決意表明

 叫びたい。

 叫び出して、全てを投げ打って、今すぐ逃げたい。

 なぜ私が

 どうして私が

 美少年では無く、こんな冴えないおっさんを抱えて空中からパラシュート無しのスカイダイビングをしなければならないのか……?

 だが今はそんな時ではないらしい。

 このまま何もしなければ落下して死亡するのは明らかだ。

 今すぐ体勢を立て直して行動を開始する。


 前回、目覚めたばかりのシキを連れて廃墟から脱出した際に採用した着地法は至ってシンプル。

 地面に抵抗する、拳で

 って感じ。あの方式を採用したのは私の右手が残存していたこと、単純に考えてる時間がなかったこと、そして地面が更地で他に構造物が何もなかったことが主な理由として挙げられる。

 今回は新調した右腕、そして

 眼下に広がるのは煙突から硝煙を撒き散らし、パイプを這わせ、無数の階段が張り巡らされている広大な工場地帯……ならば


「おじさん!!死にたくなかったら、私にしっかり掴まって!!……それから、ロケットパンチってあと何回打てんの!?」


「発射ならまだ20回以上はいけるよ!!……でも何するつもりだ!?」


「親愛なる隣人ごっこ……かな!!!」


 私は右手の発射スイッチを押す。

 目指すは施設を這い回る剥き出しのパイプの一角、それを掴みスイングを開始する。


「アーア"ア"ーーーーーーー!!!!!」


「それ野生児のやつじゃん!!……というか移動するのはいいけど、一体キミはどこを目指しているんだ!!??」


「はぐれた!!相棒を!!探す……!!」


「……!!……そうか……でも、心当たりはあるのかい!?わかってるとは思うがこの広さだ……闇雲に探してたらパンチの発射回数を使い果たして、落下死するよ!?」


「わかんないけど、とりあえず別れた地点まで一回戻る!!そこから痕跡を辿るしかない!」


「どこで別れたんだ!?」


「工場の入り口から少し行ったところ……かな!!正直曖昧なんだけど」


「セクションで言えば従業員入り口ってところか……!?……だったら、あの辺じゃないか!?あの辺一角は排煙施設が少ないし、なによりゲートがあるのが決定的だ!!」


「距離は……よし、思ったより近い。あそこに着地しよう!」


「了解だ!」



 あれからスイングすること数回、目標地点が近づいてきた。


「そういえば」


「……?どうしたのおじさん!?」


「……いや、結局どうやって着地するのかなって!!」


 ああ、そんなことか。

 はははやだなぁそんなの決まってるじゃないですか……


「殴るんだよ。地面を。拳で!」


「やっぱ野生児じゃんキミ!?」


「衝撃に備えて!いっくよぉぉぉお!!!!!」


 私は右拳で地面を思いっきり殴りつけた。

 しかし衝撃を殺しきれず、結局数回バウンドした後にようやく動きを止めることができた。


「いって〜……ふぅ……今回もなんとかなったようね……ってあれ?」


 おじさん……いなくね?

 あーあ……だからしっかり掴まってろって。

 まぁこうして無事に脱出できた時点で、おじさんの役目は果たしたと言えよう……今の私にとって彼の無事は、そこまで重要じゃない。


「おじさんさようなら……私、20分くらいはおじさんのこと忘れないよ……!!」


「う〜ん微妙!?アニメ1話分ぐらいかぁ……」


「……あ、おじさん生きてたの」


「勝手に殺すんじゃありません。……それで、どうだい?ここはキミが見たスタート地点で合ってる?」


「うーん……たぶんそう?まぁ似たような施設である可能性も、否定できないけど……」


「そうか……じゃあ早速キミの相棒を探しに行こう」


「えぇ……おじさんもしかして着いてくる気なの?」


「キミにはあそこから助けてもらった借りもあるし……何よりボクの記憶を戻す手がかりは、この工場にあるはずだ。ボクは自分が何者なのかを知りたい。それにキミに何かあったら、メンテナンスしてあげられる技術をボクは持っている。どうだい?ボクを同行させた方が、何かとメリットがあると思うんだが……」


「記憶、ねぇ……はぁ。ま、そうねここでぐだついてても仕方ないし……そこまで言うなら協力してもらう。今更だと思うけど、一応軽く自己紹介しとく。私の名前はメイ、ご存知の通りちょっぴり改造されたどこにでもいる美少女ね。よろしく」


「キミさぁ……いや、まぁいい。んで、ボクの方の自己紹介なんだg」


「あーいいよいいよ、だって記憶ないんでしょ?じゃあおじさんは、おじさんってことで」


「話が早くて助かるのはいいんだが、この扱いはなんだかなぁ……」


「ほら、行くよ!早く追いつかなきゃ!」


「……ちょ!?あ〜待ってぇ〜!!」



 そしてはぐれてしまったシキの捜索が始まった。

 私がここまで来て拾ったものは、謎のおっさん1匹、とにかく手がかりが足りない。

 施設内を移動する過程で何か見つかればいいのだが……


 今見えているのは、巨大な窓ガラス越しに複数のベルトコンベアが稼働している施設だ。

 ベルトコンベアの上には白くて丸い物体が乗せられ、次の区画へと移動している。


「というか……ここは何の施設??」


「ここは……恐らくだけど、キミの指のパーツを作っているセクションだね。ずいぶんと大量生産されているみたいだ……」


「おじさんよく分かるねぇ……私にはただの白い小石にしか見えないよ」


「あの地下でキミの右手は散々いじらせてもらったからね。見た目しかわからないが……もしかしてと思っただけさ」


「いじるとかおじさんそれ1000年前ならセクハラ案件だよ。気をつけてね」


 というか

 というか、だ。

 そもそもの話、この工場では何故私が大量生産されているのか?

 工場とは通常多くの人間の需要に答えるため、製品の大量生産を行う施設では無いのだろうか?

 しかし、1000年前の旧世界には存在した需要と供給というおよそ従来の人間社会の大原則は、この世界に存在しない。したがって、私が生産される理由は存在しないはずだ。なのにこの工場では、大量の私が生産されているという。

 であるならば


「……何者かがいる、か」


 考えられるのは大量の私を生産し、何らかの目的で用いようとしている、何者かの意思の存在だ。どんな目的があるにせよ、こうして少し見ただけでもこのイカれ具合からすると首謀者もろくな人間ではないだろう。

 そして1番の問題を挙げるとするならば

 それは


「ねぇおじさん」


「さっきからぶつぶつと……どうした?気分でも悪いの?」


「……ゎ」


「は?」


「いや、悪いわ!!だってそうでしょ!?おかしいでしょ!?何これ何なのこれ!?よりによってな!ん!で!私!?何よこの完璧な量産体制!?準備が良過ぎて怖いわ!!どこの馬鹿がこんなもんこさえたのか知らないけど、心の底から気持ち悪いわぁぁぁぁ!!」


「お、おう……落ち着け?」


「ハァ……ハァ……ふぅ…………決めた」


「一応……聞いておこうか。何を?」


「シキと合流したら、ついでにこの工場ぶっ壊す」

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