私とわたし


「あー」


 それは、声というよりも肺に溜まっていた空気が、ただ抜けていくような感覚だった。


「あー」


 ため息しか、出なかった。

 2回

 そう……2回もこの地下空間に落とされた。

 世の中広しと言えど、私ほど物理的に奈落の底に落とされた人間もそうはいないだろう。

 あそこから脱出した時、もう2度と戻るまいと思っていたはずだったのに……たぶんあれから2時間も経っていないんじゃないか?

 ふざけてるよなぁ……ホント

 久しぶりに……キレちまったよ。……屋上とかはないけど。

 再びこの穴倉に落とされてしまったショックにより、初めは落ち込んでいた私であったが、後に一緒に脱出したはずのオッサンに落とされたことに気づいてから、ふつふつと怒りが湧いてきた。

 ここで少し言い訳をさせてもらうと、うすうす気づいてはいたのだ。あのオッサンが記憶喪失ではないことに。

 私は少し前、この場所で交わした会話での一言を思い出す。


『ボクさ、実はここに落ちてくるまでの記憶がないんだよね』


 彼はそう言った。

 なんて事のない一言のように思えたが、私はあの時なんとなく違和感を覚えた。

 彼は記憶喪失だと言う。

 ここで思う。記憶喪失とは何だろうか?

 昔のことだが、記憶にはいくつか種類があると聞いたことがある。

 一つはエピソード記憶……これは私たちが経験した出来事に関する記憶のことだ。

 そして二つ目は手続き記憶……それは私たちが身体で覚えた出来事に関する記憶のことだ。

 なんかこの辺も細かく分類とかできるとかあの天才、もとい変態はごちゃごちゃ言っていた気もするけれど……ざっとこんな感じだったはず。

 あのオッサンが有していた工学的知識、そして技術からすれば、恐らく全てさっぱり忘れてしまっているわけではないのだろう……すなわち、仮に記憶が失われたとするならば、それはエピソード記憶の方だ。

 では彼は一体……どこからどこまでの記憶を失ったのか?

 全てというならば、それはもちろん彼が産まれてからの記憶だろう。

 しかし、それは恐らく無い。

 彼はの記憶、と言った。

 それはここに落ちてきた……すなわち、落ちてくる間の記憶はあったということ。

 つまり、落ちてくる直前の地上にいた時の記憶を有していた可能性が高い、と言い換えることもできる。もしこの発言だけを根拠とするのなら、単なる揚げ足取りと言われてもおかしくは無いかもしれない。私も最初は、落下した時の衝撃で記憶が飛んだのかな?とか思ってはいた。

 しかし可能性として、彼は自身が何者かに落とされた……もしくはを知っていたのだ。

 今思えば、彼はこの施設に関して詳しすぎた。

 いくら工学的知識があるからと言って、記憶がない状態でいきなり私という高度なテクノロジーを秘めた機体を改造できるのか?

 また、見知らぬ場所にも関わらず、あそこまで確信を持って、ここからの脱出ルートを確保できるのか……?

 私が思うに、彼は私と出会った時には既に記憶が戻っていた……いや、もしかしたら元々記憶を失っていない可能性もあるのではないか?

 ここまで、推論を重ねてみたものの結局のところ、真相はわからない。

 恐らくこれ以上無い頭を振り絞り、ここで考えていても無駄だろう。とりあえず今わかっていることは

 あのオッサンは何かを隠しており、信用できないということ。

 シキがヤツといる限り、危険に晒される可能性が高いこと。

 今すぐここを脱出して、彼らに追い付かなければならないこと。

 以上だ。

 方針は決まった。ならここからは具体的な方策を検討する時間だ。

 ……別にこんなのいつものことじゃないか、このくらいでへこたれるな。

 私は、自分に言い聞かせる。


 具体的な脱出法について

 まずは前回のおさらい。

 あのオッサンの提案により、工場で発生する不良品の廃棄のため一定周期で開閉する天井……私はそこに向けロケットパンチを放ち、ワイヤーの収縮機構を利用して脱出……簡単にまとめるとそんな感じかな?

 ここで考える。

 同じ方法が、果たして今回も通用するのだろうか……?

 私はふと、足元を見る。


「なんか……前よりも高い……?」


 そして、天井を見る。

 思った通り……私の足元にある不良品の数が、以前より増えている。たぶんその影響で地面と天井の距離が近づいているのだ。

 この事実は朗報であると同時に、悲報と捉えることもできる。

 まず、天井までの距離が近い……これは朗報だ。なぜならそれだけ前回の方法での脱出がしやすいからだ。このくらいの距離であれば、オッサンに改造される以前の私でも脱出は可能であったかもしれない。

 そして、肝心の悲報の部分

 またまた前回の脱出時におけるオッサンとの会話を思い出す。


 果たしてあと何回天井は開くのか?


 そう、この問題だ。

 これがあったから、前回私たちは次に天井が開いた時、それを最後のチャンスだと思って脱出を試みようとしていたのだ。

 一体あれから何回廃棄は行われた?

 そしてあと何回廃棄は行われる?

 もし廃棄が行われなくなったら、不良品はどうなる?

 簡単な話だ

 汚物は消毒、ゴミはゴミ箱へ。

 粉砕され、焼却され……はい、おしまい。

 そんな感じであっけなく私の1000年は無に帰すのだ。


「……ふざけんな……!!」


 冗談じゃない。

 こんなところが私の終着点だと……?

 諦めてなるものか……だってそれは

 ふさわしくない、と思った。

 今までずっと頑張ってきた人間が辿る末路が、こんなものなのか?

 別に私が今日まで生き抜いてきたのは、誰かに褒められたかったからでも無く、それはあくまで自己満足の範疇だ。

 だが、。こんな終わり方じゃ無い。

 こんなしょうもないところで死ぬのは、気に食わない。

 何に対して気に食わないのか、私自身完全に把握はしてないけれど、とにかくそう感じた。

 だから


「どうせ死ぬなら……美少年の腕の中で死んでやる……!!」


 私は決意を新たにする。

 脱出はする……しかし、前回と同じ脱出法ではダメな気がした。

 きっと天井が空くのを待っているだけではダメなのだ。

 具体的なプランはまだ思い付かないけれど……とにかく今は動いてみよう。

 私は何か使えるものがないか、辺りを探すことにしたその時だった。


「ひっ……!?」


 足元にあった何かにつまづき、前に倒れるように転んでしまった。


「……ったぁ……なんなのもう」


 思わず悪態をついてしまう。

 暗がりなので気をつけていたはずだったが、どうやら不良品の1つに引っかかって転んでしまったようだ。

 やれやれ、私もとことんついてないなぁと見事に私をはめてくれたご尊顔を拝見しようと後ろを振り返る。そこには


「!!……こいつ……もしかして……?」


 右手の先は潰され、左手にはチェーンソー

 その他の外見は私と瓜二つのその姿

 間違いない……こいつはついさっき私と戦ったレプリカだ。

 やっぱり一緒に落とされていたのか。とりあえず警戒しつつ、観察をしてみる。

 どうやら意識はないようだ。

 ……もしかして死んでしまったのだろうか?と、一瞬思ったが、その考えはすぐに消えた。

 レプリカの右腕が微かに動く。

 とっさに私はヤツの右腕を思いっきり蹴り上げる。

 そして、地下に砲音が響いた。


「あっ……ぶないなぁ……っ!!」


 仰向けになったヤツの身体に私は馬乗りになった。

 両手の自由を奪い、無力化しようと試みる。


「くっ……!!離せ……っ……!!」


「敵に捕まった女騎士かあんたは」


 それからしばらく暴れていたが、完璧にロックされていることに気づいたのか、ヤツは抵抗するのを諦めた。

 傍から見たら、同じ顔をした同士のキャットファイトである。

 ……なんて不毛な争いなんだ。どこかに需要あるのかな?


「とりあえず色々言いたいこともあると思うけれど、時間がないから簡潔にいくよ。今あんたには2つの選択肢がある」


「……」


「一つ、ここで私に逆らって、スクラップにされる」


「……っ!!」


「二つ……お互い協力して、ここを脱出。私たちをこんな目に遭わせた輩をまとめてぶちのめす」


「……は!?……そんなこと……!!」


「時間がないって言ってんの……!!」


 私は左の手甲から欠けた刃を出し、そのままレプリカの首筋に当てる。


「早く、決めなさい。というか普通だったらさっきの砲撃の時点で私に殺されていても、あんたは文句を言えない立場にあるのわかってる?分かったら答えなさい……あんたは、どうしたい?」


「……わたし……は」

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