モニタールーム

「はぁ……!……はっ……は……っ!!」


 シキは走る。

 背後より迫る脅威から逃走を試みる。

 実はハルの言っていたことを全て理解できたわけではなかった。

 彼はその年齢にそぐわず、理解力や知識は豊富である。

 しかし、まだ知識には疎かった。

 流石に赤ちゃんはどこから来るの?レベルの疑問はとうに解消していたが、具体的な男女のアレコレに精通しているわけではない。

 だが、それでもなんとなく、分かることもあった。


 捕まったら……たぶん死ぬ


 その手の人間であれば、きっと死因としては幸せな方なのかもしれない。希望する死因ランキングなどというものがあれば、恐らくトップスリーにはランクインするだろう……が、まだシキは子供である。

 得体の知れない恐怖に対峙した彼が選んだ選択は……逃避。

 よって彼は元来た道をひた走るのであった。

 しかし、威勢よく飛び出したものの少年の体力は早くも限界だった。息は絶え絶えになり、走るスピードは歩行ともはや変わらない。

 このままでは追いつかれるのも時間の問題だろう……と思っていたその時である。


「……?……」


 扉があった。

 シキが今いるのは、ハルがいた部屋からメイと別れた地点までの通路の中間に位置している場所である。ここはシンヤの話を聞きながら通過した地点ではあったが、そこには先ほどまでなかった部屋が出現している。


(わな、なのか……?)


 少年は思考する。

 客観的に見て、自分は今絶体絶命に近い。

 そんな状況で目の前に現れたこの扉……疑うのも無理はない。それに、この施設内は全てハルの支配下といっても過言ではないため、この中に逃げ込んでも状況が変わる可能性は低い。

 しかし、シキの体力はこの時点で既に限界であった。


「ーーーーーーーーーーーーーーー」


 扉が開いた。

 シキは何もしていない。ただ目の前に立っただけである。

 疑念は更に増したが、とにかく今は休息が必要だと思った。

 意を決し、シキは歩みを進め、扉の中に入ることにした。



 部屋に入ったシキが見たのは、一面に広がるモニターの群れと無数のキーが埋め込まれた筐体、そして


「〜〜♪あとはこうしてこうして〜〜♪こ・う・か・な?……わ、エラーだ。兄貴はさすがだよなぁ……しゃあない今度は違うアプローチで行ってみるかな〜〜……お?誰かと思えば少年か?さっきぶりだねぇ〜元気してた?」


 そこにはモニターの前で何かを打ち込んでいる、シンヤの姿があった。


「はぁっ……はぁ……しんや……さん……?」


「いやぁ……ボクをちゃんと名前で呼んでくれるのは好感度高いね。メイくんときたら初対面からオッサン呼びだったからさぁ……って君が聞きたいのはこんなことじゃないよねゴメンゴメン。ただ、ここはなんていうか少し説明が難しい部屋なんだよね。あ、そうそう」


「……?」


「君にとっては災難だろうが、まずはそこの扉から離れた方がいい。


 シキは倒れ込むようにして反射的に扉を離れた。そして次の瞬間


 ィィィィィィィィィィンンンンンンンンンンン!!!!


 金属が切断される音がした。

 シキは急いでシンヤの方に走る。

 扉が崩れ、誰かが入ってくる。


「きみは……!!」


 そこに立っていたのは、先の戦闘で離れ離れになってしまった少女


「いや……ちがう……」


 に

 本物ではない、とシキは即座に見破る。

 周囲を見渡して武器になりそうなものがないか探す。

 しかし使えそうなものは見つからなかった。


「しんやさん!あのじゅうは!?」


「残念ながら、君に渡したアレが最後だよ」


「っ……なんで、そんなよゆうなのさ!?」


「物事っていうのはなるようにしかならないのさ。こんなところでやられるってことは、ボクも君もそこまでの人間だった……ってことなんだよ。それにね」


「……?」


 シンヤは目の前の少女に背を向け、モニターの方へと向き直る。


「もう少しの辛抱さ」


 メイのレプリカが、シキに近づく。


「こちらにいましたかシキ様、ご無事で何よりです。ハルがあなたを探しています。今すぐお戻りください」


 メイと同じ声……違うのは、丁寧な言葉遣いと戦闘の跡が見られず、傷一つないその綺麗な外見くらいか。


「……聞こえませんでしたか?では、もう一度言います。シキ様、今すぐハルの元へとお戻りください。こちらとしてもあまり手荒な真似はしたくない」


 ……が、シキは忠告を無視し、彼女のある一点に注目している。


(ちぇーんそーじゃない……?)


 先ほど、入口を破壊した際に装備していた、彼女の左手の刃を思い出す。

 それは、メイがいつも装備していたシンプルな刃物だった。

 どうやらレプリカはチェーンソーを装備している個体と、そうでないものがいるようだ。

 現在はシキの警戒を解くためなのか、刃はしまわれている。


(たしか……あのこうぞうは)


 シキはレプリカの方に歩みを進めた。


「素直でよろしい……さ、こちらへ。安心してください、ハルも事を急ぎすぎたと反省してますので、あなたに危害を加えることは…………え?」


 シキは、目の前のレプリカの手を左手をとる。


「ね……こわいから、てをつないでもいい……?」


「おっふ……え……っ!?……あ、はい!!しっかり握っててくださいね!!」


 シキは天使のような笑顔を浮かべながら、その左手を


 


 そして


「ごめんね」


 手甲から刃が飛び出し、彼女の中心を貫いた。


「……ぁ……?」


 不意の出来事に、彼女は身体のバランスを崩しかける。

 その瞬間をシキは、足を払い、前のめりに転倒させる。


「……ぇぁ……!?」


 刃がさらに深く突き刺さる。

 そして、床に伏している彼女の頸部に、シキは足をかけ


 ぐしゃ


 その細い首を踏み抜いた。

 一瞬、彼女の身体が痙攣したが、間もなく動きを止めた。


「……はぁ……はぁっ……」


 やってしまった、と彼は思う。

 必要なこととは言え、果たして彼女を殺す必要があったのだろうか?

 足を持ち上げ、自分が踏み抜いた跡を視る。

 彼女は他に伏したまま動かない。彼女はレプリカであり、メイとは違って完全な機械だ。それを、人は命とは呼ばない。しかし、シキは自身が手を取った時の彼女の顔が頭を離れなかった。

 嫌な思考が頭を巡りそうになる、その時だった。


「い、いやぁ〜お見事だったね。メイくんの事をよく知っている君だからできた、鮮やかな手際だったよ」


 シンヤの声がする。

 シキは、そこでようやく我に帰る。

 自身がやるべきことを思い出した。


「……しんやさん」


「……?……なんだい?」


「そざいがひつようだったんだよね……?をつかって」


「あぁ……なるほどね、疑問が解けたよ。了解した、ちょっと待っててくれ……と、その前に」


 シンヤがキーを叩く。


「いりぐちが……」


「今は時間が必要だからね。このままだと増援が来ちゃうかもだし」


 入り口が覆い隠される。

 これで傍目には、そこに入り口があるとは分からない。


「しんやさん……もしかして、わざとかのじょをここにいれたの?」


「……はて、何のことかな?さてと、早速作業に取り掛かるとしますかね。工具工具〜♪……あれ?」


「……?どうしたの……?」


「愛用の工具が無くてね〜もしかして……ま、サブのものもあるし、この部屋の道具を使えば事足りるわけだけど」


「そう……なんだ……?」


「そーそ、シキくんさ、ここまでずっと動きっぱなしでしょ?少し仮眠でもとりなよ。このままじゃもたないよ」


「まぁ……そうだね」


 正直、限界ではある。

 元々この部屋に寄ったのは、休息を取るためというのが目的であった。

 そんな矢先に先程のレプリカの襲来。

 シキは気が抜けてしまい、瞼が重く感じられた。


「じゃあ……すこし……ねる」


「あぁ……ボクに任せな。良い夢を」


 シンヤの声に見送られるように、シキは束の間の眠りに落ちた。

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