第一章 生まれ落ちるキカイ

わたしの目覚め

 夢を見た。

 夢の中で人類は滅びていないし、わたしは全身サイボーグでもないごく普通の学校に通うただの女の子だった。

 そこそこ仲の良い友達がいて、放課後は部活に精を出し、好きかもしれない男の子と家に帰る。

 家に帰れば寡黙だけど優しいお父さんと、口うるさいけどいつも私のことを思ってくれてるお母さん、生意気だけどわたしのことが大好きな弟がわたしを待っている。

 それは幸せな夢だった。

 とても、とても幸せでいつまでもしがみついていたい時間だった。

 しかし終わりは間も無くやってくる。

 暗く、深い意識の海の底から表層に引きずられていく感覚。

 空想の世界に別れを告げる。

 そしてわたしの意識は現実へと回帰する。


「オハヨウゴザイマス、キブンハイカガデスカ?」


 目を覚ますとキツネに話しかけられる。

 起きたばかりなので体は少しだるい、だが


「……悪くない」


 今の状態を一言で表すとするならと、言ったところだろうか?

 じきに体の調子も戻ることだろう。


「ソレハナニノリデスネ、デハ


 キツネはわたしに問いかける。

 言われるがまま、わたしは右手の調子を確かめる。


「おかげさまでばっちり」


 そこには散々酷使した結果使い物にならなくなっていた右腕が、再び元の姿を取り戻していた。


「ヨカッタデス。ソレデハ、アンナイヲカイシシマス」



 あれからの話

 長いようで短かった列車の旅を終え、私たちは1本目の光の柱……その根本にたどり着いていた。

 そこにあったのは、巨大な工場のような建物だった。

 ……工場?マジで?

 もう何でもありだなこの世界

 まぁいいや、あの地獄の列車をくぐり抜けた私にとって今更驚くことなんて何もないのである。

 たとえ人類が滅んで何も無くなった世界に、突如として絶賛稼働中の工場が現れたとしても……

 落ち着け私……まだ慌てるような時間じゃない……では気を取り直して、


「じゃあしょうね……じゃなかった……シキ!さっそく行こうか。」


 私は相棒の名前を呼ぶ。今まで少年呼びをしていたので、つい少年と呼びそうになってしまった。

 でもやっぱりいつまでも少年呼びじゃあダメだよね。なのでつい先刻僭越ながら私は彼にシキと名前を命名した。

 シキ……シキ……ふへへおっといけねぇよだれが


「そうだね……でもどこに?」


 と、煩悩にまみれかけた私はどこまでもクールな彼の声に冷静さを取り戻す。


「どこって……そりゃぁ」


 ……あれ?確かにどこに行けばいいんだろうねこれ。

 恐らく今までの流れからすると今度はこの工場内を探索すればいいんだろうけれど……一体どこから入ればいいんだろうねこれ。

 まぁとりあえず


「まずは入口っぽいところ探せばいいんじゃない?今はとりあえず探索でしょでしょ」


 と、彼に提案する。すると


「めいはほんとてきとうにいきてるよね」


 くぅ〜辛辣ぅ〜

 ショタからのジト目ゲットだぜ!!


「それじゃあ早速工場見学へレッツゴー!!」


 張り切って行ってみよう!!

 と、意気込んで敷地内に入ろうとしたその時だった。


 <<シンニュウシャアリ!シンニュウシャアリ!フキンノジュウギョウインハゲイゲキヲカイシシテクダサイ。クリカエス……>>


 けたたましいブザー音とともに警戒のアナウンスが飛んだ。

 侵入者?

 やれやれこんな工場に侵入するとかどこの暇人だよ……えぇ、ハイ、これ絶対我々のことですよね?

 お騒がせしてすみません。


「シキっ!とりあえず逃げよう!」


 私はさきの列車での戦闘で右腕を完全に失くしてしまったのに加え、体の調子も絶好調とはとても言えない。

 シキも長い間眠っていたのもあるが、元々フィジカル面の方はよろしくない。万が一あのような化け物に再び遭遇してしまえば私たちの物語は早くも今日で打ち切りとなってしまう。

 なのでここは撤退一択!!……と思っていたのだが


「いや……何か来る……?」


 シキが何かを指差している。そこにいたのは


「……!?」


 思い返せば

 あの列車には従業員としてペンギンがいた。

 なんでペンギンやねんと突っ込まれても、残念ながら私には知らんがなと答えるしかない。

 分かっているのはペンギンを含む哺乳類の類いはこの世界でとっくに滅んでいるはずであり、絶滅した種は決して復活するはずが無かった……ということだ。

 そして私たちの前にはまたしてもありえないはずの存在が


「……キツネ?」


「きつね……?」


 ぴょこぴょこと動く立ち耳、黄色の虹彩の中心に黒い瞳、全身は茶色と白が混じったふわふわとした被毛に覆われており、ふさふさでボリュームのある尻尾が生えている……間違いないアレはキツネだ。

 強いて特筆するならば通常のキツネと異なり二足歩行が可能となっているらしい……私たちを手厚く迎えた彼らはいずれも二本の足で力強く立っている。


「「「「「レンコウシマス。オフタリトモムダナテイコウハセズ、コチラニオコシクダサイ」」」」」


 先ほどのアナウンスと同じ声。

 どうやらあのキツネたちも喋るらしい。

 いったい、いつから動物が人語を介するようになったのだろう……

 何?影で特訓でもしてたの?微笑ましいねまったく。


「へい相棒。とりあえずこれ……どうしようか?」


 真っ先にシキに判断を丸投げしてみる。

 ダメ人間街道まっしぐらでサーセン。


「ついていくしかないね。……めいじっとしててねいっしょうのおねがいね」


 よく思うんだけど皆一生のお願いを軽々しく使いすぎじゃない?

 てか相変わらず信用ないのね私……自覚はあるけど


 こうして、慌ただしくも私たちの楽しい楽しい工場見学が始まるのであった。

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