらスイッチを押してすぐに燃えるようなお手軽な物ではない。
どうしたって起動には時間がかかる。
そしてそれだけ時間があればあの獣はこの地下空間から脱出することが十分に可能だ。
「ajgajgmwt?agjmdwj'pjg………………」
そんな事を考えている間にも獣は体勢を立て直し、全身に殺意を漲らせていく。
そのまま通路を通り上階へ脱出できれば、既に力を使い果たしたオリジナルとシキを八つ裂きにするのもそう難しくはない。晴れてゲームオーバー、バッドエンドの完成だ。
そこでふと思う。一体何故わたしはこんな事を考えているのだろうと。
あの2人のことはもはやわたしにとって無関係な事だ。このままあの獣にどんな目に遭わされようが知ったことではない。
「それに……」
視線を下に向ける。かつてそこにあった下半身はもはや存在しない。
あの獣をどうにかしたいかという以前に、今のわたしにはどうにも出来ないのだ。
そして獣は顔を上げ、その視線を出口の方に向けた。
きっとあのまま獣は登っていくのだろう。
「はは……ざまーみろオリジナル…………結局、あなたもここで死ぬのよ……」
『私はあんたに謝罪もしないし、感謝もしない。ここから助けることもないし、あんたの境遇に同情もしない』
『でも生まれた意味は与えてあげる。私と同じ顔で生まれたやつが、無意味に生きて、無価値に死ぬ……なんてことは許さない。あんたのチェーンソーでそのハルとかいうやつぶった斬って、地獄に突き落としてあげる。今から言うことを死ぬまで覚えてなさい。あんたは私に会うために生まれてきた。あんたの人生は、決して無意味なんかじゃなかった』
「ハルッッッッッッッッ!!私はここにいるッッッッ!!!!!!いい加減トドメを刺してやるわ!!!!!!」
わたしの言葉に反応して、ハルはこちらを向いた。
全く……何をしているんだろうねわたしは。
けれど仕方がない。気づいた時には既にわたしの内側からその言葉は出てしまっていたのだ。
それに、わたし自身こいつに思うことが無いわけでもない。
「mjmjmdwajgy……?pmguatgwathmatptjtg……!!」
獣の体積が膨張し、殺到した髪の毛がわたしの身体を捉える。
「やるならさっさとやりなさい!!でもただでは死んであげない……最後に一発ぶちかましてやるわっっ!!!!」
恐怖で押し潰れそうな心を、無理やり押し広げるように自分に発破をかける。
残念ながら奥の手なんかない。一発ぶちかます発言は完全にただのハッタリだ。もう言葉が通じる理性が相手に残っているかは知らないけれど、それでも言わずにはいられなかった。わたしの人生を弄んだこいつに……この世界に何か少しでも爪痕を残したかった。
獣の髪の毛が螺旋状にまとまっていく。その容姿はまるで槍のように見えた。
あーなるほど……さてはあれをわたしに突き刺すつもりだな?
「まったく……焼き鳥じゃないんだからさぁ」
わたしの身体が持ち上げられた。身動きが取れないよう髪が巻きつき、そのままがっちりと固定される。
思えばしょうもない人生だった。
よくわからないAIにどっかの誰かの記憶を植え付けられ、その誰かの代わりとしてわたしは生まれた。
最初はそのことも知らず、相棒だと思っていた少年にやけに冷たくされるなーと思ってたら実は自分が複製品であることが判明。
逆上して少年を殺しにかかったらオリジナルに撃破され、この地下空間に落とされる。
オリジナルの提案を跳ね除け、決闘したものの無様に敗北して真っ二つ。抵抗も虚しく、自慢の装備もあらかた強奪される。
挙句の果てには落ちてきた創造主によって今度はトドメを刺されそうになっている。
わたしはこの工場で生まれ、そしてどこまでも落ちていく機械だった。
その出自は誰にも知られず、きっとこれからも語られることはないだろう。
けれどそれでも構わない。だってわたしは全力で生きたのだから。
その生き方がどれほど無様であろうとも、たとえ誰にも評価されなくても
わたしは、わたしだけは知っている。
ざくり
身体の中心が貫かれ
鮮血が舞った
「なん……で……?」
「あ……はは……色々と……迷惑……かけたからね…………製造者として……最後はボクが……責任……とら……ない……と……」
刺されたのはわたしではなく、小此木シンヤであった。
何故ここにいるのか、何故死にかけのわたしを庇ったのか……それはわからない。ただ、一つだけ分かることがある。
彼は既に絶命していた
「jbgmam@……?……シ……ンヤ……?」
目の前の獣に変化が起こる。
シンヤを絶命させた瞬間、獣の周囲を取り囲む髪の毛の動きが停止した。
膨張していた容姿が縮小していき、獣であったそれは徐々にその姿を変性させていく。
「ア……あァ……?……シンヤ……?……シンヤ……!?」
ついにそれは元の少女の輪郭を取り戻した。
「ハル……」
そこにはある男の死と、慟哭する少女の姿が残される。
その後間もなく焼却が完了し、わたしの意識は無に帰った。
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