Human Assistant in Reproductive Undertaking

 シキは目の前の少女を見る。

 身長はシキよりも少し高いが、メイよりは低く、小柄だ。

 身体のラインもほっそりしていて、どこか幼さを残している。

 色素の薄い肌を、長い黒髪が撫でつける。

 それは、まるで真っ白な地面に無数の細いコードが這っているあの地下施設の姿を想像させた。

 シキがこちらを見ているのに気づいたのか、彼女の淡い蒼の瞳がこちらを見据える。


「……?……どうかしましたカ?シキ」


「いや……まるで、きみは」


 人間みたいだ、と少年は言いそうになった。

 先ほどのシンヤの話を信じるならば、彼女はAIだと言う。

 しかし、それでは何故彼女は肉体を持っているのか?

 そもそも人類を存続させるために稼働しているはずのAIが何故、こんなところにいるのか?

 そう考えるシキに


「この身体ハ、つい最近作れるようになりましタ。あなたと一緒にいタ、あの人間のおかげデ」


「……めいはぶじなの?」


「まだ生きてはいまス。シキはあの人間……いヤ、あれが人間と呼べるのかもだいぶ怪しいのですガ……彼女のことが大事なのですカ?」


「だいじだよ」


 シキはそう言い切る。

 あの少女と自分は、まだ会ってから日が浅い。

 確かに人と人の仲を深めるにあたり、時間は欠かせない重要な要素だ。短い付き合いよりも長い付き合いをした人間の方がその絆は深く、そしてより強固になっていくのは必然と言える。

 しかし、何もそれだけではない。

 崩壊する地下空間からの脱出。

 炎上する列車の中での死闘。

 そして、この工場内での別離。

 これまで様々な苦難があったが、彼女といたからこれらは乗り越えられ、そしてこれからも2人だったらどんな困難も乗り越えられるとシキは信じている。

 そんな唯一無二のパートナーを、大事に思えないはずがない。


「そウ……ですカ」


 そして、目の前の少女は告げる。


「しかシ、あなたにとっては残念であると思いまス。何故なら彼女ハ、新人類にふさわしく無いからでス。……ですかラ、ここで処分しまス」


「それは……めいがりたーなーじゃないから?」


「そうでス。1000年前、ワタシがから受けた命令は一つ、それは『来るべき時まで帰還者を守り、無事に目覚めさせる』ことでス。すなわち帰還者でないあの少女ハ、そこに含まれていませン」


「……それはわかった。でも、だからといってめいをはいじょするりゆうにはならないはずだ」


「いいエ、なりまス。言ったはずでス、ワタシの使命はであるト。それはあなたたちが目覚めた後も適用される命令でス。そして彼女という存在ハ、帰還者に害を与えるものでス。だかラ、ワタシはワタシの使命である人類のためニ……そしてあなたの為にも彼女を滅ぼさなければならなイ」


 メイと言う存在が、帰還者である自分に害を与える……?

 シキは納得がいかなかった。

 確かに、メイという存在はこの世界において一番のイレギュラーだろう。帰還者とは違い、彼女はこの1000年を地続きに生きてきた記憶と経験がある。それにまだ詳しい機構は分からないが、自分たちとは身体の構造も異なるのだろう。

 しかし、たったそれだけだ。

 たったそれだけの理由で、何故彼女がここまで言われなければならないのか?

 それに害を与えると言う言葉の真意もわからない。むしろ害どころか、彼女がいなければあの施設に生き埋めにされ、自分は今こうして無事にはいられなかっただろう……。

 ハルの言動は数式とアルゴリズムで構成される、いわゆる論理の集合体である存在に相応しく無い……端的に言えばAIらしくない、と思える。

 もしかしたらメイにはまだ自分が知らない、もしくは気づいていない危険性のようなものがあるのかもしれない。それでもシキは納得がいかなかった。


「それに心配はいりませン。彼女を残しておくことはできませんガ、代わりはいくらでもいまス」


「……まさか」


「既にあなたも会っていますネ?シキがこの施設で最初に出会ったもう一人の少女、すなわちメイという少女を完全に再現するたメ、作成したレプリカ。彼女には記憶も付与したのですガ……残念ながらそれは失敗であったようでス。本物のメイとあなたを引き離すため特別に製造したのですガ……あれは自身が作り物であル、と気づいたことでアイデンティティが崩壊シ、壊れてしまいましたので廃棄することにしたのでス」


「たった、それだけのために……?」


「はイ。全てはあなたのためニ」


 信じられない、とシキは思う。

 先ほどの話によると、メイと同じ姿をしたあの少女はシキを欺き、ハルの思い通りに操るための駒として製造された……という。自身を本当のメイである、と信じていたあの少女……彼女がその正体に気づいた時、いったいどんな気持ちだったのだろう。

 それはきっと想像もつかない。

 しかし、この目の前の少女はそんなことを知る由もない。恐らく使命を果たすためならば、それが当たり前だと思っているのだろう。そもそも疑問にすら思わないのだ。

 けれど、だからといって……いや、だからこそシキは思ったのだ。


「なんて……ことを……!!」


「あー……お取り込み中すまないが、ちょっといいかな?」


 一瞬、冷静さを失うシキを遮る形で男の声が割って入る。


「……シンヤ、あなたまだいたのですカ?」


「基本的にここの女性陣ボクの扱い雑だよね?まあ、慣れっこだけど……あのさ、シキ君は無事に連れてきたし、ボクの役割もここまでだよね?じゃあ、もう好きにしていい?」


「わざわざ何かと思えばそんなことですカ。もちろんそれは構いませン……ガ、忘れていませんカ?以前にも申し上げた通り」


、だろ?分かってるよ。それじゃあ、後は若い二人でごゆっくり〜……あ、ハルはもうそんな歳じゃあないか」


 そう言い残し、シンヤは部屋から出ていった。

 あまりに突然のことであったため、シキは呆然とする。

 しかし、そのおかげか先ほどまでのハルへの怒りはその行き場をなくし、徐々に萎んでいくようだった。


「あの男も、いずれ処分する必要がありますネ……!!」


 一旦、シキは自分を落ち着かせる。

 先ほどから自分は少しおかしい。これは単に気持ちが高まっている……というわけでもない。

 心なしか、目の奥が熱く感じる。

 それは、まるで凍結処理によって凍っていた自我が目覚めていくように……もしかしたらこれが自分の素だったのかもしれないな、とシキは思う。しかし今は目の前の存在に怒りを抱く前に、まだ自分にはやることがある。

 メイがまだ生きている。

 恐らくハルが言うことは本当だろう、とシキは思う。それは彼女がこの施設の管理人であることは明らかであり、その様子からして現状、シキに対し嘘をつく理由もないと思ったからだ。


「さて、妙な邪魔が入りましたガ、気を取り直して話の続きヲ」


 ハルは再びシキに話しかける。


「あなたの保護は無事に完了いたしましタ。これからは人類復興を成し遂げるべク、シキにも色々と手伝っていただかなくてはなりませン」


「ぼくはなにをすればいいの?」


 メイを排除するという思想にはまだ同意できないものの、シキはハルの今後のこと、そして彼女の真意を確かめるべく対話を続ける。


「子作りでス」


「……え?」


「おヤ、聞こえませんでしたカ?ですかラ、子作りでス。性行為、セックス、呼び方はどれでも構いませんガ、とにかくあなたには繁殖に励んでいたたかなくてはならなイ……それハ、あなたにしかできないことなのでス。労働力はあの量産品たちで賄えますが人間を作る行為ハ、ワタシには不可能ですかラ」


「き……きみのもくてきはぼくらをまもることであって、そのさきのことはめいれいにふくまれてない……と、おもうのだけど」


 シキは少々苦し紛れの反論を試みる。

 恐らく、目の前の彼女には無駄な気がするが……とにかく今は時間が欲しいと、シキは思った。なぜなら目の前の少女の口から発せられた言葉に、またしても理解が追いつかなかったからだ。


「いいエ、含まれまス。帰還者を守るこト……それはすなわち人類という種を守ることと同義と考えられまス。そのために繁殖は不可欠、必要事項なのでス」


「うぅ……かいしゃくがでかい。で、でもぼくじゃなくても、おじさん……そう、しんやさんではいけないの?」


 なけなしの希望をかき集めて、少年は再び反論を試みる……が


「ワタシも最初はそう思っていたのですガ……」


「なにが……いけなかったの……?」


「彼は無精子症だったのでス」


 シキは再び絶句する。

 一体、今日何度目だろう……と思いつつ。

 無精子症

 それは、精子をつくる精巣に何らかの異常が生じることで精子が作れなくなる、もしくは精子の通り道である精管が狭窄してしまうことで、精子が射出できなくなる疾患である。

 端的に言えば、子供が作れない。

 人類の復興……という目的に対し他にこれほどの天敵はいない。

 しかし、ここで疑問が生じる。

 先ほど聞いたリプロダクト計画、その概要は帰還者を凍結処理した後、環境が安定次第解凍、その後は帰還者が人類復興に努める……というものだろう。

 話を聞く限りではシンヤも帰還者のはずである。

 だが、彼は……これは、いったいどういうことなのか?

 シンヤは帰還者候補の選定には様々な条件を考慮した……と言っていたが、もちろん生殖能力もその項目の一つだったはずだ。

 生殖能力を持たない帰還者

 そのような存在を生み出した目的、そのメリットは何なのか……シキが考え始めた時であった。


「シキ、もしかしてあなたは嫌……なのですカ?」


「え´´?」


「そうですネ、あなたのような歳の子に、このようなことを強いるのは酷なことだとは思いますガ……安心して下さイ。伝聞によれば痛いのは初めだけと言いまス。なにぶん私にもこのような経験はありませんガ、タツヤのコレクションを参照すればそのへんの知識は補えるでしょウ……。私の外見が好みでなけれバ、癪ではありますがあの量産品を用いることにしましょウ……それならあなたにも満足してもらえますよネ……?」


 シキは逃げ出した。

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