これまでの人類の抵抗
「この名を名乗るのは、なんだかずいぶんと久しぶりのような気がするよ」
「それもそうだ。なにせ、人類が滅びてから1000年以上が経過しているのだからね」
「……ああ、わかってる。可能な限り順を追って説明する」
「始まりは気づいたら1000年経っていた……というところだ。目覚めたら、1000年が経過していた。まずこの事実から、ボクの中である仮説が生まれた」
「コールドスリープ」
「目覚めた時の状況と、自身の肉体の状態を思い返して考えられるとすれば、恐らくそれだろう。何らかの方法でボクは1000年もの間肉体を凍結保存し、そしてつい最近この場所で目覚めた」
「1000年前のボクはどんな人間であったのか……まぁ、記憶が戻る前からある程度は予想がついていたことに、ボクはとある機関でエンジニアをしていた」
「そこではウイルスの蔓延により来る滅びを回避し、いずれ人類を再生するための計画……その名もリプロダクト計画の研究が、進められていた」
「リプロダクト計画において、ボクはとある2つのプロジェクトの副主任として参加していた。その1つがコールドスリープを用いた人類の保存だ。……キミも被験者だったんだろう?実はあの装置を開発したのはボクでね。寝心地はいかがだったかな?……覚えてない?そいつは残念」
「では気を取り直して。コールドスリープとはその名の通り特殊な装置を用いて肉体を凍結、仮死状態にすることで半永久的な生命の保存を可能にする手法だ。元々医療分野に用いられていたためか、この技術は1000年前の時点でかなり発達していてね……このプロジェクトに転用するのに、そう苦労はしなかったさ」
「計画のために世界中から被験者を集めた。性別、人種、年齢、その他あらゆる項目を精査し、候補を選定し、我々は新人類に相応しい者たちを決めていったんだ。初めから全ての人類を救おうとせず、一握りの人間だけを確実に救う……これをひどいと思うかい?まぁ、そうだね。だが装置には限りがあったから、苦渋の決断だった」
「さて、ここで重要になってくるのが、もう1つのプロジェクトの方だ。先に説明したコールドスリープによる人類の保存は、あくまで時間稼ぎに過ぎない。結局のところあのウイルスによる人類の絶滅を、我々は完全に回避することができなかったんだ。この1000年で宿主たる人間とともに、その原因たる病原体も消滅した……が、たとえコールドスリープで生き残った全ての人間が集まり、繁殖を重ねたところで滅びを回避することは出来ない。なぜなら人類の減少はもはや取り返しのつかない段階をとっくに通過し、コールドスリープから目覚めた人間の多くは、この荒廃した世界の厳しい環境を生き抜くことができず、そのまま死に絶えてしまうと考えられたからだ。したがってその問題を解決するために、我々はもう一つのプロジェクトを推し進めることにした」
「その名はリクリエイト計画」
「その概要はこの厳しい環境を生き抜き、新世界を創造できる人類を作り出す……人類の復活を賭けた大規模な施策の一つだった。具体的にはコールドスリープの被験者の中から、適性がある者に肉体改造を施した。そして彼らには適性が……その内容は多岐にわたるが、ある共通点が存在した」
「不完全であること」
「そうだな、キミの言う通り世の中に欠点の無い完璧な人間なんてどこにも存在しない。だが、他者とは異なり生まれながらにして明確に欠けているものがある、または生きている中で何かを失いハンディキャップを抱える者は数多く存在する。我々は被験者の中からそういった人間をさらに選抜し、その欠損を補いあまりある条件を提示した。そして同意を得られた者に限定して、特殊な肉体改造を施したんだ」
「……そういえば、キミは眼球が無いんだったね。そのことについて、今まで疑問に思うことがなかっただろうか?なぜ、自分には周囲のことがわかるのだろうと、それではまるで実際に見えているようじゃないか、と」
「確かに視覚を失った者が、他の感覚で補うことで健常者ほどとは言わなくても、それに近い動きを可能にした事例は数多く存在する。しかし、キミのそれはもはやそのような次元を遥かに超えている」
「キミのような存在を
「……理解できないかも知れないが、実はキミを見つけた時にボクは大いに歓喜した。なぜなら君の存在は長年を費やしたボクの研究が成功し、そしてこれから先ボクが手がけた存在が、新たな人類となっていく象徴となることを示唆しているからだ」
「……だが、ボクは同時に出会ってしまった。メイという少女に」
「最初は彼女もキミと同じ帰還者かと思った。しかし、いくら記憶を探っても彼女のような被験者はいなかった。その理由は、しばらく彼女と接している間に分かった」
「彼女は、凍結保存により1000年を越えたわけではなく、1000年間をこの世界で生き続けてきたのだと」
「メイくん……彼女は、ボクの兄によって作られた、帰還者とは違う形の新人類だったんだ」
「その事実に気づいた時、ボクは底知れぬ恐怖と同時に……嫉妬を感じた。彼女は1000年間を装置の中でやり過ごしただけの我々とは違う……1人、たった1人でこの世界を生き延びた。それは人類未到の領域……いや、もはや神の領域をも侵す所業であり、今まで誰も成しえなかった偉業だ」
「これは主に彼女自身の精神力がでかかったのだろう……だが、それだけではない。技術面を補ったのは小此木タツヤ……ボクの兄だった」
「兄は天才だった」
「ボクはね……天才という言葉が嫌いだ。なぜなら天才という言葉は凡人が作り出したもので、この言葉を使う時点で、ボクらは彼らの才能に敗北しましたって言うのと何ら変わらないからさ」
「だが、そんなボクでも兄を表現するには他の凡百の言葉では不可能でね……それほど彼は特別だった」
「天才の兄、そこそこ優秀でも天才にはなれなかった弟、生まれた時からずっと比べられて育ってきたよ……まぁ、実によくある話だ」
「リプロダクト計画においても、兄はあらゆるプロジェクトの主任を務め、その能力を遺憾無く発揮した。そんな姿をボクは、傍でずっと眺めていたんだ……副主任としてね」
「その頃にはもう最早嫉妬の感情も無かった。むしろ、天才の兄を手伝えることに、心の底から喜びすら感じていたくらいだ」
「そして多くの困難を乗り越えて、ボクはこの1000年後の世界にたどり着いた。凡人である、ボクだけが」
「そして、この場所でボクは目覚めた」
「最初はわけがわからなかった。システムの故障なのか、もしくは管理に問題があったのか……ボクには以前の記憶が無く、途方に暮れた」
「しかし、立ち止まっていても事態が好転するとは思えなかった……だから、調べることにしたんだ。まぁ他にやることもなかったしね」
「まず調べ始めて驚いたのは、電気系統が生きていたことだった。ボクらは一応半永久的に動き続けるように発電施設を設計したのだけど、実際そんな長期間、人の管理も無く施設を維持できるのか前例も無かったし、やっぱり不安だったからね。でも結局特に問題なく施設は残存していたし、おかげで工場は絶賛稼働中だった」
「次にこの工場で作られていた製品のことだ。ここに入る時に、喋るキツネに出会わなかったかい?……そう、あれは元々ここで作られたものだったんだよ。あと他のレーンではペンギンも見かけたっけな……そんな感じで様々な動物をモチーフにした、恐らくロボットと言えるものがここでは作られていた。彼らに用いられていた技術は、およそボクらのいた時代のそれを遥かに超えていた」
「もちろん疑問はあった。何者かはわからないが、こうして施設が稼働している以上、どこかに絶対に責任者がいるはずだ。それは、もしかしたらボクのようなコールドスリープから目覚めた人類なのかもしれない……そう考え、捜索を進めた」
「ボクはひたすら歩いた。歩いて、歩いて、歩き続けた。不思議と疲労は無く、喉も乾かず、腹も空かなかった」
「しばらくして、工場内のある区画に差し掛かった時のことだ」
「ボクは彼女に再会した」
「彼女……いや、この場合性別を定義するのは、おかしいかもしれないな」
「Human Assistant in Reproductive Undertaking……通称、ハル」
「彼女はボクの兄が開発した人工知能だった」
「人工知能はわかるかな?ほぅ……さすがだね。もしかしてキミはどこかで、高度な教育でも受けていたのかな?」
「さっきも少し触れたけど、リプロダクト計画は様々なプロジェクトが並行して進められていた。最初のうちは兄がほとんどの計画を主導し、管理を行っていたんだが……次第に、兄にも制御できない事例が増えてきたんだ」
「それは単純に仕事量の問題だった。兄も人間なんだ……と、誰もがその時は思った」
「そして問題を解決するため、兄はハルを開発した。……驚くべきことにそれは、問題が生じてから翌日のことだった」
「ハルのおかげで、兄が抱えていた多くのタスクが消費され、その分のリソースを新たな研究開発に割くことが可能となった。リプロダクト計画は、ハルにより育まれたと言っても過言じゃない」
「全ての研究が終了し、計画が最終段階に入った後、ハルにはある重要な役目が言い渡された」
「それはコールドスリープの稼働」
「世界が平穏を取り戻すまで、装置の稼働を維持させること……1000年間の労働を、我々は彼女に強いた。人類の命運を彼女に託したんだ」
シキはある程度、予想はしていた。
しかし、目の前の男……シンヤから聞かされた話は衝撃的であった。
「とりあえず、ざっと話した限りはこんな感じかな。まだまだ話すことはあるのだけど、残念ながらそろそろ目的地だ」
長い通路の突き当たりには1枚の扉があった。
「ここは……?」
「とりあえずまずは中に入ってくれ。説明はそれからだ」
シンヤが手をかざすと、扉は静かに開いた。
シキはシンヤに促されるまま、入室する。
「……」
そこは、先ほどの工場区画とはまるで雰囲気が異なった。
そもそも部屋……と呼べるかも怪しい。
地面には無数のコードが這い回り、それらは一箇所へと集中している。
「……しんや、さん。あれは……もしかして」
「気づいたか。そう……あれがハルだよ」
コードの先は中央に位置する卵型の容器。
そしてその中には、1人の少女の形をしたものが納められていた。
「ハル。ボクだ……今戻った」
シンヤが声をかける。
すると、先ほどまで沈黙していた装置が動き出した。
「……その声ハ……シンヤ……ですカ?」
少女の無機質な声色が、部屋に響き渡る。
「そうだよ。キミの要望通り彼を連れてきた……すまないがシキくん、少しボクの前に来てくれるか?」
シンヤの言う通りに従い、シキは少女の目の前に出た。
「あァ……なんト……ようやくこの日がきたのですネ」
次の瞬間、少女の入っていた容器から、煙が噴出される。
「……っ……」
冷たさを感じる。
それは、ただの煙ではないようだった。
「……申し訳ありませン。演算時に発生する膨大な熱ヲ、装置の中で常に冷やし続けていたものですかラ」
視界が晴れる。
そして、そこには既に容器から出た少女の姿があった。
少女は両手を広げながら
「おかえりなさイ、シキ。ワタシハ……ずっとあなたを待っていタ」
そうシキに告げたのだった。
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