共鳴

「……くん、おーいシキくん」


「ん……うん……?」


「起こしちゃってごめんね。だが、少々まずいことになりそうだ」


「まずい……?……!!」


 シキはモニターの画面を視る。

 そこには


「扉の前にあの量産型が集まってきている。ここに侵入されるのも時間の問題だろうね」


「そう……しんやさん、じゅうはできた?」


「あぁ、そっちの方はちゃんとできたよ。ほら」


 シンヤはシキに完成した銃を手渡す。


「素材が1体分しかないから、砲撃の回数は6回分と少ないけどね。殺傷能力も高いわけじゃないし……自分で作っておいてアレだけど、これでよかったのかい?」


「うん……じゅうぶん。ありがとう、シンヤさん」


「どういたしまして。あぁ、それと君にもう一つプレゼントがあるよ」


「ぷれぜんと?」


「そ、はいこれ」


 手渡されたのは、白色の入れ物。

 軽い……そして、この形状はまるで


「シンヤさん、まさかこれ……」


「そのまさかさ。銃には不要なパーツだったし、それに……おやもしかして、彼女とお揃いになるのは嫌だったかな?」


「いや……それはべつに……あの、シンヤさん」


「……?なんだい?」


「これ、つけてくれませんか?あの……すこし、こわくて」


「ははっ……いや、失敬失敬。そうだな、気持ちは分かる。よし、引き受けよう。さぁこちらに来なさい」




「……ぅ〜……よっ……し、こんなもんかな?調子はどうだい?大きさとか合ってなかったらすぐ加工するよ?」


「え……っと、たぶん、だいじょうぶです」


「それは良かった。心配なことがあったらいつでも言ってくれ」


「ありがとう。ねぇ……しんやさん、たぶんこれがぼくとあなたがまともにかいわするさいごのきかいになることもあるかもしれないから、あとひとつだけききたいことがあるんだ」


「……ボクに答えられることであれば、ね」


「ぼくのことを、なぜとよぶの?」


「……?そりゃあメイくんが君をそう呼んでたから、ボクもそう呼んでいただけだが……あれ?なんか不快にさせちゃった?」


「とぼけないで。しんやさん、あなたはぼくのほんとうのなまえをしっているはずだ」


 シキ

 それは、メイが名付けたこの1000年後の世界における新しい彼の名前だった。

 しかしそれでは色々と疑問が生じる。

 第一に小此木シンヤはリプロダクト計画の実行に関わった人間の一人だ。それも、コールドスリープやリクリエイト計画などシキが被験者に選ばれたプロジェクトに密接に関わっていると考えられる。

 もしかしたら今の記憶を取り戻した状態のシンヤであれば、被験者の事も覚えていてもおかしくはない。

 すなわち、のことを知っているかもしれない……とシキは考えた。


「……なるほどね。ま、君が言わんとしてることは分かるよ。だが、たとえあの計画に関わっていた一人とはいえ、別に全てを把握してたわけじゃないんだ。そう、被験者一人一人の正確なプロフィールまで把握するなんて兄貴ならやりかねないかもしれないが……凡人のボクには無理さ」


「じゃあ、


 第二の疑問

 それは、計画の管理のために生み出されたAIである彼女……ハルが何故自分のことをシキと呼ぶのか、だ。

 百歩譲って、人間であるシンヤは以前のシキのプロフィールまで把握していなかった可能性もあるかもしれない。

 しかし、AIである彼女はどうだろうか?

 全ての被験者を把握し、あまつさえ1000年間のコールドスリープの管理を義務付けられた彼女……ハルが、以前のシキを把握していないはずがない。

 だが、ハルはシキのことを、と呼んだ。

 一体……この事実はどんな真実を物語るのだろうか?

 先ほどはシンヤも把握をしていない可能性も挙げたが、きっと何かを知っているだろうという直感のようなものを、シキは目の前の男に感じていた。


「そうか……やはり、君相手に隠し事は不可能だったな。しかし、残念だよ」


 シンヤの視線は、シキの方ではなく入り口に向けられていた。


「時間だ」


「……!!」


 再び、入り口が破壊される。

 何者かがこちらに近づいてくる音がする。


「どこに行ったかと思えバ……こんな所にいましたカ」


 部屋に響く無機質な声。

 それは人類を管理し、この工場セカイを支配する女王の声だった。

 視界が晴れる。

 そこには、ハルとその周囲を取り巻くレプリカ達の姿があった。


「さァ……帰りますよシキ。それとシンヤ、あなたにも来てもらいまス」


「おいおい、それじゃ約束が違うじゃないか」


「どの口が言うのですカ……ワタシはこの部屋には入るなと言ったはずですガ?」


「……あ、やっぱり?やっぱり怒るよね。ゴメンゴメン」


「アナタの行動は何故かログに残りませんからネ。ここで何をしていたのかはその身体に直接伺うとしましょウ」


「身体に聞くとかエッチだなぁ……そんな言葉、一体どこで覚えてきたんだい?」


「……極刑。そのゴミを連れていきなさイ」


「わー辛辣ゥー……ってちょちょちょ待って待って!?話せば分かる!!シキくん!!君からも彼女に何か言ってやって!?」


「はる、きみにききたいことがある」


「……シキ……?」


「きみは、なぜぼくのことを……しき、とよぶの?」


「……?それはアナタの名前がシキだからに決まっているでしょウ?」


「いや、ぼくにはなまえがあるはずだよ。せんねんまえのぼくのなまえが」


「……なるほド。シキ、アナタは気づいてしまったのですネ。ではお話しましょウ……シキ、ワタシは帰還者のことはもちろン、あの計画に関わった人間の記録は全てワタシの中にありまス……癪ですが、あのメイと呼ばれる少女のものでさエ。しかシ、つい先日例外がいたことを知ったのでス」


「……」


「シキ……落ち着いて聞いてくださいネ。アナタハ、ワタシのデータベースに存在していませン。アナタのような帰還者をワタシは知りませン」


「……!?……ま……まって、じゃあ、なんで……ぼくにあんなことをしようとしたの?」


「一つは、アナタ自身のことを知る必要があったからでス。情報がない以上、調査して人類にとって有益になり得るカ……それとも排除すべき存在なのかを把握しなければなりませんでしタ」


「ほかには……?」


「単純にワタシの好みだったからでス」


「え''?」


「おヤ?聞こえませんでしたカ?シキは時々耳が遠くなりますネ……ですからワタシの好みのタイプだったのデ、手元に置いて管理しようかと思ったのでス。……シンヤ?何故笑うのでス?」


「ふ……くく……っ……あ、ゴメンゴメン。1000年という長い時間のおかげかな?随分と面白い成長をしたもんだよね、君も。昔はあんなに堅物だったのにさ。これじゃあまるで人間みたいじゃないか」


「それハ……褒め言葉として受け取っておきまス。デスガ、それとこれとは話が別でス。二人とも大人しくワタシに着いてくるようニ。あまり手荒な真似をさせないで下さいネ?」


「あらら、どうやらまずいことになってきちゃったみたいだねぇ……シキくんどうする?ここは大人しく捕まっておくかい?ボクはともかく、君は逃げる必要もないんじゃない?」


「たしかにそのとおりかもしれないね。でもね、しんやさん……ぼく、いやなんだ」


「嫌……?それはあれかなハルに捕まって、あんなことやこんなことをされるのが怖いのかい?」


「そ、それもだけど!!……それだけじゃなくて、はるといっしょになるってことは、めいのてきになるってことだよね。ぼくは、じんるいのためにいきるより、めいのみかたでいたいんだ」


「すごいこと言うねキミは。彼女が聞いたら喜んで発狂すると思うよ。そうか……でも、ボクにはわからないな。だってキミたちの関係は、つい最近できたばかりのものだろう?その関係を守るために命をかけるほどの価値は……キミの第二の人生を歪める意味はあるのかい?彼女を見捨て、ハルの元で安全に暮らし、人類を復興させる道もあるんじゃないの?」


「それはちがうよ。めいはぼくのじんせいをゆがめたんじゃない。ぼくに、あたらしいいきかたをくれたんだ。あのしせつのちかにとじこめられていたぼくを、そとにつれだしてくれたんだ。めいがいなかったら、いまここにぼくはいなかった」


 シキは、ハルを真っ直ぐ見据えて言い放つ。


「だから、こんどはぼくのばんだ。めいをここからたすけだして、いっしょにここをでていく。はる、わるいけどぼくはめいのみかただ。きみについていくことはできない」


「どうしてモ……あの少女の味方をするのですネ……?」


 ハルは問う。

 ここまでの過程で返答は分かりきっていた。

 しかし、問わずにいられなかった。

 なぜなら、これは最後のチャンスだったから。

 この問いを肯定されてしまえば、もう後戻りはできない。

 目の前の少年を無理矢理にでも捕獲し、意思を奪い、従わせる。

 そんなことは彼女の本意ではない。

 だが


「……うん……っ!!」


 少年は頷く。

 それが、略奪の合図となった。



 ハルの取り巻きのレプリカたちがシキを取り囲む。

 その数は4体。

 先程は1対1であったこと、相手が自分に敵意を持っていなかったこと、そして左手の刃を抜いていなかったことで不意打ちは成功した。

 しかし、現在の状況はその真逆と言える。

 こちらの手持ちの武装はシンヤが作成した銃が一挺

 身体的なスペックは余裕でコールド負け

 強みがあるとすれば未来予測じみた状況の観測を行えるくらいだが、手持ちのカードが明らかに不足しているこの状況ではその異能の効力は十分に発揮できない。

 どんなに優れた戦略も、圧倒的な暴力を前には役に立たない。

 ……そう、今必要なのは力だ

 理不尽を覆し、流れを変える圧倒的な力

 そこで、ある考えが浮かぶ


(……さっきあんなことをいったばかりなのに、ぼくはほんとうにひりきだ)


 シキは心の中で自嘲する。

 思い浮かんだのはいつもの通り他力本願。

 自身の非力を認め、に縋る彼の十八番。


「しんやさん……ほんとはまだむりしないほうがいいとおもっていたけど、さっそくつかわせてもらうよ」


 シキは列車から付けていた、眼窩を覆う包帯を解く。

 闇に覆われていたそれを解放する。


 今、そこには


 シキは集中する。

 シンヤが少女の複製品から眼球を摘出し、加工した義眼

 自身に埋め込まれたそれに、本来は存在しないはずの神経を繋げていくイメージを脳内で作り上げる。

 シキは思い出す。

 自分と同じ薄紅色の瞳を

 シキは思い出す

 自分を見る大切な少女の姿を


 繋がった


 それは、この部屋ではないどこか……でもきっとすぐ近く


「めい……ここだ……っ!!!!」


「……ッ!!……捕らえなさイ!!抵抗するなラ、多少痛めつけても構いませン」


 命令が下り、レプリカがシキに殺到する。


 次の瞬間


 ィィィィィィイイイイイインンンンンンンンンンッッッッ!!!!!!!


「ァ……!?」「……ガ……ッッ…」「ォ…………!、」「…マ……!?」


 突如としてチェーンソーの音が響き、シキを囲もうとした量産品の悲鳴が上がる。


「なゼ……!?あなたガ……!!」


 爆風になびく灰色の髪

 意思の宿る薄紅色の瞳

 どれだけ汚れに塗れても、なお輝きを失わない白い肌

 左手にチェーンソーを轟かせ

 右手からは白煙を登らせる


 そこには、彼女の姿があった。

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