楽しい楽しい工場見学

 そんなこんなで

 本格的に工場見学を始める前に、ここの工場にはわたしの右腕の損傷を修復できる環境と部品が揃っていたことから、同時にシキの回復も行うためしばし休息がてらメンテナンスをお願いすることにした。

 連日の酷使でところどころ損傷して


「あー、こんな時に代わりの部品でもあればなぁ……」


 とか思っていた我々に、果たしてこんなに都合の良い展開がありえるのかと思うわたしの性格は捻くれているだろうか……?

 修復された右腕は元に戻ったどころか、むしろ前より調子が良いくらいだ。

 恐らく先の戦闘による負傷の前から、元々年月とともにダメージが蓄積されたパーツを新品に換えた影響もあるのだろう。

 聞いたところによると、以前には無かった機能もついでに付けてくれたとか。

 ……いや、なに勝手に余計な機能つけてくれてんねんとか少しは思わなくもないけど、今後の旅に役立つ機能ならいいか、とひとまず納得することにした。

 我ながらちょろい。


 ……さて、気を取り直してわたしの愛するシキちゃんはいったいどこにいるのやらと周囲を見渡してみる。


「……」


 おねむだった。

 ……ほぅ……これが天使ですか。

 あと3日は眺めていたい。

 しかし、残念ながらいつまでも見惚れているわけにはいかない。

 今のところキツネたちに敵意は無いようだが、このような未知の場所にいつまでもいられないのも事実。

 できることなら早めに脱出して次の目的地に行きたいところではある。

 ここは心を鬼にしてでも起こすしか無いか……。

 ……まぁ、ここは?無難に目覚めのキッスかな?と思いわたしはシキに顔を近づけた。


「ぉはよぅございまーす(小声)……ぶぎゅ!?(爆音)」


 顔面を鷲掴みにされた。




「あのぅ……」


「……」


「し、シキさーん?」


「……」


「無視はよくないな〜」


「……」


「あの……えっと」


「……」


「ふぇ……」



 あれからわたしたちはキツネに連れられ工場見学を開始していた。

 ……ちなみにあれから、というのはわたしがシキを起こそうとアクションを仕掛ける直前で目を覚ましてしまい(シキは目隠しで目が見えないし寝てるのか起きてるのかわからなかったよ!)、わたしの顔面にアイアンクローをかましてからこちらをいないもののように無視し始めた時である。

 やめてくれシキ、その攻撃はわたしに効く……



「ホンジツハオコシイタダキマコトニアリガトウゴザイマス」


「いろいろ直してもらったし、感謝したいのはむしろこっちの方だよ」


 これはわたしにしては珍しく素直な気持ちだ。


「オヤクニタテテナニヨリ。……ア、ミエテキマシタネ」


 キツネが顔を背ける。視線の先には巨大なベルトコンベアが規則的に動いていた。その上に載っているもの、あれは


「……あれはいったい……何?」


 わたしは視力が良い方だ。それが全身を改造された結果であることはもはや言うまでも無い。そのため、もちろんここからベルトコンベアの上はバッチリ見えていた……いや、ばっちり見えてはいたのだが……これはなんとも形容し難い。

 そこに載っていた物体の大きさは人間の指の第一関節と同じといったところ。色は白色、楕円形の大量のそれらがベルトコンベアに載り他の区画へと運ばれている。


「サキニススミマス」


 わたしの質問には返答もせず、テクテクとキツネは先に進んで行ってしまった。

 ……これでは工場見学にしてはあまりに不親切な気がする。普通、こういうのって右手に見えますのは〜的なことを説明してくれるものじゃないの?知らんけど。

 結局あれが何だったのか分からずじまいだが、うだうだと考えていても仕方ないのでとりあえず先に進むことにする。

 ……そういえばあれからずっとシキが無言だ。

 いつまでもむっつりしているわけにもいかないので、ここはお姉さんである私から話しかけるとしよう。

 やれやれ、しょうがないなぁシキくんは

 ……たぶん、こうなった原因もわたしなんだけど。


「ねーねーシキさんシキさん」


「……なに?」


 お、返答があった。少しは機嫌を直してくれたかしら?


「あれって何だと思う?」


「まだ、わからない」


「……まだ?」


「さきにいくよ」


 と、言い残してシキは行ってしまった。

 心なしか少し言葉に棘がある気がするな……

 おっと、うかうかしてたら置いてかれてしまう。

 わたしも行こう。



 続いての区画、こちらは先ほどとは少し変わっている。

 中央には巨大な鍋のようなものが位置しており、その中は青色の液体で満たされていた。鍋の周囲にはベルトコンベアがあり、その上には透明な容器が多数載せられている。鍋からは巨大なホースのようなものが這い出て、運ばれてきた透明な容器に青い液体を注ぎ込んでいた。

 さて、また謎の物体……というか今度は液体だ。うーん……確か1000年前にはいたカブトガニの血液がこんな色だったような気がする。

 ……何かの飲料なのだろうか?飲んだらお腹壊しそう。


「ソレデハツギニイキマショウ」


 そしてキツネはまた行ってしまった。

 ……もしかしてこの流れはずっと続くの?

 これでは先に進むにつれ、疑問がどんどん増えていきそうだ。

 ここに来るまでに、多くの謎の事象に遭遇してきた。わたしにとって正直これ以上の謎はキャパオーバーであり、このままでは精神衛生上まったくよろしくない。かといってキツネに聞いてもまともに答えてくれなさそうだし……などと思っていたら


「あれは」


 おや……!?シキのようすが……!!


「シキ、あれが何かわかるの?」


「きみは……わからないの?」


「……?わからないけど」


「そう……じゃあ、ぼくはさきにいくね」


「あっ……!ちょっとシキ!」


 また先に行ってしまった我が相棒

 たぶん彼は何かを知っているのかもしれないが、それをわたしには話してくれないみたいだ。

 わたしとシキはこれまでそこそこの修羅場を潜り抜けて、それなりの信頼を築いてきた……はずだ。

 だが時間だけで言えばわたしたちは出会ってまだ間もなく、結局今の今までわたしは彼のことをあまり知らない。一緒に過ごした時間の密度は濃いが、その絶対量は互いの命を預けるにはもしかしたら足りていなかったのかもしれない。


「……いけないな。この思考はいけない」


 この工場に入ってから始まった彼の異変、それはなにもわたしがイタズラをけしかけただけというわけではないと思う……根拠は薄いけど。きっと何か今は話せない理由があるのだろう……ということにしておく。

 今はお互い信頼を損なっている場合ではない。だって


 きっと、わたしと彼の旅はまだまだ長いのだから

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