一つの決着

 集まった髪の毛によって、ハルの喪われた下半身が補われていく。そのシルエットは先ほどまでの女性のような丸みも無くなり、そもそも2本足どころか4本目の足が形成されつつある。

 目の前のは人とも機械とも呼べない、もはや獣と言うべき存在だった。

 私は覚悟する。警戒は最大に、敵の準備が終わる前に、そして全てが始まってしまう前に持てる全力をもってここで叩き潰す。


 地を蹴り、一瞬で獣に肉薄する


 初手から私はチェーンソーを敵に向かって思いっきり振り下ろす。獣の身体に刃は食い込んだ。そのまま回転数を上昇させ、胴体の切断を試みる。しかし


「……っ!?」


 突然、刃の回転が止まった。

 刃に獣の髪の毛が絡まり、チェーンソーは完全に停止してしまった。

 あ、やばい……これ完全に捕まったやつだ。


 髪が蠢き、チェーンソーの次は私の胴体を侵食すべく、左手から這い上がってくる。


「気持ち悪い……!」


 獣の中心に向かって砲撃を数回放つ。

 しかし、手応えがなく、胴体への侵食も止まる気配がない。次の解決策を探そうと、若干パニックになりかけていた私だったが、


【メイッ!右手を!】


 シキの声が脳内に響く。

 おかげで少し、冷静さを取り戻すことができた。私は砲撃を直ちに中断する。

 それから突如として視界が切り替わった。

 視界に映るのは、天井

 恐らく、シキが私にジャックを発動させたのだ。狙いはわかった。間髪入れずに私は右手を天井に発射する。

 発射された右手が天井にめり込み、固定される。それからワイヤーの収縮が始まり、私の身体が空中に浮き始める。しかし、髪の毛で掴まれているせいで、上昇速度は緩やかだ。やはりこれだけでは振り切ることはできない。

 

 ワイヤーの収縮が収まり、私の身体は天井に到達した。しかし、ハルの髪は未だ左手に纏わりついて離れようとしない。


【ハル、シンヤさんからの伝言。1今から排気口を開けてもらうから、それが合図だ。頑張って】



 少し前、モニタールームにて


「えっと……そんなかんじでめいは、はるをおいつめてほしい」


 私たちは作戦会議の真っ最中だった。

 ハルを打倒するにあたり、ここまま無策で突っ込むのはさすがにやばいよねってことで、私とシキ、おじさんの3人で対策を話し合うこととなった。

 と、言っても基本的に作戦の立案はシキが行うため、私たちは出された案を細かく詰めていくのが主な役割となる。


「さすがシキくん、君のは最早未来予知に近いな……厳密には未来予測と言ったところだろうけど。まさかここまで長期間の未来も予測できるとは思ってなかったな。でもそれってボクらに話して問題はないのかい?未来を知った状態で行動することで、時間が分岐を起こす可能性は無いかな?」


「ぼくのは、こんぱすみたいなものなんだ。だいたいのほうがくはわかるけど、げんみつにすべてがわかるわけじゃない。もくてきちはひとつだけど、そこにむかうみちはひとつじゃない。すこしのずれならもんだいはない」


「なるほど、興味深いな……」


「ま、シキの言うことだし、私はその辺あんまり考えずに行動するけどね。でも追い詰めるのはもちろん任せてほしいけど、その後はどうするの?」


「おじさん、はいきこうへのいりぐちはあのへやにもある?」


「あーメイくんたちを突き落としたアレね。おぉっとメイくん……その目やめて、ストレスで死んじゃうよボク。えっとね、結論から言うとあるよ、あの部屋にも。……にしてもよくわかったね?」


「まえにいったときに、きがしたんだ。……はるとのかいわちゅうだったから、かくしょうがもてなかったんだけど」


「ああ、あの状況じゃあねぇ……おっとやめるんだシキくん、ハルの所に置き去りにしたボクをそんな目で見るのはやめるんだ。なまじメイくんと同じ目をしてるから怖いんだよ」


「ちょっと、脱線しすぎて話全然進まないでしょうが」


「あぁ、ごめんごめん。要はあの排気口を使うんだよね?」


「ぼくがあいずをしたらしんやさんは、はいきこうをあけてほしい。このへやからそうさはできる?」


「それを見越して君はボクに頼んだのだろう?それはボクがやろう。……地下に落とした後はどうする?きっと彼女はすぐ登ってくると思うけど」


「もやすよ。はいきこうのしょうきゃくしょりははるがいるあのへやからでもできるよね?……だから、それでぜんぶおわらせる」


「…………そうか…………すまない」


「……?なんでおじさんが謝ってんの?」


「え……っ!?あ、いや……そ、そりゃあ君たちばかり危険な目に合わせるのもなぁ〜って」


「ん〜まぁそうかもしれないけどさ、別に私たちには理由があるからいいし、それは構わない。でもこの際聞いておきたいんだけど、おじさんはいいの?私たちに味方なんてして」


「ああ……ボクは……君達に、頑張ってほしい。ボクは君達の……いや、これは違うな」


 おじさんは私たちに向け、頭を下げながら言う。


「お願いだ。彼女を……ハルを解放してやってほしい。ボクには力が無かった。色々と手を尽くしたが、結局君達をここまで連れてくるのがやっとだった。人類のこととか……もうどうでも良いんだ。これ以上ボクは彼女を苦しめたくはない。ボクにできることならなんでもする……だから……!!」


 出会ってからそこまで時間が経ったわけではないけれど、この人が私にここまで真剣に頼み事をするのは初めてだった。私と、シキと、小此木シンヤではハルに対する思い出も、感情も、動機も何もかもが異なる。でもその目的は同じだ。

 ハルを止める。

 彼女をこれ以上間違えさせはしない。




「そう……やっと……!」


 口元に笑みが浮かぶ。この時をずっと待っていた。

 私は常々疑問だったことがある。私の右手の装備はロケットパンチと、砲撃の2つ。これらはいずれも何らかのエネルギーを利用した回数制限付きの能力であると考えられた。

 では、その回数は?

 早速おじさんに伺ってみましょう。


「あーあれね。たぶん兄貴が開発したものだから具体的な機構はブラックボックスだね。ハルのデータベースには存在するとは思うけど」


「つまりわかんないってこと?」


「まぁ待ちたまえよ。全くわからないわけじゃない。一応外見や発射方法を見れば考察ぐらいはできる……あれって要h


 おじさんの話を要約するとこう

 まず、具体的な回数は決まっていない。

 なぜなら砲撃やロケットパンチに用いられるエネルギー源は元を辿ると私の生命力であったからだ。私の動力は、内蔵された永久機関により絶えず産生されたエネルギーを利用している。消費しきれない分は、余剰エネルギーとしてある程度蓄積される仕組みだ。人間で言う代謝、すなわち生きているだけで消費する維持エネルギーは少しの戦闘であれば、ストックされた余剰分で賄えるらしい。例に漏れず、右手の砲撃もこのエネルギーを利用しており、この余剰エネルギーを使い切ると安全装置が働き、通常の砲撃が利用できなくなる。


「……?


「そ、通常の。君のその砲撃に限り裏オプションがある」


「言い方がやらしいわ。……で、何その裏オプションって」


「余剰分を使い切ったら、君自身のエネルギーを使うしか無い。つまり……エネルギー切れを起こして戦闘不能になるリスクもあるが、その分威力の制限がなくなるんだ」


「あぁ……なるほど。全て把握した。じゃあ私もおじさんにお願いしちゃおうかな」


「……え?あぁ、まあいいけどさ……一体何をすればいいんだい?」


「ここのモニターから戦況を分析して、限界点が来たら私に教えてほしい。できればシキが視た合わせられるように調整してはみるけど、何があるか分からないから」


「心得た。……でも一つ問題がある。ボクはここのモニター群からキミたちの状況を把握することだけはできる。しかし、ボクには君らに伝達する手段が無いが……それはどうする?」


「……そうだね、そのときがきたらしんやさんはそのばでてをたたいてほしい」


「……へ?手?そんな方法でいいの?」


「それでぼくにつたわる。はいきこうのたいみんぐは、ぼくからしじするからもにたーをみてて」


「まぁ君がそういうなら……」



 右手のエネルギーチャージが完了した。

 これを放てばしばらく私は身動きが取れなくなることは避けられない。

 正真正銘、これが最後の一撃だ。


【メイ、もうすぐ排気口が開く。準備を】


 私は足元を見る。

 そこには左手に纏わりつく髪の毛と、一緒に這い上がってくるハルの姿がある。

 そして、変化は起こった。

 天井を通じて、建物全体の微かな振動が伝わってくる。それから戦闘の跡を除けば白一色だった床に突如として闇が出現する。

 間違いない……地下空間への道が開いたのだ。

 同時に私は天井から右手を引っこ抜き、自由落下が始まる。


「さぁ!!この時をずっと待ってたんだからね!!」


 私は落下しながら、ハルに向け銃の照準を向ける。


「ajgwm……ahhhhhhhhhhhh!!!!!!!!!!!」


 最後の抵抗を試みるように、ハルの髪は一気に膨張し、獣のような咆哮とともにその巨大な質量が私へと迫る。


「落ちろォォォオオオーーーーーーーーーッッ!!!!!!!!!!」



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!



 右手から放たれる膨大なエネルギーが迫り来る闇を消しとばし、その衝撃は奈落の底へと獣の身体を叩き落とした。

 私の身体は砲撃の反動で宙を舞い、その勢いのまま天井へと叩きつけられる。


(…………あ、これやば…………)


 さっきの一撃で完全なエネルギー切れになった私は、受身をとる気力もないため、重力に誘われるまま今度は床に思いっきり墜落する。


「……ぷぎゃっ!?」


 思わず乙女らしからぬやべー声が出てしまった……まぁ、いいや。

 とにかく私はやり遂げたんだ。


「めい……めい……っ!!」


 おや……シキの声が聞こえる。

 そうか……無事……で……良かった。

 でも、少し疲れちゃったから


「シキ……ちょっと眠いから……また、後で……」


 そこで、私の意識は途切れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る