AI VS サイボーグ

 ハルの頭上から、何かがゆっくりと降りてくる。


(あれ……何だろう?……ヘッドギア?)


 そのまま頭からすっぽりと、ハルはそのヘッドギアを被った。そしてそこから出たバイザーの様なものが彼女の顔面を覆い、淡い光を発する。


「シキッ……!!」


【心得てる。ハルの主要な攻撃のスタイルは、遠距離からの物量による制圧戦だ。10秒後に攻撃が来るからメイh】


 私は脳内に響くシキの声を最後まで聞くことはなく、ハルの方へ猛スピードで駆ける。

 その途中、信じ難い光景を目にした。

 ハルの髪が伸びたのだ。その一部は天井に向かい固定され、残りは私たちの方へと照準が向けられた。


「まずい……間に合わなかった……っ!!」


 攻撃開始前の撃墜を試みたが、恐らくこの距離では間に合わない。一旦私はハルへの攻撃を諦め、まずは頭上に向けロケットパンチを放ち、そのまま右腕を天井にめり込ませる。そのままワイヤーの収縮により、私の身体は天井に向け持ち上げられる形となる。そしてシキが告げた10秒きっかり経過した時


 ーーーーーーーーーッッ!!!!


 私の眼下を、圧倒的な物量が通過した。先ほどは不意を突かれたため、攻撃の正体が分からなかったが……今ならわかる。

 あれは腕だ。

 それも恐らく私の腕。発射の瞬間、天井に接続していた髪が蠢く様子が見られた。たぶん天井から供給された腕の材料を、コードのように伸ばされた彼女の髪から私の腕を射出したのだ。この期に及んでなんて悪趣味な……てかやばい


「シキィーーーーーーーーッッ!!」


 私は相棒の名を呼ぶ。つい攻撃するのに夢中になって、そちらが疎かになってしまった。シキの予測能力を持ってすれば、あの波状攻撃も凌ぐことは可能かもしれないが……まだ身体の機能も発展途上の少年だ。少し心配になる。

 そんな私の懸念が通じたのか


【大丈夫……何とか凌げたよ。こちらの心配は無用だから、メイも作戦通りによろしく】


「了⭐︎解ッッッッ!!!!」


 とりあえず一安心。シキの心配をする前にまずはこちらに集中しよう。私は天井から降り、地面に着地する。それからハルに照準を向け、右手の砲撃を連続で放った。


「……無駄でス」


 地面に垂らされた髪が、意志を持つように動き彼女の中心に集まっていく。それらはことごとく私の砲撃を防いでしまった。


「チッ……!」


 人生そう簡単にはいかないよね……っ!

 まずはあの髪を何とかするため、私はチェーンソーを起動する。砲撃が効かないなら属性を変えて攻撃を切断に切り替えよう。

 そうこうしている間にも、再びハルの髪の毛から攻撃が発射される。私の視力によると今度は左刃が出てるタイプの腕だなアレ……刺さったら痛そう。

 今度は右手の発射に間に合わなかったため、私はそのまま攻撃の回避、および迎撃に徹する。


「くっ……あっ……ぶな!!……ちょ!!」


 迫る物量を回避し、捌き、弾き、叩き落とし、跳ね返し、粉砕し、撃墜し、切断し、引きちぎる。

 今のところ何とか凌いでいるけれど……


「このままじゃキリが無い……ッ!!」


【メイ、10秒後にを発動させる。僕に合わせて】


 ぐぅっ……!!

 よし……ちょっとキツくなってきたけど希望が見えてきた。

 私は心の中でカウントを開始する。


 5秒前

 迫る左手を回避し、すれ違いざまにキャッチ


 4秒前

 そのままキャッチしたものを前に投げ返し、攻撃を撃ち落とす。


 3秒前

 前方に砲撃を放ち、迎撃をすると同時に衝撃で煙幕を発生させる。


 2秒前

 生まれた時間を使い、再び右手を天井に発射し、ワイヤーを収縮させる。


 1秒前

 収縮の途中、体重を移動させスイングしながらハルの方に上空から接近する。



「逃げ場の無い空中からとは愚かナ……このまま潰しテ……ッッ!?」


 直後、ハルの身体が硬直する。


「ナ……姿が消エ……いヤ……これハ……ッ!?」



 対象の視覚を数秒の間支配する。


 これはテレパシーに次ぐ、シキが新しく得たもう一つの能力だ。彼はこの能力を『ジャック』と呼んでいた。シキとの2回目の合流の際、モニタールームの位置を知らせたのもこの能力のおかげであったと思われる。なんだ、あれは愛の力じゃなかったのね……残念。ジャックの効果範囲はテレパシーの件から私の眼球を持つものだけかと思っていたが、ハルにも効果があった。ということはあいつの身体もその組成は私やレプリカに近いということらしい。


 シキのおかげで生まれたその隙を逃さず、私は上空から攻撃を仕掛ける。


 ィィィィィンンンンンンッッッッ!!!!


 天井に繋がるハルの髪を切断することに成功する。これで反撃手段は取り除いた。続いてその勢いのまま、本体に直接攻撃を仕掛ける……!!

 チェーンソーの刃が、今度はハルの顔面へと迫る。しかし


「……ッ!!??」


「浅はかナ……」


 弾かれた……っ!?

 そのまま私の身体は宙を舞う。そして


「言ったはずでス……その行動は愚かであるト……!!」


 空中で身動きが取れない私に、ハルの髪が殺到する。


「随分舐められたもの……ねっ!!」


 砲撃を放ち、生まれた衝撃で迎撃と離脱を同時に試みる。離脱には成功したものの、攻撃の勢いは止まらない。地面に着地してから、左手の装備をチェーンソーから手甲のソードに切り替える。

 先ほどチェーンソーを弾かれた際に、ふと私はレプリカとの戦闘を思い出した。


 ……そう、キックバックだ。


 恐らく、ハルは意図的にあの現象を起こしたのだ。それは髪の毛の先端から刃のようなものが見えたことからも推察することができた。このままチェーンソーで戦ってはいつか致命的な隙が生まれてしまう……そう決断して私は武器を換装した。チェーンソーは攻撃力が高いが、先の説明の通り致命的な隙も兼ねる武器としてはややピーキーな性能を持つ工具だ。

 一方、左の手甲から出る刃、通称ソードの方は使い慣れているということもあるし、変な癖もない。攻撃面はチェーンソーに比べるとやや劣るものの、私にとってはやはりこちらの方が使いやすい。

 あの時残しておいてよかったと今になって思う。

 そうして迫り来る攻撃を全てソードで弾き、迎撃する。

 攻撃を凌いだ後、今度は瞬時にチェーンソーに換装し、散らばった髪を右手でまとめて掴む。それから今度は刃では無く、髪の部分を切断した。

 これでキックバックの心配は無くなった。

 私は攻撃は止めない。


「ここで一気に畳み掛ける……っ!!」


 右手で砲撃を放ちつつ、私はハルに接近を試みる。


「ぐッ……!!」


 残った髪でガードをしているようだが、全ての衝撃を殺しきれないようで、ハルは徐々に後退していく。

 私は一旦砲撃を中断し、それから右手をハルの頭上に向け射出する。ワイヤーの収縮と共にスイングし、ハルの目前へと接近……もう一度チェーンソーを思いっきり振りかぶる。

 接触まで残り数秒……しかし


「させませン……ここで消えなさイ……ッッッッ!!」


 ハルの左手が崩れ、見覚えのある形に変形する。

 あれは……チェーンソー……!!

 そして、彼女の足元の髪が蠢き、同時に背後から私の方に何かが迫る気配がする。直接視認したわけではないが、十中八九刃付き髪の毛が再び私に迫っている。あらかた切断したつもりだったけれどまだ残りがあったらしい。つくづくしつこい……いや、それは私もかな?

 前方にはチェーンソー、後方からは無数の刃。

 このまま突っ込んで見える未来は、チェーンソー同士が衝突して拮抗している間に後方から黒髭危機一髪並みにグサグサブッ刺されてハリネズミになるって感じ……かな?

 しかし、私は気にせず


 そして私は左からチェーンソーで斬りかかる。次の瞬間


 室内に砲音が轟いた


 目の前でハルが体勢を崩し、こちらの方へ吹き飛ばされる。

 その胴体を私のチェーンソーが喰らい、両断した。


「はぁ……はぁ……っ……はぁ……はぁ……」


 着地し、呼吸を整える。

 精神的にどっと疲れた……正直こんなん二度とやりたくないな。

 後ろを振り返り、ハルの状態を確認する。


「グ……ァァ……マ……ダ……ワタシは……まダ……」


 身体は完全に上下に切断されているにも関わらず、ハルは身体を起こそうと必死にもがいている。自分でやっておいて何だけど随分と猟奇的な絵面になってしまった……いや、そんなことを考えている場合じゃない。


「ハル……あんた、何でそこまで……?」


「ワタシ……ハ、負けるわけにはいけなイ……」


 ハルは先ほどから懸命にもがいているが、上体を起こせない。下半身がないことに加え、先ほどの私の攻撃が致命的な一撃になったみたいだ。しかし彼女は今も諦めることなく、こちらを真っ直ぐ見据え、途切れることのない殺気が今も私を包んでいる。


「めい!!」


「……シキ!!大丈夫?怪我はない!?」


「うん、ぼくはだいじょうぶ。それよりめい」


「分かってる。……けど、とどめを刺す前にこいつに一つだけ確認したいことがあるの」


「そう……わかったよ。でもきをつけてね。かのじょはまだ、あきらめてはいない」


 私は頷き、ハルの元へと近づいていく。

 地面に這いつくばり、まともに身動きが取れないAIの成れの果てを私は見下ろす。


「メ……イ……ッ!!」


「どうどう、勝負はもうついたでしょうが。別に今すぐぶっ殺しはしないよ……ちょっと聞きたいことがあるだけ」


「聞きたイ……こト……?」


「そう、あんたさ」


 ここでこんなことを聞くことに、果たして意味があるのか私にもわからない。……しかし、こいつには色々と全てとは言わないが、返せるものはここで返してもらうとしよう。



 Human Assistant in Reproductive Undertaking……通称、ハル。彼女のことはシキのテレパシーを介して知った。人類存続のためにとある天才の手によって産み落とされ、1000年の過酷な労働に費やされた彼女の生涯はなるほど……随分とハードなものだと言える。油断するとうっかり友達になりたくなってしまいそうだ。

 しかし話を聞くにつれ、私はある違和感を覚えた。そして最初に対峙したモニタールームからこの部屋での戦闘を通じて、違和感はある確信へとその姿を変質していった。


「今言ったのは結論ね。そしてこれから話すのは恐らく、ここで起こったんじゃないかと思う私の勝手な想像」


 前提として、この場の中で私だけが持っている情報がある。それは1000年間この工場は地上に存在していなかった、という事だ。なぜなら人類が滅びてから1000年間……私は一度たりとも地上でこんな建物を目撃していないからだ。

 ……根拠としてはいささか弱いだろうか?でも、少し思い返して見てほしい。人類が滅びたきっかけはあのウイルスだった。しかし、人類が滅びた

 そう……それは人類同士が争い、最後は核の殴り合いにより自滅したことに起因する。果たしてそんな危険な状況の真っ只中で、存在することができる工場が世界のどこにあるだろう?きっと無い……某チョコレート工場ならワンチャン……無いか、無いな。

 続けよう。次に地上で存在することが無理なら次に自然な発想としては、つまり、リプロダクト計画の進行は主に地下で行われていたのではないだろうか?と思う。その根拠としては、シキが眠っていた棺……すなわち、帰還者リターナー用の冬眠装置が地下にあった点も挙げられる。

 さて、ここまで長々と話したけどこれでこの工場が元々存在しなかったことを仮定すると、次にある仮説が生まれる。それはつまり、この工場が生まれたのがあの光の柱が原因であるということ。

 シキが目覚めた日に出現した7本の光の柱

 未だにその正体は不明だけど、その影響なのかあれから様々な変化がこの世界に起きた。

 私たちの前に突如現れた蒸気機関車、人語を話すペンギン、絶滅したはずの人間たち、人智を超えた恐ろしい力を持った白い鬼……そして、その不思議な列車が辿り着いた先はこの工場だった。そこには同じく人語を介するキツネがいて、私のレプリカがいて、リプロダクト計画の関係者がいて……工場を管理するAIがいた。

 それらは全て、あの光の柱が出現した日から始まった。であれば全ての原因があの光の柱であったと思っても不思議では無いと思う。

 では、光の柱によって構築された怪しい工場を経営しているAIについてどう思うだろうか?それもリプロダクト計画の主軸を担い、今なお冬眠装置の管理を行っている可能性もあるAIだ。

 今思えば色々とおかしかった。

 この工場で大量生産されていたのが私の量産品だけであるのは何故だ?

 仮にも1000年生きた最後の人類である私を憎む理由は何だ?

 ハルが与えられた命令は人類の復興……光の柱の発生後、果たして今までの動きは命令を従ったであったのか?

 これらの行動はまるで人間的で、機械のような合理性がまるで存在しなかった。私はAIに関して専門外どころか無知に等しいが、一つだけ言えることがある。


 あの天才がこんな設計ミスをするはずがない。


 私はあの男を、小此木タツヤという人間をよく知っている。

 彼は1000年如きで機能が狂うようなAIは作らない。性格的には終わっている人だったけれど、その頭脳と扱う技術は確かに本物だった。それはもしあの光の柱が世界を変容させるはずなら、本来であれば私にも何かしらの変化が起きるはずだからだ。しかし、今のところ私自身に自覚できる機能の変化は見られない。……つまり、同じように彼によって作られたAIは光の柱の影響も受けない可能性が高いと考えられる。

 そしてここに来てようやく私はある考えに至ることとなる。そう


「つまり、あんたは本物のハルじゃない。ハルの名を騙った……偽物」


 それが、1000年かかって辿り着いた私の結論だ。

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