作戦開始!

 あの女は

 わたしと同じ姿をして

 わたしの右手だったものを握りつぶして

 笑みを浮かべた、シキの隣に立っている。


「わたしが……誰か……ですって……?」


 気づいてはならない。

 認めてはならない。

 それを知ってしまえばわたしは


「知らないなら教えてあげようか?」


 やめろ


「あんたはさ、私の」


 これ以上、その口を開くな。


「りょう」


「ぁ……あぁぁああああああ!!!!」


 わたしは粉砕され右手から先がなくなったの照準をあの女に合わせ、




 なにか……くる……!!??

 私と同じ姿をした目の前の少女からは、私に対する明確な敵意……いや、殺意が見えた。


「シキッッッ!!離れて!!!」


 迫る脅威を感じ、近くにいたシキを突き飛ばす。そして


「か……っ………!!???」


 私の中心を衝撃が抉る。

 右手を用いて大雑把にガードを試みたが、その衝撃を殺しきれない。

 そのまま、身体が宙を舞い


「ぐ……っ………ぅっ……!」


 壁に叩きつけられる。

 私は、このまま意識が無くなりそうになるのを必死にこらえる。

 ………今、何をされた……っ!?

 奴の右手はあの時完全に潰したはずだ。

 飛ばすものなど何もないはずなのに……。

 もし、考えられるとすればそれは……私とは違うパーツで構成されている……か?

 今まで遭遇した量産品は、どの個体も私と全く同じ装備を使ってきた。

 しかし、ヤツ……いや、ここは仮にレプリカ、と呼ぶとしよう。

 レプリカのシキに対する様子を見る限り、もしかするとこいつは量産品の中でも特別製なのかもしれない。

 だとすれば右手だけでなく、左手も別なのか……?

 だめだ、判断材料が少ない。今はこれ以上考えても無駄か。

 私は軋む身体を無理やり叩き起こし、ヤツを見据える。


「めい!けがは!?」


「っ……だ、大丈夫……あれは私がなんとかするからシキは下がってて!!」


「めい!ちがうのは右手だけじゃない……きをつけて!!」


「了・解!」


 さて、シキからのありがたいアドバイスを受けたところで再度レプリカに接近を試みる。

 接近する上で重要となるのは、ヤツの手に遠距離武器が未だ存在しているという事実。先ほどはそれを失念した不意打ちであったため、無様にも一撃もらってしまった。

 だが、予め知っていれば避けるのはそう難しいことではない。

 ……あれは恐らく砲撃のタイプ、射程距離は長いが制圧できる面はそう大きくはないはず。補足対象はせいぜい1人か2人といったところ……なら


「的を絞らせない……!!」


 レプリカの左手は、照準を合わせてから弾を射出するまでに一瞬の間がある。

 私は狭い通路内をジグザグに、動き回りながら接近していく。

 案の定ヤツはこちらに攻撃を仕掛けられない。だがその瞳は諦めておらず、むしろ私への敵意は増していく一方に見えた。

 ……構わない。このまま接近を続ける。

 現状、仮に純粋な身体能力のスペックが私とレプリカで同等と考えるならば、私との差異、それはすなわちヤツの左手の能力……それが問題だ。

 ……が、今は考えている暇はない。このままトップスピードを保ちつつ、ヤツに圧倒的な一撃を叩き込み、一気に無力化する!!


「…………ぁは」


 一瞬

 レプリカの左手から音がした。

 耳を突き破るようなモーター音

 その音と共に、少女の形を宿したその左手の原型が崩れていく。


 そして


「……………ッッっ!????」


 嫌な予感を感じた私はすぐに攻撃を中止。

 そしてスピードを殺しつつ身をかがめ、左手で防御姿勢を取る。


 …………ィィィィィンンンンンンンン!!!!



「ぁあぁあぁぁああ!!!!!」


 レプリカと私の左手が衝突し、火花が散る。

 ヤツの左手には、火の粉を撒き散らしながら回転する刃……いわゆるチェーンソーが、握られていた。


「………はぁ!???なにそれ!?反則じゃない……っ!?」


 こちとら貧弱なナイフ1本で戦ってるようなもんだよ!?無理無理無理!!!

 しかし状況を嘆いていても、刃の回転は止まらない。


「……削られる……っ!?」


 右手を射出し、一旦ここは緊急回避を試みる。

 たとえ左手を犠牲にしてでも……ここは脱出する……!!


「に……が……さなぃ……!!!」


 レプリカの右手から砲撃が放たれ、射出された私の右手が妨害される。


「嘘……!?……く……っ…これ……やば……!?」


 このままでは数秒後に、私の左手ごと胴体が切断される……と、ちょっぴり諦めかけていた時


「……めい!!」


 シキがこちらに駆けてくる。

 きっと不甲斐ない私を助けるつもりなのだろう。

 だが……状況が悪い。

 今この女にシキを近づけるわけにはいかない。ここは私だけでなんとかこの状況を脱しなければ……!!

 すると


「少年。勇敢なのはいいことだがキミが出るのは今じゃないね」


 ……一瞬、つい最近までどこかで聞いたような声がした。そして


「………か……っ………?!」


 後方から射出された何かにレプリカが吹き飛ばされる。

 そして私はチェーンソーの拘束から、解放された。


「一体……何が……?」


 突然のことで呆然とする私。

 とりあえずシキの無事を確認しようと、前方を警戒しつつ振り返る。


「……や。危ないところだったね〜間に合ってよかったよかった」


 ついさっきまでガチで存在を忘れてたおじさんが、そこにはいた。


「……ってなんだおじさんか……てかまだいたの?」


「いい加減おじさんも傷つくからぞんざいな扱いはやめようね?あと助けてもらったら、まずはお礼を言いなさい」


「へーい、ありあとやしたー」


「うーんこのクソガキ」


 ……おっとつい言葉が乱れてしまった。これはいけない。


「ちょっと前に姿を消したと思ったら……一体どこ行ってたのさおじさん?」


「……あーちょっと野暮用でね……それよりほら、前見て前!!」


 私はとっさに身体を捻る。

 遅れて砲撃が轟いた。

 どうやらもう一人の私の方は、ヒーローの変身シーンに迷わず攻撃を仕掛けるタイプだなあれ……つくづく私そっくりで、嫌になっちゃうわもう。

 私は再度レプリカを見据える。

 右手からは白煙が登り、左手には今もけたたましい音を立てながら回転するチェーンソー。

 私を見据えるその瞳は、殺意と狂気に塗り潰され……今や正気を失っている。


 さて……ここからどうする……?


 遠距離からは砲撃、接近すればチェーンソー。

 一方、私の装備といえばそこそこの握力が出せてそれなりの長さに伸びる右手と、左の手甲から出る刃……この2つだけ。

 これらの装備は完全にヤツの下位互換と言ってもいいだろう……あれ?もしかして、武器の差でこれ詰んでないか?

 そうこうしている間にも、砲撃はこちらに飛んで来ている。

 今はかろうじて避けられているが……このままではジリ貧だ。

 ……ぇえい!仕方ない!!


「シキ!!おじさん!!なんかいい案プリーズ!!ヘルプミー!!!」


 自分の能力を超えて困った時は、他人に聞く……これも、社会の常識である。

 今はなりふり構ってられない時だ……できれば少年の知恵や、おじさんの手でもあるものは全て借りたいところ。


「あー……すまないがおじさんはか弱くてね……この状況でボクにできることは、あんまりないなぁ〜」


 ……くっ……!!

 期待した私が馬鹿でした……

 くそっ!!生き残ったら覚えてろよ……!!




 シキは思う……今の状況はとても悪い、と。

 相棒の少女と酷似……いや全く同じ外見を持つ彼女の暴走を引き起こしたきっかけは、他ならぬ自分にある。

 彼は、最初から分かっていた。あの少女がメイではないことを。

 そしてそれが分かった上で……彼女を追い詰め、結果として壊すことを選んだ。

 だから……せめて自分が責任を取らなければならない、と。


「おじさん……そのてにもってるぶきはなに?」


 少年は非力だった。

 先の列車における戦闘の影響か、多少の運動機能の回復は見られてきた。今なら、ほんの短時間であれば走ることも可能となっている。

 しかし、それでも彼にメイのような戦闘能力は存在せず……他にこの状況で役に立つ特殊能力を持っているわけでもない。

 だから、少年は考える。


「……これ?あぁこれはメイくんの量産品のパーツで組み上げた、即席の武器だよ。ほら、ここを押すと砲撃が出せるんだ」


 非力な自分に今できることは何か?


 状況を俯瞰し、戦略を組み立てる。

 目の前にある全てを、統合する。


「……みえた」


 情報が収束し、一つの光景が紡がれる。

 最初に思いついたそれは、作戦と呼ぶにはあまりに稚拙なものかもしれない。

 非力な自分では役に立つどころか、むしろ彼女に迷惑をかけてしまうかもしれない。

 ……しかし、このまま見ているだけでは事態が悪化する一方なのも確かだ。


「ちょっとかりるね」


「……へ?……あ!?……ちょっと!?使い方は!!??」


「だいじょうぶ、さっきみておぼえたから」


 少年は相棒の元へと急いで向かう。




 砲撃は止まらない。

 おかしい……あの左手の砲撃には弾切れという概念がないのか??

 一体どんな原理で動いているんだあの化け物……!!

 とにかく私は的を絞らせないよう、動き続けた。

 砲撃をかわすこと自体は不可能ではない。

 だがその砲撃は、一射ごとに確実に私の精神を抉っていた。このままでは直撃し、怯んだ隙にヤツのチェーンソーに切り刻まれるのも、時間の問題である。


「何か……」


 何かないのか……?

 この場を何とかできる、起死回生の一手が……!!


「ぃ…………」


 ……おや?幻聴かしら?

 あまりに追い詰められているものだから、どこからともなくシキのプリティボイスが、聞こえてきましたよ……?


「っ……めい………!!」


 その声が聞こえた瞬間、私は脊髄反射でシキの元に向かう。


「……シキ!?どうしてここに……!?」


「じかんがない!!みみかして!!」


「え!?なになに!?貸す!!お姉さん何でも貸しちゃう!!」


「ーーーーーーーーーー」



 私の耳元で、シキは告げる。

 んほぉ〜ショタのささやきボイスたまんねぇ〜

 ……とか言ってる場合ではない。

 シキからこの状況をひっくり返す秘策を授かった私は、瞬時にそれらを反芻し、脳内でシュミレートを重ねる。


「……いけそう?」


「……んん!!わかんないけど……何とかする!!」


 正直上手くこなせる自信はないが……まぁなるようになるし、ならなくてもなんとかするしかない。


「めい……!くるよっ……!!」


「それじゃまたあとで!!」


 砲撃の音と共に、作戦の口火は切られた。

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