[回想]1000年前の私へ②

 窓の外を見る。

 そこから見えるのはビル一つ無いとある田舎の田園風景……といった景観だ。

 遠くに見えていたはずのカカシも、数秒後には流れていくように視界から消えていく。

 その景色の中には農作業に従事している年配の方々がいて、首を垂れる稲穂の群れからは野良犬がちらりとこちらに顔を覗かせる。

 それらはどこか牧歌的で……たとえ少しの間だとしても私の抱えている様々な問題を忘れさせてくれるようだった。

 願うことならいつまでもこの風景を眺めて現実から逃げてしまいたいと思わされてしまう……

 しかし残念ながらそんな幼稚な思考はとある声によって唐突に遮られた。


「気に入っていただけたかな?」


 正面から声がした。

 その声は年齢を感じさせないほど張りがあり、同時に、聞くものの警戒心を解きほぐすような不思議な声音をしていた。


「……そうですね。できればこのままずっと眺めていたいくらいには素敵な風景です」


 生まれてこの方、心を許した相手などいない私にとってはその声もまるで響かなかったが。


「……うん、それはなにより。たとえキミがオレのことを嫌いだとしても、この風景はきっと好きになってもらえると思っていた」


「私は別に……先生のこと嫌いだなんて言ってませんよ?」


 これは本心。だって私はこの人のことを何も知らないしね。

 好きの反対は無関心ってやつ。


「……はっ、確かにそうだ。だが、キミのそれは嫌われるよりも遥かにヒトを傷つけるぞ」


「……?」


「興味を持たれなかった人間は、その瞬間そいつの世界から排除される。存在が無に帰すんだよ。それにヒトに興味を持たないということは相手だけじゃない……をいつか傷つける。その積み重ねがキミを脆く、そして壊れやすくするんだ」


「……いきなり説教ですか?」


 まるで知ったような口を聞いてくれる。

 こいつに私の人生の何がわかると言うんだろう……人に興味を持つ以前に、そもそも私の世界には人というものはいなかったと言うのに


「おや?そう聞こえてしまったか……すまないな。オレは少々ヒトの心が読めてね。むしろそのせいかしばしば他人に誤解を与えてしまう」


「人の心が……読める?」


 読心術

 それが本当であればそれは何と恐ろしい力なのだろう。

 少し想像力を働かせれば、それが自身だけでなく他人を容易に破滅させることができる力だということに勝手に行き着いてしまう。

 きっとこの人だって最初は純粋な人間だったはずなんだろうけど、今まで色んな人の闇を見てしまったせいでこんな捻くれた性格になってしまったのだr


「おい、ちょっと待て。勝手にオレの人生を捏造するんじゃない」


「……わ、すごい。本当に心を読めるんですか?」


 ぶっちゃけほとんど嘘だと思っていたので、私はちょっと驚いた。


「あのなぁ……言っておくが別にこの能力は基本的には意識しないと使えないから、オンオフが楽だ。したがってキミが想像しているほど荒んだ人生は送ってない……てか、想像力豊かすぎだろ……いや、待て待て待て何で気づいたら借金背負って大学中退してるんだキミの想像の中のオレは!?」


「まぁここまでうだうだ話してて何ですけど、この際先生の話は私にとってどうでも良いんですよ。……結局、今日の目的は一体何なんです?別に私の治療を開始するわけでもなし、こんなところにまで連れてきて」


「あーそれね……篠原さんには無理言って少々キミと面談する時間を確保させてもらった。病気の治療をするにあたって、まずはキミという人間のことを知りたくなってね」


「……あの、それって治療に必要なことなんですか?そんな暇があるなら、さっさと私の病気を治してくださいよ」


「その指摘はごもっともだが、それが出来ない理由がいくつかある」


「……?」


「その1、まだキミの同意が得られていない」


「いや、だから言ってるじゃないですか。本当に治療が出来るなら、さっさt」


「具体的な治療法はちゃんと聞いたのか?知っているとは思うが、キミの病気は難病だ。普通の病院や医者にとっては不治の病と言っても良い。……だから、当然治療法だって特効薬を飲んでハイおしまいってわけにはいかない。行う治療法のメリット、デメリットをこちらがしっかり説明して、全てを理解してもらった上での同意がまだ取れていないって言っているんだ」


「……で、他には?」


「視た感じ内心まだ穏やかじゃないみたいだが……少しはわかってもらえたようで何より。そして2つ目は法律だ」


「なんか、急にリアルな話になってきた……」


「いや、当たり前だろ。後でちゃんと説明するけれど、キミの治療に用いられる技術の大半は今すぐにやると違法になるからね。……まぁその辺は時間の問題だから、あんまり気にしなくても良い。あと少しでオレの仲間が何とかしてくれるはずだ」


「はぁ……そうですか」


 何だか気の抜けた返事になってしまったけど、その辺私は全く分からないのでお偉い方々に任せるしかないな。


「3つ目、設備が整っていない」


「……え?ここじゃ出来ないんですか?」


 私が聞いた話だと、この病院の設備は国内最高峰と呼ばれていたはずだ。ここの設備で治らない病気は、どんな名医でも治すことはできない……ここは難病にかかった患者の最後の砦だと言われている。

 いや……そうか、ここにいても私の病気は治らなかったのだから、今回私に施される治療法にはこの施設以上のものが必要になる……ということだろうか?


「大体その認識で合ってるよ。今キミのために一から病院建ててるから、もう少し待ってねーっていう」


「……は?私のために……病院を建てる!?」


「そ、キミの病気を治すためだけの病院だね。言っただろう?それくらいしないとキミの病気は治らないと」


 マジか

 うーん、正直舐めてたなぁ……

 ここまでそんな壮大なこと聞かされちゃうと、何だか急に怖くなってきた。

 私1人のために、一体どれだけの人間が動いてくれているのだろう……?

 私なんかの……ために


「私なんかと言ってくれるなよ?こう見えて我々はキミを必要としているんだ。ここまで治療を前提に話しては来たけれど、もちろん全て無償で行えるわけじゃない。治療をするにあたり、キミにはある要求を飲んでもらうつもりだ。それの報酬と考えたら、こんなものは十分破格と言える」


 報酬……?

 そう言えばそうだ。気づいたら病院にいて、今までは寝たきりだったから私の両親はこの病院に治療費や入院費を払っていたはずだ。

 しかし、この男の手にかかるということは、それらの新たな支払いの義務が発生する……ということになるのだろうか?一体どんな裏取引が行われたのか知らないけれど、確かにこの難病の治療を何の犠牲も無しに施してもらえると考えるのは少々虫が良すぎた。


「……聞いて良いですか?私の病気の治療法と、その要求ってやつ」


「へぇ……最初はただの捻くれたお嬢さんかと思っていたけど、中々良い度胸してるな。そういうのは嫌いじゃない」


「捻くれていて悪かったですね。……いや、もうこの際先生の勿体ぶってる感じがムカついたので、さっさとゲロっていただきたいだけです」


「あ、そう……キミの治療法は簡単に言うと全身の改造手術を施すことで運動機能を回復、それに加えて人類の水準を大きく超えた身体機能を与えるって感じだな」


「……は?いや、いやいやいや……え?何ですそれ、もしかしてふざけているんですか?」


「ふざけるも何もオレはいたって本気だよ。キミの治療法はこれが一番適切で何より手っ取り早い。もう一つ、選択肢がなくも無いが……こっちはあまりオススメしない。特にキミには」


「そういう含みのある言い方気になるんでやめてください。だから友達少ないんですよ」


「あれもしかしてキミも読心術使えたりする?何でオレが友達少ないの知ってんの?」


「そんなもん読心術使えなくても分かるわ。どうせアプリにも母親と弟と仕事仲間くらいしか連絡先ないんじゃないですか?」


「ねぇ何でオレの家族構成まで把握してんの?……べ、別に大学の同級生の連絡先くらいは」


「それ今頃ブロックされてるから、後で確認したほうが良いですよ」


「もうやめて!オレのライフはゼロよ!!」


「……はぁ。まあこのままだと話が進まないので百歩譲ってその改造手術?をするとしますよ。それで……一体その見返りとして私は何を要求されるんです?自慢じゃ無いけれど私、何も出来ませんよ」


「本当に自慢じゃ無いな……要求は、ひとつ」


 今思えば、この時既に私は取り返しのつかない段階に足を突っ込んでいたのだろう。彼と出会ってしまった時点で私の人生は大きく捻じ曲げられてしまうことになるのは残念ながら変わらないのだが……この時点でまだ明確に拒絶の意思を示していたならば、もしかしたら軌道修正は可能だったのかもしれない。

 けれど結局この一言が私を縛り、あの過酷な世界へと放り出されるきっかけとなった。


「キミには人類最後の生き残りになってもらう」


 その瞬間景色がブラックアウトし、私の意識は消失した。

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