わたしは誰?

 そしてわたしたちの工場見学は続く。

 結局のところ、キツネの後についていくにつれわたしの中では疑問だけが増えていった。


 ここの電気はどこから来てるの?とか

 ここの施設はいつから稼働してるの?とか

 なんのために、そしていったいを作っているの?とか


 色々疑問をぶつけてはみたものの


「サキニススミマス」


 返答はこれだけだった。

 わたしとシキは無言のままキツネについていく……うちにモヤモヤとした何かを抱えながら。

 そして


「ココマデオツカレサマデシタ。ツギデサイゴデス」


 ついにこの工場見学も終わりの時が来たらしい。やれやれはぁまったくざんねんでしかたないなぁ(棒)。

 後半になってからは正直あんまりしっかり見学してなかったけれど、まぁ最後くらいはしっかり見てやるかぁ……とわたしは顔をあげた。


 そしてわたしは顔をあげたことを後悔した。


 もしも……もしもわたしの体が改造されていない状態であったら、きっと即座に胃の中のものを吐いていたと思う。

 それは体の中から湧き上がるものを全て吐き出してしまうため、もしくは少しでも自我を保ち自身の精神を守るため。


 を見てしまった


 見なければ良かった。

 そしてもう見る前には戻れない。

 今までタイムマシンが欲しいと思ったことは数え切れないほどあったけれど、今ほど切実に欲しいと思ったことはない。

 願わくば、この光景を、その事実を直ちに無かったことにしてしまいたい。


「……ね、ねぇ……あれ……なに……?」


 思わず声が震えてしまう。

 嘘だ、そんなはずはないと。

 この世界は狂っている……そんなことはわかっている。

 だがそこまでではない、とどこかでわたしは思っていたのだ。

 甘かった。

 形容したくはない、がそこにいたのは


「……わ……たし……?」


 そこには

 生まれたままの姿のわたしが、いた。


「ッ……!!」


 気がつくとわたしは近くにいたキツネの首を掴み、そのまま壁に叩きつけていた。

 何かが割れる音がしたけれど、そんなこと今はどうでもいい。


「ねぇ……あれはなに……!?」


「…………」


「答えなさい……ッ!!」


 右腕による拘束が強くなる。

 誤って壊してしまわぬように

 でも彼を痛めつけるように


「……アレハ」


「…………」


「アレハ、アナタデス」


「…………は?」


「ソノママノイミデス。アナタハ、ココデウマレタ」


「な……にを……いって……?」


「アソコニイルノハアナタ。イマココニイルノモ……アナタ」


 わからなかった。

 さっきからこいつが何を言っているのか。

 わからなかった。

 わかってはいけない、と思った。


 自分は何者なのか?

 どんな人でも、人生に1度は己に問うたことがあるだろう。

 人間にとって人生とは自己、すなわちアイデンティティの探求にその多くを費やされる。

 家族にとって、友人にとって、恋人にとって、他人にとって自分とは、なんなのか。

 自分とは何者なのか……と。

 そしてわたしは問いたい。

 わたしは、とは一体何者だ?

 今わたしの目の前には、自分と姿がそっくりそのまま同じ存在がいる。

 キツネは言ったと。

 今こうして紡がれている思考も

 今まで蓄積してきた記憶も

 この先待ち受ける運命も

 その何もかもが、実は造られたものであるとしたら……?

 思い返すと、あのベルトコンベアの上にはわたしたちを構成するためのたくさんの部品が載っていた。

 つまり……あの部品の数だけこの世界にはわたしの代わりが存在することを意味している。

 それは、それでは、じゃあ



 だったらわたしは、何者なんだ?



「ねぇ、シキ」


「なに?」


 わたしは、藁をもすがる気持ちで傍にいる少年に語りかける。


「わたしは……一体誰なの……?」


 彼ならば

 今まで困難を共にしてきた彼ならばきっと


 ……?

 ………

 …………待て

 ちょっと、待て


「おちついて、きいてほしい」


 今……まで……ずっと……?


「ぼくは」


 いつからだ?

 いったい……いつからわたしは……?

 まずい、だめだ、これ以上言わせてはならない。


しらない」


 わたしは駆けた

 これ以上彼に言わせてはならない

 ここから先を聞いてはならない

 気づいてはいけない

 気づいてしまったのなら、わたしはもう……

 そうなるくらいならいっそのこと……!!!

 あと一歩

 、彼に向かって右手を伸ばす。


「ぼくのあいぼうはじゃない!!」


 室内に響く破壊音

 何かが崩れ、右腕から液体が滴り落ちる

 だが……これは


「これ……は……?」


 気づいた時にはもうわたしの右手は粉砕され、その傷跡からはどこかで見たことのある青い液体が滴り落ちていた。

 そして


「はぁ……ッ……ぜぇ……っ……やっと……やっっっっっっと追いついたァッ……ッッ!!!!!!」


 目の前には灰色の髪を乱し、ところどころ薄汚れていてボロボロの右腕を携えた少女がいた。


「ずいぶんおそかったね、。どこでみちくさくってたのさ」


 ……そういえば、彼がわたしをめいと呼んだことはなかったか。


「うっさいわ!ここまで大変だったんだからねほんと!!ねぎらいの言葉とかないの!?」


「うるさい。しずかにして」


「はぃ……。ま、まぁ、それは後でたっぷり労ってもらうとして」


 めい、と呼ばれた少女がわたしを見る。

 うっすらと朱に染まり、強い意志を包含するその瞳がわたしを見据える。


「で、あんた誰よ?」

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