あんたは誰?

「ちょっ……ちょっと待ってぇ〜!!」


「ノロノロしてたら置いてくよ〜」


 シキに追いつくため、私は通路を駆ける。

 廊下を走っちゃいけません?

 人類がいないこの世界で、この私にその常識は通用しねぇ。

 順路を進むごとに窓ガラスの奥では様々な光景が映し出されていたが、もはや私の興味はそちらにない。

 今はただ、進むのみ。

 長い順路が終わり、階段に差し掛かった。


「……ぜぇ……はぁ……うぇ……はひぃ……」


「情けないなぁおじさんは……あんまり老けてるようには見えなかったけど、もしかして結構お年を召してる感じ?それとも肺がやられてるの??」


「ボク……は……はぁ……普通の人より、体力がないのは確かだが……キミが、早すぎるんだよ!?」


「あー……まぁ……ごめん」


「はぁ……分かればいいけ………?」


「……?……おじさん?」


 どうやらおじさんは私の後ろの光景を見て固まっているようだった。なので


「……ッ!!!」


 とりあえずと仮定し、左手の刃を出しながら背後を確認する。そこには


「……!!あんた……」


 そこにいたのはもう1人の、私。

 あの廃棄施設で嫌になる程見てきたその姿があった。

 違うとすれば、あそこの機体はほとんどの個体が損傷していたが、目の前のやつはむしろ見た目だけなら私よりも綺麗かもしれないということ。そして


「敵性個体ハ排除スル」


 こいつには意思が……そして、私たちに対する明確な敵意が存在すると言うこと。


 ここ最近はすっかり聞き慣れてしまったガスの噴射音と共に、相手の右腕がこちらに迫る。やはり、使用するのは同じ装備


「だったら!!」


 私は発射された右腕を回避し、相手に接近。その後は左刃による刺突を試みた。

 金属同士の衝突が起きる。

 読み通り……私と同じ装備なら、当然相手も左の刃を使うはず。

 だが、私にはまだ右が残っている。


「ガラ空きィ!!!!!」


 相手の懐にボディブローを一撃。

 常人であれば、これで骨の数本は持ってかれる一撃が決まった……けれど、ここで追撃は止めない。私はすかさず右手で伸ばされた相手のワイヤーを掴み、そのままこちらに引き寄せる。バランスを崩された相手は無防備となった。

 そして私の方に引き寄せられる勢いを利用し、左刃を自身の右手と交差するように相手の顔面に突き立てた。


「ーーーーーーーa」


 制圧完了。

 同じスペックを持つもの同士、最悪の場合千日手のような展開も想定していたのだが……どうやらそういうわけでもないようだ。

 私の右手は威力や射程は、そこそこ優秀である。しかし、対人戦の場合避けられた後の隙が大きすぎるのが弱点だ。

 まぁ、流石にここまで綺麗に決まるとは予想していなかったが……。

 私が思うに、恐らくここにいる個体は戦闘における経験値が足りていない。

 すなわち身体のスペックなどハード面は私と同等でも、記憶や心などのソフト面は生まれたての状態と何ら変わりはないことが推測される。

 今の強さであれば恐らく数体はまとめて相手にできるかもしれない……だが

 もし、あの廃棄場にいた全ての個体と同等の数に囲まれたら?

 もし、時間の経過とともに私と同じ知識、経験を持つ個体が現れたら?

 そして、既にそのような個体が、すなわちシキとともに行動していたら……?

 話は大いに変わってくる。


「急がなきゃ……!!」


 私は全速力で階段を駆け上がった。




 それから私は、度重なる襲撃に遭っていた。順路を進むたび、私と同じ顔をした奴が現れる。こちらに気づくとすぐに戦闘態勢に入り、私に襲いかかってくる。初期に遭遇した彼女たちの動きはまだぎこちなく、戦闘慣れしていない様子であった。しかし


「だんだん……手強くなってる……?」


 先ほどから遭遇する個体の動きに、変化が見られてきている。具体的にはロケットパンチの使用頻度の低下、その他には左手を防御ではなく急所に対する的確な攻撃への転用や、複数個体での連携などが挙げられる。

 恐らく、こいつらは私との戦闘を通じて学習しているのだ。私がこいつらを倒せば倒すほど群として強くなる。これをなんとかするには、やつら全体に広がっているネットワーク……共有網を破壊するか、全ての個体を同時に破壊するしかない。

 今の私にはどちらもできない以上、取れる手段は一つ。


「……ふっ……はっ………!……ん……っ」


 そんなわけで、私はひたすら逃げていた。

 逃げ回りながらシキを探す。

 当初の目的は変わらない。

 ……そういえば、先ほどからおじさんの姿が見られない。どうやら私の動きについてこれず、置き去りにしてしまったらしい。仕方がない……シキと合流して余裕ができたら、後で拾ってやるとするか。この工場の破壊におじさんの知識が必要になるかもしれないし。

 しかしあれから結構進んだように見えたけど、一向にシキの姿が見当たらない。一体どれだけ進んだのか……と思ったその時


「………!?」


 通路の角を曲がった先、そこにシキがいた。……傍に、私に、似た、やつ、を、添えて……


「あ・の・女ァ……私の可愛いシキに近づきやがって……ッ!!」


 そして何より、他の誰でもないこの私の顔を利用して、シキに近づいているのが腹が立つ。

 ここまでずっと走りっぱなしで、息も絶え絶えだが……もうひと頑張りだ。

 まずはあの女をなんとかするとしようと思ったその時だった。


 何か様子がおかしい


 あの視線、そしてあの身体の動き……まさか

 身体に鞭を打つように私は一気に加速した。

 もう1人の私の手が、シキへと迫る。

 それが少年の細い体を破壊しようとする一撃であることは、遠くからでもわかった。

 このまま走ってもとても間に合いそうにない……ならば!!


 右手の照準を奴の右腕に合わせ


「………シッ……!!」


 右腕を射出。

 脅威がシキに迫る直前……私の右手が、奴の右手を握りつぶした。

 その傷口からは青い液体が飛び散る。

 ひとまずの脅威を取り除いた事を確認し、そのままシキを庇う形で私はそいつの前に出た。


「はぁ……ッ……やっっっっっっと追いついたァッ!!!!!!」


 目の前には右手から青い液体を滴らせ、こちらを驚愕の目で見据えるもう1人の私がいた。


「ずいぶんおそかったね、めい。どこでみちくさくってたのさ」


 時間にしてみれば逸れたのは少しの間ではあったけれど、私はその声をずいぶん久々に聞いた気がする。

 その、思ったよりも余裕そうな声に私は思わず


「うっさいわ!ここまで大変だったんだからねほんと!!ねぎらいの言葉とかないの!?」


「うるさい。しずかにして」


 一蹴。

 ドSショタには……勝てなかったよ……

 まったく……私が一体どれだけ心配してたことか。でもとにかく元気そうで何よりだ。

 さて、仕切り直すとしよう。

 初対面の相手にはまずご挨拶、これ社会の基本ね。

 私は表情筋をフルに稼働させ、無理矢理に笑顔を作る。

 先ほどまでシキの傍にいた個体を見据え、私は問う。


「で、あんた誰よ?」

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